7、初めての討伐依頼 前編
店舗で魔石を販売してから三ヶ月。暑さを本格的に感じ始めた頃。
幼い頃から練習に練習を重ねて溜めてきた魔石は数千個以上あるため、在庫はまだまだ尽きない。最初の一ヶ月である程度売れたこともあり、客足は落ち着いてきてはいるが、私は順調に魔石を売り上げていた。
そのため、ノルサさんとの取引も少し変わってきている。特に土属性の魔石は販売数が一番少ないため、土属性の魔石を受け取るのではなく、魔力を込めていない魔石を交換してもらう事にしたのだ。ちなみに火は土よりも売れやすいが、生活用魔道具……コンロやオーブン等の利用が多い。最近の生活用魔道具は、魔法効率が改善されているらしくそこまで頻繁に買い替えは必要ないらしい。常に火や水を使う料理屋は別だが。
そのため、魔石の販売と並行してギルドの依頼を受ける事に決めた私は、二ヶ月目から店舗を開く時間を短縮する事にした。早朝から昼前まで開き、昼から陽が傾き始める頃まで休憩にし、その後また売り出すという形を取ることにしたのだ。何人かのお客さんに確認してみたが、それでも支障がなさそうなので、休憩時間には週に数回採取依頼を受けるようになった。
採取依頼は一人で向かうことが多かったが、たまにライさんとばったり会うと、彼に声をかけられて一緒に行くこともあった。休日にある程度の薬草の採取方法をギルドで勉強したので、彼の手を煩わせることはない。一緒に来たライさんは自分で傷薬を作ることができるらしく、必要な薬草であるアルテミシアを採取していた。
空いた時間に採取依頼に行っていたおかげか、昨日昇級資格の最低限の採取依頼回数は受けることができたのだ。
それに気づいたのは、ネルさんから教えてもらったからだ。あとは討伐依頼を数回受ければ、昇級試験が受けられるとの事だった。
「シアさん、順調ですね!流石女神様ですっ!」
「女神ではありませんが……ありがとうございます」
週に何度も顔を合わせれば、ネルさんの扱いもなんとなく分かり始めてきたので、彼女の言葉に答えつつもお礼を伝えた。
「明日は討伐依頼を受けられますか?」
「そうですね……受けたいのですが、ひとつ心配なことがあるのです」
ネルさんは瞬きを二回した後、食い気味に聞いてくる。
「珍しいですね?シアさんに心配事があるなんて」
「私もひとつやふたつ、心配事はありますよ……実は、私魔物を倒したことがないのです」
王妃教育で魔物を討伐する実践練習など一度もなかったし、王国をダンさんと一緒に旅した時も、魔物は一度も出なかった。戦闘に参加したという意味では、グレートウルフで防御結界を張っているが……昏倒させたのはリネットさんである。依頼を受けてちゃんと倒せるかが心配なのだ。
そう話せば、納得したのかネルも頷いている。
「あー、やっぱりいらっしゃいますよ〜。初めての討伐依頼で怖くなってしまって帰ってくる方が。なので、最初は先輩冒険者と一緒に向かうことをお勧めしているんですよ。先輩冒険者と一緒に向かえば、戦えなくて魔物に倒されることはないですからね」
「そうですよね、どなたか一緒に行ってくださる方を探してからにしてみます」
「きっとシアさんならすぐ見つかりますよっ!」
そうネルさんと話していると、不意に後ろから声がかかった。
「だったら俺たちが着いて行こうか?」
「あら、レムドさん?」
「よっ、シアちゃん」
レムドさんは魔石屋の常連様で、週に一度は魔石を購入してくれるお得意様だ。ギルドで販売した初日、モーガスさんの次のお客さまだ。いつもなら二人で店を訪れてくれるのだが……。
「レムド!待ちなさい!」
「ジョアン、遅いぞ」
「貴方が早すぎるのよ!あら?シアちゃんじゃない。今日は依頼かしら?」
