11、昇級試験 前編
「シアさん、そろそろ昇級試験、受けてみませんかっ?」
ロゼットさんの訓練から2週間ほど経った頃、ゴブリンの討伐依頼を完了した私に、ネルさんが弾んだ声で聞いてくる。その言葉を聞いて、銅級に昇格する試験を受ける条件は達成したのだと理解した。
「そうですね、受けようと思います」
そう答えた私は昇級試験申込用紙を手渡される。必要事項を記入し終えた私はネルさんに紙を渡すと、彼女は私に笑いかけ、「準備をしておきますね」と足早に記入した紙をどこかへ持っていった。
それから5日後。その日が試験日となった。
「あ、シアさん!お待ちしてましたっ」
昇級試験当日。私がギルドに向かうと、満面の笑みでネルさんが私を迎えてくれる。
事前に聞いた話によると、銅級試験の内容は4階層のダンジョンに潜り、数体モンスターを討伐する事だ。その際、銀級冒険者以上の、もしくは(人員が足りないときのみだが)警備隊から2人ほど借りて、彼らが昇級を判断するらしい。
つまり私にも2人、判断してくれる人が付くのだろう。我が儘は言えないが、知っている人だと助かるのだが……まあ、それは過ぎた願望だろう。
審査をする方達は街の外にいるとの事で、ネルさんに案内される。すると見知った姿の2人を見つけた。まさかあの2人ではないだろうが……
「はい、本日の担当試験官は、ライさんとリネットさんです!」
そのまさかだった。
「えっと、ライさんは金級冒険者ですが、宜しいのですか?それにリネットさんは隊長ですよね、お仕事は……?」
それにしても豪華な参加者だと思うのは、私だけだろうか……。
「問題ありませんよ〜!銀級冒険者以上なので、ライさんは当然資格があります。確かに警備隊のリネットさんが出てくるのは珍しいですが、出てはいけないという規制はありませんからね」
「むしろ副隊長の2人から、休みにするから、行ってこいと言われている」
「リネットさんも銀級冒険者ですからね。そこは大丈夫ですよ!」
休むのにダンジョン攻略とは?と一瞬疑問に思ったが、そうでもしないと彼女は休みを取らないのだろう、なんとなくだけれどもそう感じた。
「それに加護がある事を知っている人の方が良いと思うんだ。知らない人と行くのは、気を遣うだろうし」
多分ネルさんに聞こえないように気を遣ってくれたのだろう。ライさんは小声で話してくれた。
確かに彼の言う通りだ。ロゼットさんとの訓練があるとはいえ、万が一の事も考えると、精霊の加護は使えた方がいい。
「ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願い致します」
「任せてよ。これでも僕は試験官として厳しいらしいし」
「ああ。私もやるからには、試験官として全力を尽くそう」
こうして私の昇級試験は、ライさん、リネットさんと共にダンジョンへ向かう事が決定した。
アウストは街から半刻ほどの場所に入口があり、四半刻ほどは森の中を歩かなくてはならない。以前の私なら疲れが溜まっていただろうが、休日はほぼ森の中を散策していたので、体力だけではなく歩き慣れたようだ。身体強化を掛けずとも、楽に歩く事ができた。
途中で一度だけ休憩を取ったが、そのままアウストの入り口にたどり着いた。アウストの入り口は以前挿絵で見た、坑道の入り口と似ているように思う……いや、入口の周りが赤褐色の四角い物で丁寧に装飾されているところを見ると、やはり坑道とは違うのだろう。
リネットさんはアウストの入口にいる衛兵さんへ書類を渡す。そこには私が昇級試験を受ける旨が書かれているそうだ。アウストは銅級以上ではないと入る事が出来ないようになっており、衛兵さんにギルドカードを見せないと入る事が出来ないのだ。
ルール上では、3階層までなら鉄級でも入れるとなっているが、以前ソロで入場した鉄級の冒険者が実力不足で酷い傷を負ったことから、鉄級は銅級以上の冒険者の帯同のみで許されるようになったらしい。
誌面のチェックを終えた衛兵さんは、紙をリネットさんに渡しつつ、私の方を向いて笑いかけてくれた。
「お嬢さん、昇級試験頑張ってくださいね。特にリネットの審査は厳しいでしょうから」
「はい、頑張ります」
衛兵さんに見送られ、私はダンジョンの中に初めて足を踏み入れた。
1階はただただ何もない空間だった。以前、洞窟に潜んでいたゴブリンたちを討伐した事があるのだが、その穴によく似ている。洞窟と1つ違うところは、壁にランプらしきものが付いている事だろうか。
土や岩が剥き出しになっており、まるで誰かが土魔法を使って掘ったような穴。これがダンジョンというものなのだろう。そう考えていると、ライさんがダンジョンについて補足してくれた。
