14、精霊へのご褒美
なんとか歩けるようになった私は、リネットさんの手を借りながらではあるが、街にたどり着くことができた。
ギルドに入った瞬間、いきなり何か大きいモノが私に飛びついてきて……支え切れずに私は後ろに倒れそうになる。
ライさんとリネットさんが後ろを支えてくれたので倒れることはなかったが、誰だろうかと顔を見ると顔を涙でグシャグシャにしたネルさんだった。
「大丈夫でしたか?!シアさん!」
後ろではエミリーさんが「ネル!」と声を上げているが、ネルさんは必死すぎて聞こえないらしい。
「ネルさん、私は大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます」
「心配しますよ!だって、シアさんはもうこのギルドの一員じゃないですか!本当に無茶しないでくださいっ!」
いきなり声を張り上げた彼女に驚いた私だったが、その涙でふと王国にいた時のことが思い出される。
――私のために泣いてくれる人など、いたかしら。いいえ、いないわね。
その事に感謝しながら、私は抱きついているネルさんの背を、落ち着くまでそっと撫で続けたのだった。
翌日、私は休業した。
今回、事情聴取についてはライさんとリネットさんが昨日既に終わらせてくれたらしい。私は倒れてしまった事と、そもそも隊長であるリネットさんの発言があれば問題ないだろうという事もあり、聴取は免除された。
一晩眠ったからか、身体は問題ない……むしろ今までで一番絶好調ではないかと思われるくらい調子が良かったので、混む昼前に買い物へ出かけ、夕飯とお菓子の材料を買い込んだ。
アーべの件で1番の功労者は、4体の精霊さん達だ。だから私は、彼らにお菓子を振る舞おうと思ったのだ。
そんなに奮発して良いのか、と思うだろうが、実は今朝モーガスさんが店に来て、教えてくれたことがあったのだ。
アーべの大量発生の件は、ライさんとリネットさんと私で鎮圧した、という話になったと聞いた。だが、詳細はライさんもリネットさんも語らなかったので、冒険者の間では「ライとリネットが倒し、シアちゃんが防御結界魔法で二人を守ったのでは」と話されているらしい。
まさか鉄級冒険者の私が数千匹倒したなんて信じる人はいないだろうから、これで良かったのだろう。
幸い、あの時4階層には他の冒険者がいなかった。3階層で休んでいた人たちは5階層の魔物……そちらの方が稼ぐには良いらしく、下の階層に進んでいたのだろう。
あとは、討伐したアーべの魔石についてだ。
あの魔石については、私が6割、リネットさんとライさんが2割ずつという配分に決まったらしい。
正確な数は分からないが、私の魔法で三桁に近いほどの数を、一度で倒していることを知っているリネットさんとライさんは私に遠慮したらしい。
流石に貰いすぎだと思い、反論しようとした私に、彼は言ったのだ。
「嬢ちゃん、自分が働いた対価を安売りしちゃいけない。あのリネットとライが、『1割で良い。むしろそれ以下でも』と言っていたんだ。嬢ちゃんは彼らから見てそれだけの働きをしたってことだ。まあ、嬢ちゃんなら『少ない』と言うことを見越してこの割合にしたんだ。受け取ってくれるな?」
そう言われれば、うんと言わざるを得ない。私は当分仕入れる必要のない程の大石と中石を手に入れたのだ。
ちなみに勿論私は鉄級から銅級に上がった。モーガスさん曰く、
「正直ライとリネットの話からすれば、嬢ちゃんは銀級……いや金級でも良いんだが、飛び級は認められていなくてな。悪い」
と言われたので、大丈夫です、と答えておいた。
そんな事があったので、今回頑張ってくれた精霊さんに奮発する事にしたのだ。
「風の精霊さんは、クッキー、水の精霊さんはプリン、土の精霊さんはパウンドケーキ、火の精霊さんはキャンディーね」
それぞれの好物を確認する。
土の精霊さんと火の精霊さんは遠慮がちに食べたいお菓子を指していたが、多分大丈夫だろう。
「作る順番は、プリン、クッキー、ケーキ、キャンディーの順で良いかしら?」
そう精霊さん達に言えば、喜びの踊りを披露してくれている。
「さあ、作りましょう!時間がかかるけれど、待ってくださいね!」
まずはプリンである。
