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【受賞作品・書籍化中】私、もう興味がありませんのーー虐げられた愛し子は隣国でお店を開く事にしました  作者: 柚木(ゆき)ゆきこ@書籍化進行中
第二章 ブレア領

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8、初めての討伐依頼 後編

「……助かった」


 呟いたのはレムドさんだ。その言葉で現実に戻ってきた私は、探知魔法を周囲に展開する。すると東側数メートル先に冒険者が3人いるではないか。二人は歩いてこちらに向かっており、一人は走ってこちらに来ているようだ。視覚で確認すると、走っているのはジョアンさんだった。

 他に魔物はいないようでホッと胸を撫で下ろす。それと同時に、ジョアンさんがレムドさんに声をかけていた。

 

「レムド、シアちゃん大丈夫だった?!」

「ああ、結界のお陰で俺は無事だ」

「うう……良かったぁ……シアちゃんも、無事で良かったよ……」


 レムドさんの胸でハラハラと涙を流すジョアンさんだったが、緊張の糸が切れたのか身体の力が抜けたらしい。レムドさんに抱き抱えられて、支えられる姿勢をとっていた。

 レムドさんはジョアンさんの肩をポンポンと優しく叩き、彼女を落ち着かせる。それが功を成したのだろう、ジョアンさんの瞳から涙がこぼれ落ちなくなった頃、彼らの後ろから声が聞こえた。

 

「間に合って良かったわ♪」

「ふふ、貴女の弓はいつ見ても見事よねぇ」

「あら〜、ロゼット。貴女の土魔法も見事だったわよ?」


 そんな軽い会話をしながら、彼女たちはこちらへ歩みを進めている。彼女たちの周囲に精霊はいないが、あの土魔法の威力や弓捌きを見れば、相当な手練れであることが分かった。


「二人が無事で良かったわ♪ジョアンさん」

「ほ、本当にありがとうございました……」

「……手間を掛けさせて済まなかった。ありがとう、助かった」

「私からも……ありがとうございました」

 

 私にもっと力があれば、この二人の手を煩わせることもなかったのだ。その事実だけが悔しい。


「いえいえ〜、冒険者は助け合いが大事でしょ?気にしないで!」

「ええ。若い冒険者たちの未来が失われなくて良かったわ」

 

 そう言ってもう一人の女性は私たちに片目を瞑ってウインクをする。その姿がまた似合っていて、隣にいたレムドさんも同性のジョアンさんまで魅了されていた。

 


 

「こんなところにゴブリンライダーが出てくるなんて、今までだとあり得ないわよねぇ」

「ええ、昔からここはゴブリンの住処になっていたけれど、いてもゴブリンメイジくらいかしら?」


 私たちは街道の近くまで出てくると、休憩がてら木の根元で休んでいた。話から察するに、ロゼットさんは昔この街に住んでいたことがあるのだろうか。それとも何度もこの街に来ているのだろうか。

 そう不思議に思って二人の方を見ていれば、その視線に気づいたらしい。


「ああ、自己紹介が未だだったわね?私はシモーネ、よろしくね♪一週間ほど前にこの街に着いたの」

「ロゼットよ。私は出身がこの街なの。よろしくね」

「私はシアです。ご丁寧にありがとうございます」

「改めてこっちはレムド、私はジョアンです。銅級冒険者としてあの街で活動しています」


 よろしく、と言い合った後、改めて自己紹介をした私たちも先程の話に加わる。

 

「しかし最近何が起こっているのかしらねぇ。チェルテアの山の様子がおかしいと思って来てみたら、こっちの様子もおかしいものね」

「チェルテアの山?」

「そうなのよ〜チェルテア山はブレア領とダミア領の間にある山脈の総称なんだけどね、山頂付近にいるはずの中堅の魔物が、ダミア領に降りてきているの」


 ロゼットさんは元々この領出身であるが、この街で銀級になってから共和国中を巡り、ソロで依頼を受けていたらしい。その途中で会ったのが、シモーネさんだったそう。その後あれよあれよのうちに意気投合して、2人で色々な場所を行き来しながら、依頼を受けているそうだ。

 そしてつい最近、この領に戻ってきたらしい。

 

「あっちは中堅以上の冒険者が多いから、ブレア領が心配でこちらに来たのだけれど……来て正解だったわね」

「そういえば、今イブランドくんたちもブレア領に向かっているらしいわね。あとは帝国に行っていたライくんも戻ってきているらしいじゃない」

「……()()()が?」


 一瞬で彼女の瞳が険しいものになる。レムドさんとジョアンさんもその視線の鋭さに肩を震わせた。それをものともしないのが、シモーネさんだ。

 