レムドさんの相方であるジョアンさん。
彼らは幼馴染で、近くの村から出稼ぎに来ていると言っていた。故郷の村では小麦を育てているらしい。彼らが村を出てきた理由のひとつは、二人が得意な属性が火、風だった事にあるらしい。
特に農業で重宝される属性は土や水属性なのだ。火も、風属性も勿論使用することはあるが、小麦の品質向上に関係するのは土壌と毎日の水が大きく影響を及ぼす。なのだが、二人とも土と水属性魔法が使えなかったそうだ。
村でも仕事はあるのでそちらに従事しても良かったらしいのだが、二人とも周辺の山での狩りが得意だったこともあり、冒険者で身を立てたいとこの街に来たのだそう。
ちなみに銅級冒険者である彼らが毎回魔石の買い出しに来ているのは、村の依頼でもあるらしい。「一度に言えばいいのだけど……村の人が大らかすぎてねぇ、大体言い忘れたりするから、毎週買いに来ているの」とはジョアンさんの話だ。
「はい。そろそろ討伐依頼を受けようと思いまして」
「で、俺が手を挙げたってわけだ」
「いやいや、レムド?流石にそれだけじゃ分からないわ……省略しすぎよ」
ジョアンさんが頭を抱えている。それを見兼ねたネルさんが私の代わりに話してくれた。
「実は今、シアさんが魔物を討伐したことがない、という話をしていまして。討伐依頼に同行してくれる方を探していたのです」
「あら、そうだったの?確かに……私も初めて狩りをした時は、怖かったもの。その気持ちはあっても当然よね」
「は?お前が怖がってたって?むしろ楽しそうに笑っていただろうに」
「……レムド?」
ジョアンさんは眉間に皺を寄せて、鋭い視線で彼を見るが、レムドさんはどこ吹く風だ。そんな様子に彼女は諦めたらしい。
「まあ、良いわ。そう言うことなら一緒に行きましょう!行くのは明日でいいかしら?」
「はい。こちらはお休みなので、お二人がそれで問題なければ、お願いしたいのですが……」
「こちらも大丈夫よ!シアちゃんは、魔法メインだったっけ?なら、解体用ナイフや薬等があれば大丈夫ね」
「折角だから今から魔石も買いに行くぞ」
「分かったから待ちなさいって!」
私はネルさんにお礼と挨拶を返した後、二人の会話を聞きながら後ろに付いて歩いたのだった。
翌日。
朝の喧騒がおさまった頃、レムドさんとジョアンさんとギルドで待ち合わせした私は、ゴブリンの討伐依頼書をネルさんに渡し、討伐に来ていた。ゴブリンは繁殖力が強く、定期的に討伐しないと食べ物を漁りに人里に出てきてしまうのだ。特に、リネットさんと初めて会った街道に隣接している森の内部は広大なため、森へ深く潜ると至る所にゴブリンの住処があるらしい。
森の中に入ると、根が土から飛び出していて躓き、数度転びそうになった。
「そうよね。森に歩き慣れていないと、転んじゃうから気をつけてね」
「アウストのダンジョンの四階は確か森だったな。四階も似たような地形だから、ここで慣れておくといいぞ」
やはりゴブリン討伐にも意味があったのだ。毎日歩いているので体力はついてきてはいるが、慣れない場所を歩くとどうしても必要以上に体力を消費してしまう。週に一度はこれからゴブリン依頼に変えて森を歩き回るのもいいかもしれないと思った。
そして歩くこと1時間程。木々が所狭しと生い茂り始め、足元がさらに暗くなってきた頃、休憩をするために立ち止まった時に張り巡らせた私の探知魔法に、何かが引っかかるのを感じる。それは二人も同じだったらしい。
「おい、この先なんかいるぞ」
「ええ、魔道具も反応しているわ」
ジョアンさんの手元には、緑に光る魔石を真ん中に埋め込んだたまご型の魔道具があった。風属性は自然の風を利用する魔法が多い。そのため、探知魔法等によく使われるのだ。
