16、精霊さんとの会話
「「え?」」
目の前に座る2人の声が重なった。その視線は風の精霊さんに釘付けである。
「リネット、僕……精霊が見えるのだけど……気のせいかな?」
「いや、ライ。気のせいじゃないな。私にも見える」
やはり見えているらしい。先程の魔力譲渡が原因だろうか。
『あれ、前の2人は目を見開いて固まっているみたいね?シア、なんで?』
「あ、ええ……いきなり精霊さんが現れたので、驚いたのではないでしょうか?」
『あ、そっか。人間は加護持ちか愛し子以外、精霊は見えないものね。それより、お菓子が美味しかったから、もっと欲しいのだけど、キッチンにある余っているお菓子、食べても良いかしら?』
「良いですよ。皆さんで分けて貰えれば」
そういえば、『わぁーい!』と遠くから声がする。風の精霊さんとは違う声だ。風の精霊さんが『あ、水の!待ちなさい!』と言うので、多分水の精霊さんの声なんだろう。
衝撃が強すぎて、思考を整理する時間が欲しい。精霊さんがお菓子を食べに行ったのは、私にとっても有難い時間だった。
その後、お菓子を食べ終えたらしい風の精霊さんはこちらに戻ってくる。
その時間で衝撃から立ち直った2人と私は、精霊さんに話を聞くことになった。
「風の精霊さん、少し質問しても良いかしら?」
『ええ、良いわよ〜。今お腹いっぱいで機嫌がいいから、なんでも答えるわ』
「まず、精霊さんって加護を持たない人にも見えるのですか?」
『基本は見えないし、声も聞こえないわよ。今回は、シアの魔力を借りて前の2人にも見えるようにしたの。あ、言っておくけどこれができるのは、精霊の中でも5体しかいないわね。出来るのは精霊王様と、その次に力のある精霊姫、精霊王子と呼ばれる私たちだけよ』
精霊王様は聞いた事があるが、精霊姫と精霊王子という言葉は初めて聞いた。首を傾げると、風の精霊さんは思い出したように話す。
『ああ、王国では精霊四天王と呼ばれているそうよ?ちなみに私は風の精霊姫。風の精霊の中で最も力のある存在よ。次に後ろにいる水の精霊、彼女も精霊姫ね。火、水、風、土属性の精霊を個々でまとめ上げる役割を持つの。その四人を統括するのが、精霊王様になるのよ』
「ちなみに四天王と呼ばれるのであれば、火の精霊と土の精霊にも姫、王子と呼ばれる存在がいると思うのだが……」
『ええ、いるわよ。火と土の精霊は精霊王子と呼ばれているわ。でも王国にはいなかったわね。公爵家から生まれる愛し子は、精霊王様の奥様の血を継いでいるからか、水と風の力がどうしても強くて……そのことに拗ねてしまったのかしら。最近見ないわね』
悠久の時を過ごす精霊とは言え、やはり思うこともあるのだろうか。
確かに以前母に家系図を見せてもらった時、風と水の適性の強い愛し子が多かった事を思い出す。
『ここにいる土と火の精霊は、私たちの次に力の多い存在ね。まあ、私たちとは力の差がかなりあるのだけれど。とにかく、加護のない人間に姿を見せられるのは、ここでは私と水のだけね』
「そんな力のある精霊さんが何故私の元に?」
『それはもちろん、貴女は精霊王様に愛された愛し子の血や魔力を、薄くなったとは言え引き継いでいるもの。愛し子に私たちが惹かれるのは、必然よ。人間に加護を与える精霊は生まれてから百年ほどの若い精霊が多いのよ。私たちのような力のある精霊は、人間に加護を与えていないの。勿論精霊にも個性があるから、絶対というわけではないけれど、把握する限り五百年以上生きている精霊たちの中で加護を与えている者はいないようね』
そもそも若い精霊さんの方が、長寿の精霊さんに比べて人間との魔力を合わせやすいらしい。それなら一度加護を与えたら、そのまま人間寄りの魔力になるのではないかと思ったら違うとのこと。
『どっちかと言えば、人間の魔力が精霊の魔力に近づいてくるの。精霊は人間の発する魔力とは比にならないほど、常にこの星に存在する魔力を吸収しているから、長く生きている精霊の方が人間に加護を与えにくいのよね』
「ちなみに僕たちに姿を見せられるのは、魔法を使ったからなのですか?」