「んもう、ロゼットちゃん。言葉遣いが悪いわよ?」


 そう笑いながら彼女を諫めるが、空気は重いままである。その空気を払拭するかのように、レムドさんが声を張り上げた。


「話は戻るが、イブランドさんって……あのイブランドさんか?!」

「ええ、イブランドと言えば、彼しかいないわよ?」

「ねえ、レムド。イブランドさんって誰?」


「お前知らないのか?金剛級に近いと言われている、有名な白銀級冒険者だぞ!魔剣を手に、涼しい顔で敵をバッサバッサ切り倒すと言われている……あの!」

「魔剣?」

「そうだ。正確に言うと、精霊の魔力を込めた剣、略して魔剣らしいが」

 

 何となく聞いたことはあるが、私は魔剣を見たことはない。話によると、魔剣はダンジョンのボスを倒すと宝箱が落ちて、その中から出てくることがあるらしい。王国ではダンジョンは少なかったこともあるが、何より王宮の騎士団はダンジョンに行きたいという奇特な人はいない。見たこともないのは当然だろう。

 いつか見てみたいなあ、と考えていた私を、シモーネさんが見つめている。


「ねぇ、それよりも……貴女シアちゃんって言ってたわよね?もしかして、最近魔石屋を開いた『シアちゃん』?」

「え、ええ……魔石屋のシアでしたら私ですが」

「やっぱり?ギルド長から、『あそこは魔石の質がいいぞ』って聞いて、一度買いに行きたかったのよ♪」

「ありがとうございます。店舗は冒険者の皆様に合わせて開店しているので、依頼前か依頼後にお待ちしていますね」

 

 そう伝えれば、シモーネさんは「寄らせてもらうわね」と楽しそうに話している。が、一方でロゼットさんの顔はさらに険しくなった。

 

「……何ですって?」


 先程は違う方向を向いていた視線が、こちらに送られる。そして眉間がくっつきそうなほど、皺を寄せて私に咎めるような視線を送っているロゼットさんの口が開いた。

 

「貴女、あの攻撃魔法でよく冒険者になろうと思ったわね。魔道師としては使えないわ」


 周囲の空気が一瞬で凍りつく。あのシモーネさんでさえ、口角がヒクヒクと引き攣っていた。レムドさんとジョアンさんは怪訝な顔をロゼットさんに向けている。そして私は……その言葉に納得した。

 

「……仰る通りですね。今回、私が非力であることを痛感致しました。申し訳ございません。確かに私は冒険者として失格だと思います」

「だが、お嬢!お嬢の結界魔法は俺を助けてくれたじゃないか!」

「……そう言っていただいて、ありがとうございます。ですが、結界は無限に使えるわけではありません。あのままお二人に手助けしてもらえなければ、私たちは動くことすらできませんでした」

 

 最悪、レムドさんを巻き込んでしまうあの方法も使えたが、味方を巻き込む魔法の使い方は、それが彼を助けるためであっても良いものではない。精霊さんは人を傷つけることを嫌うからだ。

 

「でも、シアちゃん……あなたはまだ鉄級でしょ……?」

「ジョアンさん。いくらランクが低いとはいえ、冒険者は冒険者です。……以前から気づくタイミングはあったにも関わらず、攻撃魔法を疎かにしていたのは私の怠慢ですわ。ロゼットさんにそう言われてしまうのは、仕方のない事だと思います」


 探知魔法を常に発動させておけば……土魔法の精度を上げておけば……魔法の発動時間を短くしておけば……このどれかでもしっかりと出来ていれば、もう少し上手く対処ができたはず。

 先程の私には全てが欠けていたので、手詰まりになってしまったのだ。


「ふん、白々しい。本当にそう思っているのかしら?とっとと冒険者、辞めたら?……むしろ、そうやってしおらしくすることで、お姉様に取り入ったのかしら」

 

 そう言われて、はて?と首を傾げた。本当にそう思っているのか?という言葉は、別にいい。他人の気持ちなんぞ、見られないのが普通だからそう思われるのも、しょうがない。だが、お姉様に取り入るとは何だろうか。

 首をちょこんと傾げると同時に、ぱしん、という音が辺りに響き渡る。シモーネさんがロゼットさんの頭を叩いたのだ。

  

「いったーーーい!何するのよっ、シモーネ!」

「ごめんなさい、シアちゃん。これは行き過ぎね……ロゼット、貴女はシアちゃんに魔道師としての、冒険者としての自覚を持つように先輩魔道師として指導した。これは正しいことだわ。シアちゃんもそれに応えて反省している。これはとても良いやり取りだと思うわ」

「だったら……!」

「で・も・よ、ロゼット。最後の一言は違うでしょう?シアちゃんに対する嫉妬で八つ当たりするんじゃないわよ。完全に私怨が混ざっているじゃない。金級冒険者としては失格よ」


 嫉妬?私怨?なぜ?と頭に疑問符が浮かび上がる。そんな私にシモーネさんは優しく声をかけてくれた。

 