「シアさんは確か、風魔法が得意だったか?可能なら探知魔法を使って、敵を把握して欲しいんだが」
「まずは、やってみますね」
言われた通り、探知魔法を敵の周辺に重点的に張り巡らせる。すると思わず顔を顰めてしまうほど、意外な魔物に遭遇する。
「この先に、3体ほどゴブリンライダーがいるようです。後は、1、2……5体ほどゴブリンがおります」
「ゴブリンライダーですって?」
ゴブリンライダーは、グレートウルフの下位互換であるワーウルフに騎乗し戦うゴブリンのことだ。ゴブリン単体よりも機動力が数倍高いため、魔法でワーウルフを足止めして打ちとる戦法が一番確実であろう。
「あちらさんにライダーがいるのは、不味いな。俺ら二人とシアさんじゃ厳しいだろう」
「せめて誰か近くにいればいいけれど……」
ジョアンさんと同じことを思っていた私は、探知魔法範囲を広げ始める。小声ではあるが呪文を唱えたことで、精霊さんも力を貸してくれており、今までの範囲の二倍は軽々広げることができた。すると、私たちが歩いてきた方向に2人の冒険者らしき人たちが歩いている。
「レムドさん、私たちが歩いてきた方角に、冒険者らしき方がおります。魔力から見ると、熟練の冒険者のようですが……どうしますか?」
「そうだな、ジョアン。お前身体強化を使ってその冒険者にこの件を伝えてくれないか?俺らは静かに歩いて向こうと距離を取る事にする。このまま南下すると木が生えていない広場みたいな場所があったのは覚えているか?そこで落ち合おう」
「分かったわ、二人とも気をつけて」
そう言うと、ジョアンさんは気配も音もなく去っていく。先ほどは私に合わせてくれていたのだろう。あっという間に彼女の姿が見えなくなった。
「俺らはこのまま南下して、広場を目指そう。そこでジョアンたちと合流だ」
私は返事をせず、首を縦に振ると二人で移動を開始したのであった。
私とレムドさんは話す事なく静かに森を南下する。話すとすれば、時々私が探知魔法を使用して、敵の位置を確認するくらいだった。
目的地まで大凡もう少しだろう、そうレムドさんに声をかけられた私は、念の為再度探知魔法を掛け直すと……ゴブリンライダーがこちらへ向かって走っていることに気づく。それも速いスピードで。
はっと後ろを向くと、視線の先にはゴブリンライダー3体がこちらに猛スピードで向かっている。彼らは完全に私たちを標的にしているらしく、最短距離で森を走り抜けている。
私は慌てて、レムドさんに声をかけた。
「レムドさん!ゴブリンライダーたちが猛スピードでこちらに向かってきています」
「なんだと!……ちっ、ジョアンは間に合わなかったか。こうなったら俺がどうにかするしかないな」
時間が無いことに気づいたのか、彼は私の右斜め前に立ち剣を構える。両側には木が生い茂っているため、これならゴブリンライダーも前方面からしか攻撃できないだろう。レムドさんもそう考えてこの立ち位置を選んだようだ。
そして私もすぐさま攻撃魔法で相手を倒そうと試みたが、ゴブリンライダーのスピードが速すぎるため、狙いが定まらない。その上、すでに彼らはレムドさんの目の前に到達してしまった。私が攻撃魔法を使用したら、多分周囲の木々やレムドさんも巻き込んでしまうだろう。ゴブリンライダーだけを狙うなどと言う、繊細な魔力操作は今の私には無理だ。
昔から防御結界と治癒魔法は重視して訓練してきたが、攻撃魔法は訓練していなかった。必要がないと思っていたからだ。本当は冒険者登録をした時点で、気づくべきだったのだ。防御結界だけでは敵を倒せないことに。
最初は交代で攻撃していたゴブリンライダーも、レムドさんがある程度凌げてしまうことに気づいたのだろう。3体が横並びになり、同時に飛び上がる。そしてレムドさんに攻撃を仕掛け――。