『まぁ、そんな感じかしら。シアの魔力を借りて、見えるように波長を合わせたの』
ただ、これは私がいなければ成立しない魔法だそう。私の魔力が人間の魔力の波長の参考にされているらしいのだ。
「ですが、なぜいきなりこのような事ができるようになったのですか?今までは声も聞き取れていませんでしたが」
『ああ、それはシアが私たちの魔力を大量に使った事で、シアの持つ魔力と私たちの魔力が融合し、シアの魔力がより精霊の魔力の質に近づいた事で起きた現象よ。幼い頃から精霊たちの見え方も変わっているでしょう?それと一緒よ』
なるほど、その言葉に納得する。
確かに幼い頃は光の球にしか見えなかった。だが、魔力訓練をすることで、彼らが人型に見えるようになったのだ。
『精霊王様と結婚した、初代愛し子だったかしら?彼女の代から十数代までは精霊の声が聞こえていたのよ。理由は魔力が精霊の持つソレに近かったから。だけれど初代愛し子以降、愛し子は人間の夫を迎えて次代を産んでいったでしょう?精霊の持つ魔力に近かったものが、少しずつ人間寄りの魔力になってしまったの。だから今では声を聞くことも、最初から人型の姿を見ることもできなくなってしまったのよ』
「だが、シアさんは精霊の魔力を魔法を通して利用することで、本来の愛し子の状態に戻した、というわけか」
『ええ、ざっくり言えばその通りよ。ちなみに、今言葉が聞こえたのは、シアのお菓子を食べたことで、更に魔力が馴染んだからだと思うわ』
身近で例えれば、訓練して冒険者ランクが上がったようなものだろうか。
精霊さんの声が聞こえた理由は理解できたが、ここでまたひとつ疑問が芽生える。
愛し子は私だけではない。ミラもいるのだ。
「ですが、愛し子は妹のミラも同じではありませんか?私ではなく、妹の元に残ることもできたと思いますが」
『精霊にも好みはあるのよ。とにかく実力を上げようとひたすら努力して、毎日精霊に感謝を捧げる娘と、何もせず遊び歩く娘、どちらがいいかって話よね。私は毎日祈りを捧げて精霊と仲良くしようとしてくれるシアの方が良かったの』
母に言われてずっとやり続けていた努力が、精霊さんに認められたように感じた。
正直、魔力訓練は言われたままにやってきたものだ。止めようと思ったことも何度もある。これが続けられたのは、母との思い出と、精霊さんの協力のおかげだ。
その言葉は、ひとつの自信として彼女の心の中に残る。
『一番効率の良い魔力の上げ方は、魔法を大量に使うことなんだけど、公爵令嬢?だとそれもできないじゃない?そもそも王国は精霊の魔力濃度が高いから魔物もいないし』
「確かに魔物が出なければ、ダンジョンで戦うしかないが……公爵令嬢の立場では行く事ができないだろうな」
『そう。だからこの街に来てシアが冒険者になってくれて良かったわ。こんなに早く聞こえるようになるのは、想定外だったけど』
そもそも精霊さんの声が聞こえるとは思っていなかったので、私は想定外どころでないけれど。
精霊さんの声が聞けるといいな、と以前から思っていたので、ここでそれが叶ったことは素直に嬉しい。この前のアーべの件も、逃げなくて良かったと思った。
そのやりとりがひと段落したところで、ライさんが精霊さんへ質問する。その質問は、最初の話に戻る内容だった。
「少々宜しいですか?普通の人間であれば、精霊の力を借りるために契約が必要になるのは周知の事実ですが……愛し子は契約しなくても魔力が使えるのですか?」
そう言えば、先ほども仮契約が何とか……と風の精霊さんが言っていたのを思い出す。
『その通りよ。精霊の愛し子は契約なしでも、周囲にいる精霊の力が使えるの。それが通常の人間との違いね。ただ、精霊と契約する事で、より強い力を得る事ができるの』
「ちなみに今シアさんは契約している状態なのですか?」
『そうね、契約はしていない……正確には仮契約で留まっている状態かしら』
それだ。いつの間に私は仮契約を結んだのだろうか。それは精霊さんが教えてくれた。
