12、昇級試験 中編
「ダンジョンの中に本当に森があるなんて……」
私は思わずそう呟いていた。以前、レムドさんやロゼットさんからも「四階層は森だ」と聞いていたのだが、実際見てみると、地上にある森と遜色がないほどの木々が生い茂っている。
足元には雑草が所狭しと生えているように見えるが、この洞窟の雑草は足で踏み潰せる小さなものが多く、そこまで足場を心配する必要はなさそうだ。
ただこの空間内が上層部と比べて明るいこともあり、森の内部は薄暗いが光を焚くほどではない。やはりダンジョン内は不思議な空間だ。
「そっか、今日が初めてのダンジョンだったよね。それなら、驚くのも当然だ」
「私も最初に見た時は、驚いた記憶がある。洞窟の中に木が生えているとは、とな」
他にも、水辺だったり火山だったり。後は、毒沼だったり、草原だったり。他のダンジョンだとこれ以外にも色々な景色を見られるらしい。本当に摩訶不思議な存在だ。
改めて探知魔法をかける。すると先程出発したのだろう冒険者たちが先を歩いていた。それ以外の生体反応はないのでモンスターはいないようだ。
「探知魔法にモンスターは引っかかりませんでした」
「こちらもだ」
リネットさんの探知機でも掛からないとなれば、この周辺にモンスターはいないのだろう。
「先ずは周辺を捜索してみようと思います」
そう言って私は森の中に足を踏み入れたのだった。
ロゼットさんから教わった後、念の為ギルドの資料を確認したところ、4階層はアーベという虫型モンスターの生息地なのだ。
胴体は黄色く、手と尻の部分には棘があり、羽を持っているらしい。近づくと、その棘を武器にして闘う性質があり、棘で心臓の周辺を狙ってくることが多いそうだ。
棘には毒が仕込まれているらしく、刺されると死に至る可能性がある。勿論、解毒すれば問題ないが、一度腕を刺された冒険者がアーベに再度刺された時、そのショックで死んでしまったという事件が他のダンジョンで起きている。
しかもダンジョンのアーベはダンジョン外のアーベと比べて大きいらしい。ダンジョン外のアーベは大人の男性の手のひらより少し大きいくらいだが、アウストアーべはその三倍以上も大きい。その上、ダンジョン外のアーベよりも素早いため、巨体であっても狙いがつけにくい点が難点である。
だが攻撃を当てさえすれば、彼らは防御力が低いためすぐに倒す事ができる。
そのため、アーベを倒すなら中距離攻撃で倒してしまうか、魔法の範囲攻撃で倒してしまうか、この二点が初見では楽な方法である。近距離攻撃であってもアーベの速さについていけるなら、問題はないが。
警戒しながら歩く私たちだったが、探知にかかるアーベはまだいない。所々にアーベの好むアルノルディイ(ラフレシア・アルノルディイ)――地は赤く、白い斑点がびっしりついている、人の顔よりひと回り大きい花のことだ――が咲いているので、蜜を摂りにきていても良いはずなのだが……。
ライさん曰く、そろそろダンジョンの中間に差し掛かる広間が目の前に現れた頃。疑問に思った私が、ライさんに尋ねた。
「ライさん。この階層はこんなにもモンスターが出現しないものなのでしょうか?」
「いや、そんなはずはないと思うけど。リネットは最近ここに来てる?」
「私も数ヶ月前に一度訓練も兼ねて訪れているが、ここまで遭遇しなかったのは初めてだ」
3人の空気が緊張の色を帯びる。
「では、私が加護を利用して探知魔法の範囲を広げてみます。そうすれば、何かがわかるかもしれません」
「助かるよ。何かあればすぐに言って欲しい」
「はい、わかりました。では、風の精霊さん……力を貸してくださるかしら?」
緑の髪の風の精霊さんは、私に魔力を貸す事が嬉しいのだろうか。お菓子を渡した時と同じくらい、くるくると回っている。そして彼女の力が私に流れ込むのと同時に、この魔力で可能な範囲ギリギリまで探知魔法を広げる。