『防御結界』
彼らがレムドさんに体当たりを仕掛けた瞬間、私は呪文を利用し、彼の周囲に防御結界を張る。今は自分ができることをやるべきであり、得意な結界魔法で彼を守ることができる。
「シアさん、助かった!流石に3体同時は無理だ」
「こちらこそすみません……探知魔法もっと早くかけていれば気づけました……」
いや、むしろ探知魔法をずっと展開していれば良かったのだ。私だったらそれも可能だったはずなのに、しなかったのは私の怠慢である。
……それ以上に冒険者という職業を甘くみていたのだろう。
私は愛し子だ。精霊も力を貸してくれるし、母の言う通り魔力量を増やし、魔石に魔力を込めて魔力操作だって真面目にやってきた。そしてこの街に来て店を持ち、生活できるくらいはそこそこ売り上げを見込めている。
自分一人の力ではないことは理解しているが、私はいつの間にか驕っていたのだ。何があってもこの力があれば大丈夫だろう、と。
しかし今やこの体たらく。力があっても使いこなせていない、それでは意味がないのに。
今回二人に張った防御結界は、内部から物理で攻撃を仕掛けようとしても結界に阻まれて敵にも攻撃できない仕様だ。レムドさんにも事前に話していたので、彼も剣を構えてはいるが攻撃はしていない。
内部からでも攻撃できる方法は、魔法に限られる。結界も魔法も魔力からできているからか、結界を破ることなく使えるのだが……それでも私は苦戦していた。
現在は3体ともレムドさんを攻撃しているので、私が土魔法を使ってゴブリンライダーを捕縛しようと試みている。だが、何度も言うがとにかく速いのだ。土魔法は相手が地面を踏んでいる時に一番効力を発揮する魔法だ。
何度も足を土で拘束しようと魔法を発動させるが、地面を踏み締める時間が短いため、魔法が発動するより前に地面から足を離してしまうのだ。
そしてゴブリンライダーも脅威に感じているのはレムドさんらしく、私の当たらない魔法など怖くないと言わんばかりに執拗に彼ばかりを狙って動き続けている。
それを見た私は、魔力操作関係なく風魔法で攻撃することも頭に過ぎったが、どうしてもレムドさんを巻き込んでしまう上に、彼にいまかけている防御結界が私の風魔法に耐えうるのかも分からない。だからこの手は怖くて使えなかった。
防御結界は強固なものであっても、いつか破られてしまう。破られたら再度構築し直せば良いかもしれないが……だが状況が好転することはない。むしろ悪化の一途を辿っていくだろう。
その後も土魔法での拘束を何度か試みる。一度だけワーウルフの足を捉えたが、ワーウルフの足が地面から離れてしまったところを拘束したからか、軽々と抜けられてしまう。
こうなったらレムドさんの防御魔法を張り直し、風の攻撃魔法で倒すしか……と考えた私が声を張り上げようとしたその時。
「ガッ!」
と1体のゴブリンが額に矢を受けて、ワーウルフの背からずり落ちていく。倒れたゴブリンを乗せていたワーウルフも同様に額に矢を受けて地面に身体を打ち付ける。即死だったようだ。
いきなりの事に唖然としたのか、仲間がやられた事が信じられなかったのか……残りのゴブリンライダーたちは足を止めて死んだ仲間をぼうっと見ているようだった。
私ですらも何が起こったのか分からず、目を見開いていのだ。
すると足を止めたのと同時に、ゴブリンライダーたちの身体が拘束されていく。それは私が使おうとしていた土属性の拘束魔法だった。
それと同時にレムドさんは剣を振り上げ、ゴブリンライダーたちを真っ二つに切り裂いたのだった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ここからは冒険者ターンに入ります。




