幕間 私の勘違い (ロゼット視点)
本日1話目になります。ロゼット視点。
最初にお姉様から話を聞いた時は、腸が煮えくり返るようだった。
久し振りに最愛のお姉様の元へ……シモーネと共にブレア領へ向かった。
元々私はブレア領出身。そして周囲から「異常」と怖がられる程の魔力を持っていた。私の身体に溜まっている膨大な魔力を魔力操作でコントロールできるまでは、魔力が垂れ流しになっていたらしい。
その魔力量が多かったため、相手を知らないうちに威圧していたのだ。そのため魔力操作がやっと出来るようになった……大体6歳頃だろうか。それまで私は友人と呼べる者はほぼおらず、お姉様と両親だけが私を可愛がってくれた。
正直今でも友人と呼べる人間はブレア領にはいない気がする。だからだろうか、その分の私の愛がお姉様に向かったのかもしれない。
そんなお姉様はルイゾン様へ仕える事に憧れて、騎士の道へと進んだ。
最初は私もお姉様と同じ、騎士……私は魔道士としてだが、に仕えようかと考えていたのだが、ある件がきっかけでその事を思い直した。今でも思い出す。ルイゾン様と初めて会った時のことだ。
彼は、私に会って開口一番「本当に騎士でいいのか?」と私の目を見て言い放ったのだ。見抜かれている、と思った。
「君はもっと色々な場所を見るといい。君は誰かの下で仕えるよりは、自由が合っていると思うのは僕だけかい?もう少し考えたらどうだろうか」
そして私が最終的に選んだ道は冒険者だった。18歳をすぎた頃、銀級冒険者になった私は、お姉様と離れることに後ろ髪を引かれながらも、私は隣領であるダミア領へと向かい、そこで出会ったのがシモーネだった。
彼……いえ、今は彼女であるシモーネと私はパーティを組み、ダミア領以外の領地へ向かい冒険者活動を続けながら、一年ほど前にシモーネの拠点があるダミア領に戻ってきたのだ。
そしてチェルテア山の異変が起きた。
一週間ほど前に帰ってきた私たちを迎え入れたギルド長から、グレートウルフが街道に出現した件を聞き、私たちもダミア領での異変を彼に伝える。既にダミア領のギルド長から話は来ていたらしいのだが、「冒険者の生の声が聞けて助かる」と彼は喜んで話を聞いてくれていた。
その時に「シア」という女性の話が出たのだ。
シア、という女性はグレートウルフが出現した際、御者席から防御結界を張り乗客と馬車を助けたとのことだった。
グレートウルフを昏倒させたのはお姉様だったらしいが、彼女の結界がなければ馬車はすぐに壊れ、乗客の命に関わる事件になっていたかもしれないと。
その時は、「ふーん」くらいの気持ちだった。防御結界は適性が必要ではあるが、そこまで珍しいものではない。
ただ、他の乗客は魔法の訓練などしたことのない一般人だったらしいので、彼女が乗客として乗っていて幸いだったわね、と思っていた。
だが、その考えはお姉様に会って変わった。
お姉様と久し振りに食事をした際、彼女の話が出てきたのである。しかも、ルイゾン様から「何かあれば助けてあげてくれ」と話が来ているというではないか。その上、お姉様がシアさんはとても良い子だ、と嬉しそうな顔で褒めるので、私は一瞬で彼女のことが嫌いになった。
……私のお姉様に取り入るなんて、なんと性格の悪い女。そう彼女は位置付けられたのである。
その数日後。
彼女の評価は更に地に落ちることとなる。
ジョアンさんからの「SOS」を聞いた私たちが向かった先には、ジョアンさんの相棒のレムドさんと彼女がいたのだ。
丁度その時、レムドさんと彼女は防御結界に守られている状況だった。レムドさんは銅級冒険者と話を聞いていたので、ゴブリンライダーを3体相手取るのは厳しいだろう。それを考えた彼女がまずは防御を、と結界を張ったのはなんとなく分かった。
遠くからでも見えたのは、彼女が一生懸命土魔法を発動しているところだった。だが、私からすれば見るに堪えない魔法。予想では拘束魔法を発動しようとしているのだろうが、彼女自身が敵の動きに付いていけないのだ。
お粗末。それが彼女の魔法の評価だ。
なぜお姉様が彼女に好意を持ったのかが分からなかった。
だから私は彼女が使おうとしていた魔法でゴブリンライダーを捉え、見せつける。私の方が素晴らしい魔道師だと、彼女に示したかったのかもしれない。
助けた当時は彼女が「シア」という名前である事を知らなかったので、話を聞いていたが、彼女が名前を名乗ると同時に、お姉様に取り入った女だということがわかると、私は怒りを抑えることができなかった。
だからいつの間にかこう言い放っていた。
「貴女、あの攻撃魔法でよく冒険者になろうと思ったわね。魔道師としては使えないわ」
今思えばこの言い方は非常に失礼だし、初めて討伐依頼を受けたなりたての冒険者に言う言葉ではない。しかし、その時は既に怒りに支配されていて、私は放った言葉を訂正することさえしなかった。むしろ、訂正する必要さえないと思っていた。
……お姉様の褒めていた女が、こんな攻撃魔法の使えない情けない女だという事実に苛ついたのだ。