『契約する際には、その人間の魔力が必要になるの。魔法陣で召喚された精霊が人間と契約できる理由は、その魔法陣に利用した魔力を精霊が取り込むからね。ちなみに今回私が仮契約できている理由は、シアが作ったお菓子を食べて、事前に魔力を取り込んでいたからよ』
「あ、もしかして……以前作ったジンジャークッキーですか?」
『そうそう。あの時点で4体と仮契約状態になっていたの。あとはシアの許可待ちね。精霊の契約は、両者の許可がない限り契約できないから。まあ、仮契約と言っても契約なしの状況に比べて、精霊との繋がりは強くなっているから、精霊の力は引き出しやすかったと思うけど』
魔力を引き出しやすかったかどうかは、正直あそこまでの魔力を使用した事が無いのでわからない。けれど、途中で精霊さん達と意思疎通ができたような気がしたのは、この仮契約のおかげだったのだろう。
『ちなみに契約方法は簡単。私と同じ言葉を呟いてもらえれば、それでいいわ。あ、もし私たちと契約しても、愛し子であるシアなら契約外の他の精霊の力も借りることは可能よ。まあ、そんな機会は滅多に無いだろうけれどね』
「愛し子は精霊の加護持ちから見ても規格外なんだな」
『そりゃそうよ。精霊王の血を引き継いでいるもの』
ちなみに契約する事でデメリットはないらしい。多少他の精霊の力が借りにくくなるらしいが、元々この4体の精霊さん達の力をずっと借りていたので、あまりデメリットには感じなかった。
食事を終えた2人は、夜が更ける前に帰っていった。その後、私は精霊さんたちと契約を行う。
契約は風の精霊さんの言う通り、『我、汝との契約を許可する』という言葉を言うだけで終わった。
「本当に簡単なのね」と言えば、『愛し子だからよ』と言われてしまった。
『改めて紹介するわ。私は風の精霊姫、隣は水の精霊姫と呼ばれているわ。後ろの2人、まず右は火の精霊ね。彼は精霊公爵、左は土の精霊公爵と呼ばれているわ』
『えへへ〜、よろしくねぇ〜』
『俺は火の精霊公爵だ!よろしく頼むな』
『……よろしく』
精霊さんにも個性があると言っていたが、一言でそれを理解させられるとは思わなかった。
それぞれの性格が何となくイメージできる。言葉は通じなくても、以前から一緒にいたり、魔力を借りていたりしていたからだろう。改めてみんなと喋る事ができて嬉しい気持ちで一杯だ。
ちなみに先程風の精霊さんしか喋っていなかったのは、水の精霊さんはお菓子に夢中でずっと食べていたかららしい。
火と土の精霊さんは、『他の2人に声の聞こえない自分たちがでしゃばる事ではない』と言っていたので、風の精霊さんに遠慮していたのかもしれない。
そんな私に風の精霊さんが、名付けを依頼した。
理由は、『名前がないのは呼びにくい』からだそうだ。
実は精霊間では名付けと言うものがなく、姫、王子、公爵等でも別に困らないらしい。
ちなみに精霊王、精霊姫、王子は大昔からそう呼ばれているが、公爵、伯爵、子爵、男爵という呼び名も実はあるらしく、その呼び名はここ数百年でできたものだそう。
勿論、参考にしたのは王国の爵位だそうだ。公爵と侯爵は同じ音なので、公爵でまとめたらしいが。
爵位の話で脱線しかけたので、改めて私は名前を考えた。
「風の精霊さんはエアル、水の精霊さんはディーネ、火の精霊さんはウル、土の精霊さんはグノー、でどうかしら?」
以前聞いた事があった。
初代愛し子は精霊王子と精霊姫に名前をつけたらしい。その名前が、エアリアル、ウィンディーネ、ウルカヌス、グノームだったそうだ。
話を聞くと精霊姫の二人は代替わりをしているそうだ。彼女達の先代がその名前だったらしい。
先代様を尊敬していた2人はとても嬉しそうだ。
『いいと思う!』
『かわいい名前をありがと〜』
『俺にぴったりの名前だな!』
『……その名前に恥じぬよう精進します』
「気に入ってくれて良かったです。皆さん、これからもよろしくお願いしますね」
そう言って笑えば、4体の精霊さん達も満面の笑みでこちらを向いてくれたのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
明日も投稿予定です。よろしくお願いします!