すると、北東方向に2人。こちらに向かって走る冒険者らしき人間がいる。木の合間をスラスラと抜けているので、森に慣れている冒険者なのかもしれない。
他の方向に向けていた魔力を北東方向へ重点的に送る。すると、冒険者の後方には千というモンスターの反応が探知魔法に掛かったのだ。全てのアーベがそこにいると判断して間違い無いだろう。
「ライさん、リネットさん。北東方向に数千のアーベが!その前には2人の冒険者がおります……アーベから逃げているようですね」
「数千……もしかしたら4階層全部のアーべかも知れないね」
その後すぐに全員が北東の方向へ向くと、そこだけ真っ黒な闇に包まれていた。あれがアーベの群れなのだろう。その闇はどんどんこちらへ近づいてくる。
逃げれば良いのでは、と初めは思ったのだが、ギルド資料にモンスターは階層を移動でき、外に出てくることもあると書かれていた。そのため、今ここで被害を食い止めなければ、上層にいる冒険者たちを巻き込むだけでなく、街にまで被害を与えかねない。
ライさんとリネットさんはアーべの大群を睨み続けつつ臨戦態勢を取り始めるが、私は初めて見る大群に怯んでいた。どんなに訓練していても、根本的な恐怖からは逃げられないようだ。
それに気づいたのだろう、ライさんは私に振り返った。
「シアさん、君は逃げても良い!初心者の君にこの大群は厳しいだろう?」
「今私の方で、警備隊宛に救助信号を送った。我々であれば救援まで持ち堪えられる」
そう言われて私は、ハッと彼らの顔を見る。ライさんとリネットさんの顔には笑みが溢れているではないか。
「最近生温いと思っていたんだよ。久々に手応えのある戦闘ができそうだ」
「奇遇だ。私もだ」
数々の修羅場を乗り越えた彼らだから、この瞬間も笑顔でいられるのだろう。
そんな時、ふと思い出したのは、母の言葉だ。
――力のある者は民を守れるの。あなたにはその力がある。驕り高ぶることなく力を磨けば、精霊たちも力を貸してくれるわ。
そうだ、私は2人を置いて逃げることはしたくない。
ここで逃げたら、後悔するだろう。
むしろ戦闘慣れをする良い機会なのではないか。
そう思った私は、両手で顔を叩いて気合いを入れ直す。そして……。
「いえ、共に戦います。足手纏いにはなりません」
そう言い切れば、ライさんは笑みを深めて親指を立てた。
「ならシアさん!最初は君の魔法に頼らせてほしい!先陣は任せたよ!」
リネットさんも笑顔だ。私も覚悟を決めた。
アーベの大群は目視できるようになる距離にまで近づいている。もう少しのところで、目の前に二人組の冒険者たちが現れた。
「ひいいいい!」
「こんなもん、いらねえ!返してやる!」
フードを被った二人組は、手に持っていた何かを私たちの目の前に投げ込んだ。
そこに転がってきたものは、手に乗る大きさの白い球状のもの。それを見たリネットさんが声を荒らげた。
「もしかしてお前たち!クイーンアーベの卵を巣から盗んできたのか?!」
クイーンアーベ。アーべの中で唯一、次代を残すための卵を産む事ができる存在。雄アーベに対し、雌アーベは一体しかいないと言われている。
クイーンアーべは次代のクイーンアーべを産むと同時に亡くなってしまう。そのため、アーべ達は次代のクイーンが誕生するまで、それはそれは丁寧に丁重に扱う。
この冒険者たちはその唯一の卵を盗み出したのだ。彼らが怒るのも無理はない。
彼らは何も言わず、そのまま上層階の階段に向かって走り出す。
「くっ!大群が居なければ捕まえるのに……」
「ライ、あいつらは問題ない。通信機で連絡を入れておく」
「助かるよ、リネット。後は彼らに集中しよう」
目視して見えるようになったアーべの瞳は赤い。怒りが支配している証拠だ。
ここまで我を忘れている状態になってしまったら、倒すしかないのだ。
「土の精霊さん、力を貸して下さいね」
私は今ある全ての力を解放する。
本日もご覧いただき、ありがとうございます。
明日で昇級試験編も終了です。