普通であれば、相手が泣き出しているかもしれないこの状況に、周囲の空気が凍るのを感じる。だが、彼女は私の目を見てこう言ってのけたのだ。
「……仰る通りですね。今回、私が非力であることを痛感致しました。申し訳ございません。確かに私は冒険者として失格だと思います」
後ろで2人がフォローをするも、彼女自身そう思っているらしい。感謝の言葉を述べつつ、私の言葉を肯定する彼女が、得体の知れないもののように思えてきたのだ。
泣き出すことなく、淡々と受け入れる。彼女のこの姿勢すら、嘘くさく見えていたのだ。
だから私は更に相手の本性を見抜くべく、言葉を紡ぐ。
「ふん、白々しい。本当にそう思っているのかしら?とっとと冒険者、辞めたら?……むしろ、そうやってしおらしくすることで、お姉様に取り入ったのかしら」
その言葉と同時に私の頭が叩かれる。叩いた元凶を睨みつけると、そこには絶対零度の目をしたシモーネが佇んでいた。
滅多に笑みを絶やさない彼女が笑顔を消している。これは相当怒っていたようで、勿論、説教をされた。
その後、私はお姉様と街の個室がある食堂で食事をしていた。今回のゴブリンライダーの話である。そこから、またお姉様は彼女の話をし始めたのだ。
彼女は街に帰る間、何度か考え込んでいたらしい。話を振れば、きちんと答えてくれるし、不自然なところはないように見えたらしいが。
彼女を心配するお姉様に私はついこう言ってしまった。
「何故彼女のことがそんなに気掛かりなのですか?」
お姉様はその言葉にキョトン、と首を傾げたが、笑って言い出した。
「シアさんは成人してないからな。子どもが親も居らず1人で他国に出稼ぎ、と聞いて心配にならないか?」
私は目を丸くした。そして耳を疑った。
「彼女、成人していないの?」
「ああ。ルイゾン様がシアさんは成人していないよ、と言っていたからな。ちなみに彼女は王国から来ているのだが……あっちだと18歳が成人だろう?平民だとしても成人は15だ。そう考えると、1人でこの街に来て、生計を立てるために魔石屋を開いて……魔石屋のために冒険者登録もしたのだろうな。大変だろうから、なるべく軌道に乗るまでは助けてあげたいと思うよ」
「……ジョアンさんたちと同い年くらいかと思っていたわ」
「まあ、彼女は落ち着きがあるからな。そう見えないのも仕方がない」
そう思うと今までの怒りは急激に萎んでいった。怒っていた自分が馬鹿馬鹿しくなったのだ。攻撃魔法はできていなくても、あの歳であそこまでの防御結界魔法を使えるのは素晴らしいことだと思う。
そしてお姉様の話から、彼女は訳ありの子なんだろう、とも思った。隣町へお使いに行くのとは違う。地に足をつけて金銭を稼がないといけないのだから。
お姉様との食事はその後も和やかに続いたが、私の心には少しだけしこりが残ったままだった。
翌日、シモーネは私の顔を見てまだ胸にしこりが残っていることに気がついたらしい。
タイミングを見て謝罪しようと話をしたのだが……ゴブリンライダーが他にもいないか、森を捜索してほしいという指名依頼を受けた私たちは、そのタイミングを逃してしまった。
それを一週間、そしてその後指名依頼を受けた私たちは、2週間以上この街を離れていたため、完全に謝罪をする機会を逃してしまっていた。
私たちが戻った翌日。シモーネとは別行動をとり、休暇としてぶらぶらと街を歩いていた時。ふと見たことのある後ろ姿の女性を見つけた。彼女だ。
シアさんは街の外に行くらしい。つけ回すようであまり気分が良いことではないだろうが、この機会を逃すと謝罪ができないかもしれない。そう思い、街を駆け抜けていく彼女の背を追った。
彼女を追うと、人気のない場所にたどり着く。何をしているのだろうかと首を傾げつつ、側にある木の陰に気配を消しながら隠れると、彼女は土で作ったゴーレムを取り出し……そしてそのゴーレムに攻撃をし始めたではないか。
ゴーレム自体の動きが単調であるとはいえ、彼女の拘束攻撃はきちんとゴーレムを捉えている。彼女なりに考え、訓練を実行してきたのが分かる。きっと今ならこの前苦戦していたゴブリンライダーでも拘束魔法を使えるかもしれない。
「彼女は妥協を許さないのね」
冒険者は訓練よりも実戦を重視する傾向がある。実戦は何よりの勉強の場だからだ。訓練はもちろんある程度はするのだが、訓練<実戦重視であることは否めない。
だが、彼女の本業は魔石屋だ。実戦ばかり出るわけにもいかない。実力を上げる効率の良い方法としてこれを編み出したのだろう……ルイゾン様の図書館でゴーレムについては調べたに違いない。
この甘えを排して突き進む性格……私は勿体無いと思った。だから行動に移すことにした。
読んでいただき、ありがとうございます。
本日は2話投稿していますので、続きも読んでいただければ幸いです。
共和国で会う人たちは基本良い人です。
ロゼットも素直で姉想いのツンデレなだけで……ツンデレ要素がきちんと描けていれば良いのですが。