「ちなみにシアちゃんは、今回の経験から、どこを伸ばしていこうと考えているの?」

「はい。今後は攻撃魔法の精度を向上させる訓練と発動時間を短縮する訓練を行っていこうと思っています」

「うんうん。そこまで分析できているのなら大丈夫ね♪貴女、良い魔道師になるわ」


 そう言って笑うシモーネさんは、まるで天使のようだった。


「あの、嫉妬って……?」


 私は先程、土魔法と結界魔法しか使っていない。彼女ほどの魔道師が私の魔法に嫉妬するとは到底思えないのだ……だからと言って、他に嫉妬される要素が見当たらない。


「ああ、彼女はね……」


 とシモーネさんが苦笑い説明しようとしたその時。ロゼットさんの後ろから声がかかる。


「その後ろ姿、もしかしてロゼットか?」


 リネットさんだ。今日は歩きで来たらしく、2人の部下と共にこちらを向いていた。その部下の2人は、目を見開いて硬直している。どうしたのか、と首を傾げたその時。

 

「……お姉様!」


 そう言って、ロゼットさんが彼女に抱きついたのだ。彼女の胸にロゼットが頬擦りしながら「お姉様、お姉様〜」と言っている。後ろの2人は、硬直は解けたようだが口元が引き攣っている。よく見ると、ロゼットさんが彼らを睨んでいるのが一瞬見えた。

 リネットさんはそれに気づかなかったようだ。ロゼットさんを抱きしめながら、シモーネさんに話しかけた。

 

「シモー()。いつもロゼットが世話になっているな」

「いえいえ〜いつも楽しませてもらっているわ。ちなみに今はシモー()よ?リネットちゃん♪」

「ああ、済まない。そうだったな」


 シモーネさんもリネットさんの知り合いなのか。


「お姉様ぁ〜それよりも私、お姉様に会いたかったです〜」

「ああ、私も会いたかったよ」

「本当ですかぁ〜?ロゼット、嬉しい!」


 そんな彼女の様子を見て呆然と立ち竦んでいるレムドさんとジョアンさん。私も先程の雰囲気とは全く違う彼女から目が離せなかった。そんな私たちを見て、シモーネさんは手を頬に当てて苦笑する。


「彼女、極度のシスコンなのよ。先日、リネットちゃんとロゼットが会った時、リネットちゃんがシアちゃんの話をしてたらしいのね。その後彼女、ずっとふくれっ面だったの……先ほどのことは勿論、正論なんだけれど、普段あの子はあんな言い方しないのよ……相手の意見をきちんと聞いてから判断する子だから」

「だから嫉妬と……」

「ええ。リネットちゃんに気にかけられている貴女が羨ましいのかもしれないわねぇ。……彼にだってあんな態度だし」

「彼、ですか?」

「ああ、ごめんなさいね。こっちの話」


 そう言ってシモーネさんは視線をロゼットさんに向けた。その眼差しには、優しさが垣間見える。

 その視線につられて、私もシモーネさんの顔をじーっと見ていたのだが、しばらくするといきなり彼女の顔がこちらにくるりと振り向いた。


「そういえば、シアちゃんは幾つなの?」

「私ですか?14ですが……」

「え?お嬢、14歳なのかよっ」

「ええ〜!私たちより3つも下なの?!全然見えない……私たちよりしっかりしてるわ……」


 何故かレムドさんとジョアンさんが目をまん丸にして驚いている。


「お伝えしていませんでしたっけ?」

「知らなかったわ!完全に同い年か、一個下くらいかと思ってたわ……14ってまだ成人もしていないじゃない」


 王国だと私は未だ成人していないのだが、こちらでも成人は15歳より上のようだ。


 王国の貴族の成人は18歳とされている。夜会に関しては15歳でデビュタントを果たすが、貴族はほぼ全員が15歳から3年ほど王立学園に通うため、学園を卒業して初めて成人と見做されるのが通例だ。それが18歳なのである。

 平民の成人もそれに合わせてはいるが、学校などに通わなければ基本15歳で仮成人と見做されるのだ。


「それは……ルイゾン様も甘くなるわけねぇ……彼の方、子どもに弱いもの」


 シモーネさんの視線はブレア城のある方向だ。なんと、この方はルイゾン様のことも知っているらしい。

 

「ルイゾン様には、本当に良くしてもらっています。お陰で私はこの街で生計を立てることが出来ていますもの」

「本当に……シアちゃんは素直で良い子ね。今度売上に貢献するから、その時は宜しくね♪」

「勿論、私たちの村もシアちゃんのところで魔石を購入するからね!」

「ありがとうございます」


 本当に私は共和国に来てから恵まれているな……と彼女たちの笑みを見て思った。

いつも読んでいただき、ありがとうございます!

誤字脱字報告ありがとうございます。なかなか無くならなくて申し訳ないです……


ここから予定では7話ほど、冒険者ターンです。2話ほど幕間が入ります。

明日は幕間で、国王様と領主様の様子に焦点を当てていきます。


引き続き、宜しくお願いします!

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