「このアウストの1階は只の洞窟なんだ。罠もないし、モンスターも出てこない。本当に珍しいダンジョンだよ」
「他のダンジョンは違うのですか?」
「そうだね。全部を知っているわけではないけど、行ったことのあるダンジョンは、大体1階からモンスターが出てきたよ。ただ1階層に出てくるモンスターも其々違ったから、1階層にモンスターが出てこなくても、おかしくはない気がする」
其々がダンジョンの特色なのだろう。個人的には1階層にモンスターが出てこなくてよかったなと思う。
ちなみに階層の数え方は、ここを1階層、次の階層を地下2階層と呼ぶらしい。1階層と地下1階層だと区別が面倒であることが理由だそう。
ただただ舗装されていない道をひたすら歩くと、目下には階段のようなものが現れた。これが次の階層へ向かう階段なのだろう。
「さて、地下2階層への階段に着いたようだね。2階層はゴブリン、3階層はワーウルフが出現するよ。シアさんのお手並み拝見といこう」
「我々は、シアさんが危険だと感じた時に手を出すことになる。健闘を祈っている」
「ありがとうございます。頑張りますね」
そして私を先頭に、階段を降りた。
2階層、3階層のゴブリンとワーウルフは順調そのものであった。アウストは地下6階層辺りまで地図が描かれており、今回私は地図を頭に入れてきたこともあり、道順は問題ない。道は1階層と同じような作りなので、そこまで見通しが悪いわけでもない。それに2階層のゴブリンは3体ほどがまとまって行動しているため、風や土の基本魔法のみで対処が可能なのだ。
ゴブリンライダーの時の反省を活かして、常設型の探知魔法をかけていることもあり、鉢合わせすることも少ない。そのため魔道師の得意な遠距離攻撃を維持できるのだ。
ゴブリンを倒すと所謂クズ石と呼ばれる小さな魔石を手に入れた。初めて見たが、確かにかなり小さい。小指の爪より小さいくらいか。それを鞄の中に放り込み、ゴブリンを見つけたら倒す。これの繰り返しだ。
3階層のワーウルフも同様だ。ゴブリンより機動力があるとはいえ、私は広範囲での探知魔法をかけているためワーウルフを見つけることは容易い。ゴブリンと同じように遠距離で倒してから、周囲を確認、そして魔石を鞄に放り込み階段を目指す。
そして数度戦ったあと、だだっ広い空間らしきところに出た。奥には階段らしきものがある。
「ここまで半刻ちょいか。素晴らしい記録だな」
「うん、鉄級冒険者、しかもソロでここまで早いのは予想外だよ……」
「地図が頭に入っているのだろう。ここまで最短距離で来ることができている。しかも様子を見る限り、精霊の加護は利用していない……これからが楽しみだ」
ライさんによると、ここはモンスターのでない安全地帯と呼ばれる場所らしい。大抵の冒険者はここで休憩をとるのだと言う。確かにちらほらと休憩しているパーティがいるようだ。
「こちらで休憩を取ろうと思うのですが、宜しいですか?」
「勿論、いいよ」
ライさんとリネットさんから許可を得て、私はふぅ、と一息ついた。
手元にはペリラを使用したお茶を用意しており、それに少々の回復魔法をかけて飲んでおく。ペリラは緊張緩和に効果があるとギルドの資料を読んだ時に書かれていたので、それを利用したのだ。
幸いなことにペリラも最初に行った採取の場所に生えていたため、今回のために少々採ってみた。味はサラッとしており、飲みやすいので疲れた時にはもってこいのお茶である。
ついでに余ったジンジャーで作ったジンジャークッキーも携帯している。小腹を満たすために持ってきたのだが、持ってきて正解だと思った。
「シアさんは携帯食を持ってきていないのか?」
「ええ、今回は空腹よりも疲労に苦しむだろうと考えまして、お腹にも溜まるクッキーを持参しました。ジンジャーは疲労回復に効果がある薬草ですから」
リネットさんが「自身のコンディションを考えての結果か」と納得してくれたらしい。
「甘いものは携帯食としてはありだと思うよ。長期の探索には向かないけど、今日くらいの探索なら問題ないだろうし。何より癒やされるよね」
「はい」
その効果も勿論期待しているが、最大の理由が周囲に飛んでいる精霊さんたちだ。彼らにも一枚ずつあげておく。こっそり渡したので4体にあげているとは思わないだろう。
彼らの協力なしで終わればいいが、念には念をということだ。
休憩しているパーティが居なくなった頃、私たちも休憩を終え、階段に足を踏み入れる。階段を降りていくとそこには、木々が生い茂る森が目の前に広がっていた。
リネットとの実力はライと同じくらいです。
なので、金級冒険者になれるのですが、本職が警備隊で忙しく、ランク上げをしていないため銀級です。
この昇級試験編が終わると、一度冒険者編は終わりになります。
引き続き、よろしくお願いします。