プリンには卵黄のみを使う場合と卵白も含めて使う場合があるが、今日は卵黄のみを使う事にする。
まず卵黄をボールでかき混ぜる。
次に牛乳を火の精霊さんに温めてもらい、そこに砂糖を入れて溶かす。
砂糖が溶け切ったら、卵黄に少しずつ加えながら混ぜる。
混ざったら、濾しながら容器に入れ……。
「あとは容器の周りにお湯を入れて、蒸し焼きにするだけね」
プリンをオーブンに入れ、魔石に魔力を込めると、温度が高くなり中には熱が篭っているように見える。
本当に便利なものが作られているなぁ、と思いながら次のクッキーに取り掛かるのだった。
クッキーはプリンで余った卵白を使ったものを選んだ。勿論、精霊さんには許可を得ている。
以前のクッキーとは違い、今回はラングドシャと呼ばれるクッキーを作った。
ラングドシャを作っている合間に、プリンが焼けたので、少し蒸らしてからフリッジ(冷蔵庫)に入れる。
そしてその後ラングドシャを焼いている間にパウンドケーキを作り、それを焼いている間にキャンディーを作った。
ちなみにパウンドケーキにはバナナを入れ、キャンディーは「フルーツキャンディー」と呼ばれている、フルーツの周りにキャンディーを纏わせたものだ。
全体を見て、ラングドシャやパウンドケーキは少し焦げているものもあるが、許容範囲だろう。
精霊さん達も目を輝かせて続々と出来上がっていくお菓子達の周りを飛び回っていた。これほど喜んでいる精霊さんは私も初めて見るくらいだ。
プリンの様子を確認し、パウンドケーキの粗熱を取りつつ、私はテーブルにティーセットと、店頭で購入したスコーンやサンドイッチも籠に入れてテーブルに置く。
ロー・ティーを模した形である。ロー・ティーとは紅茶と共に、軽食やお菓子が出される形式のお茶のことだ。
3段重ねのティースタンドを利用し、一番下の段には軽食のサンドイッチやスコーン。上の二段にはお菓子を載せる。ただし今回はティースタンドがないので、お皿の上に置いてあるが。
お茶の準備が終わる頃。
次は何をしようかと考え始めた時、ふと店舗のドアに掛けられている鐘の音が鳴ったような気がした私は、店舗に向かう。
するとそこには、ライさんとリネットさんがいるではないか。
私は慌てて2人の元へ駆けつける。
「お二人とも、どうかなさいましたか?」
「ああ、さっきライと近くで会ってな。二人で話し込んでいたのだが……シアさんが心配で二人で見に来たんだ」
「お気遣いありがとうございます。お店はお休みしましたが、身体は問題ありませんの」
張り切ってお菓子も沢山作ってしまいましたわ、と笑いながら言えば、2人ともホッとしたらしい。
「それは良かった。ここに来る途中で買ってきたものなんだけど、シアさん、良かったら食べる?」
ライさんの手元を見れば、最近人気だとネルさんが言っていたサラダや、冒険者に好まれる鳥料理など……これだけでも夕食になりそうな料理が箱に収められていた。
「ありがとうございます。折角来ていただいたのですから、お時間が宜しければこちらで召し上がって下さい。丁度私も準備を終えたところですの」
「え、良いのかい?」
「ええ、勿論。私もお二人にお話したいことがありましたの」
私がそう言えば、ライさんもリネットさんも了承してくれたので、私は店の奥のテーブルへ案内したのだった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
以下、作者のメモです。
オーブン:ピザ等を焼く石窯のイメージ。密閉もできる
・パウンドケーキのイメージ
https://www.kurashiru.com/recipes/0174eb7c-b3ab-476d-98ff-f5d64a66e351
・飴のイメージ
https://cookpad.com/recipe/2913964
ロー・ティー
英国のアフタヌーンティーの別名(wikiより)。勿論、今回もアフタヌーンティーのイメージです。
全部書くと長いので、今回はプリンの工程だけを書く事にしました。
ちなみにプリンは作者がよく作っているレシピです。
いつもカラメル無し、卵黄のみを使用して作っています。余った卵白はラングドシャにするのも恒例です。




