6、魔石屋開店
「ありがとうございました」
翌日、店舗販売初日。以前ギルドで販売していた経験も手伝って、店舗でもスムーズに販売することができた。
ギルドで一週間程販売して予想していたことだったが、一番店に訪れるのは冒険者の皆さんだ。次に多いのは料理屋を営んでいる方。やはり魔石の使用頻度が違うのだろう。
お客の多い時間帯は限られる。冒険者は、依頼を受ける前に寄るか依頼後に寄る方が多いので、早朝と夕方前の来客が一番多い。実は料理屋を営んでいる方が来るのもそれくらいの時間だ。
もう少し店舗を開いてみないと分からないが、もしかしたら昼間あたりは店を閉じて、依頼を受けても良いのかもしれない。銅級になるには採取の依頼や討伐依頼を指定した回数受けていなければならない。採取依頼は流石に回数が多く、週一だと半年以上掛かることになる。そのため、可能であれば休憩を取って依頼に向かえれば良いのだが。
冒険者のお客さんを見送れば、既に日が落ちかけている。そろそろ夕食の時間なのか、大通りは慌ただしく道を歩いていく人ばかりだ。そろそろ店舗もお終いにしても良いかもしれない。
本日購入してくれたお客さんの中には、ギルドで販売していた時に購入せず、店の案内の紙を渡すのみに留まっていた人も何人か来てくれていた。なんとなく見たことのある顔が多かったのも、ギルドで購入してくれた人なのだろう。その人たちはしきりに「魔石が使いやすい!」と褒めてくれたので、私も頬を赤くしてお礼を伝えたものだった。
ひとつだけ心残りがあるとすれば、ライさんに会えなかったことだろう。彼にまだお礼をしていなかったので、もし魔石を購入するのなら金銭を取らず渡そう、と思っていた。そして個人的に、彼が来た時のために昨日のジンジャークッキーを渡そうと包んでおいたのだ。
精霊さんも初めて作ったジンジャークッキーが気に入ったのか、楽しく食べていたようだった。いつの間にか彼らに渡していたものが全てなくなっており、彼らの食欲に私も驚いたものだった。私も食べたのだが、少しほろ苦いのが癖になる味だ。
クッキーは足が早いので、劣化が遅くなるよう魔法をかけておいたが、もって明日までだろう。彼の暮らしている場所が分かれば、訪問して置いてくるのだが……流石にそこまでは聞いていない。
ドアに掛けられている札を「閉店」に変え、入り口に置いてあった立て看板を入れようと折りたたんだその時。
「あ、来るのが遅かったかな」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには今丁度考えていたライさんがいる。タイミングが良くて、思わず視線を背けてしまった。まさか本人が現れるとは思わなかったからだ。
「シアさん、顔が赤いよ。大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。少々驚いただけですから。今日はもしかしてお店に来ていただけたのですか?」
貴方のことを考えていたからとは言えず、慌てて話を逸らす私。幸いなことにライさんもそこまで気にしていなかったのか、返事をしてくれた。
「うん。魔石を購入しようかと思ってね。だけど、閉店ならまた明日改めるよ」
「いえいえ、お客さまが途切れたので閉店にしようかと考えていただけなので、問題ありませんわ。どうぞ、お入りください」
そう言って私はライさんをお店に迎えたのだった。
私が「ゆっくりご覧下さい」と話したからか、ライさんは魔石を手にとってじっくりと見ているようだった。よく手に取っているのは水の魔石と風の魔石だ。ライさんも他の冒険者と違わず、防御と治癒魔法用の魔石を必要としているのかもしれない。
私はカウンターの上に、紅茶とかろうじて残っていたクッキーを出しておき、私はロッキングチェアにのんびり座り、彼の様子を見ていた。
以前の私であれば、信頼できる人間が誰なのかを判断する材料として精霊と仲が良いかどうかを基準にしていた。精霊の加護が無かったとしても、善き性格の人間の周囲には精霊が集まってくるのだ。王国では共和国の数十倍以上もの精霊が存在している。だからできた芸当だったのだ。
現在も、精霊の存在は判断材料のひとつにはなるが、精霊が少ないため判断がつかないこともある。そんな時は周囲の人間の評価を参考にしていた。特にリネットさんと会った時はそうだ。善き行いをしている人には信頼が寄せられる。彼女と関わることで、信頼できる人だということは十分理解しているが、やはりどうしても他人からの評価も判断材料のひとつにしてしまうのは、昔からの癖だろう。
だが、彼の場合はどうだろうか。判断基準関係なく、私は彼を受け入れている気がするのは、考えすぎだろうか。
そんなことを考えてぼうっとライさんの顔を見ていれば、丁度こちらに振り向いた彼と目が合った……どこか懐かしいと思うのは、気のせいだろう。だって、彼とは会ったことが無いのだから。
「シアさん、この水の魔石と風の魔石を購入するね」
そう言われて、私は彼に意識を向けた。
「ありがとうございます。……ですが、以前何度もお世話になりましたし、こちらの魔石は差し上げますね」
「え!?それは良くないよ!それに以前助けたのは偶然だし、危険があれば助けるのは当たり前だよ」
「ですが……お世話になってばかりですので、私もお礼をさせていただきたいのですわ」
尚も食い下がれば、彼はうーんと首を傾げていたが、「それならば」とひとつ提案をしてくれた。
「なら、ひとつは貰ってひとつは購入する事にするよ。これでどうかな?」
と言われたので、頷いておく。それが妥当な線だろう。
「ちなみに、魔法陣は如何致しますか?」
「そうだね……水の魔石は治癒に特化して欲しいかな。風の魔石は……防御結界の魔法陣でお願いできる?」
「ええ、できますよ。防御結界は全方向のものと前面のものがありますが、どうしましょうか」
「じゃあ、全方向の魔法陣にしようかな」
「分かりました。少々お待ちくださいね」
そう言ってから、私は小さな杖を取り出して魔法陣を描いていく。この杖だけはいつも身につけていたので、追い出された時にも持ち出せたのだ。魔法陣を教えてくれたおじ様が下さったのだが、「お古だから持っていると良い」と言って私はずっと身につけていたのだ。何かある場合に備えて。
魔法陣の訓練はおじ様がいなくなってからも続けていたので、今ではスラスラと描くことができる。それが私の自慢だ。
描き終わると魔法陣は魔石に吸収され、魔石の表面に魔法陣が浮かび上がる。これで冒険者用の魔石は完成だ。息をひとつ吐き顔を上げると、ライさんが私の手元を覗き込んでいた。
「……綺麗だ」
そう呟かれて私は目を見開いたが、ライさんの視線は手元の魔石に固定されているので、きっと魔法陣のことだろう……今のように魔法陣を描けるようになったのは、私の努力の結果である。努力を認められて嬉しくない人はいないと思う。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、私も嬉しいです」
「あ、今の口に出して……?」
「ええ。魔法陣を描く練習には多くの時間を費やしましたから……あの時の努力が無駄では無かったと実感できます」
「……そう思ってもらって、良かったよ」
少し歯切れの悪い返事だったので不思議に思うが、ライさんがこちらを笑顔で見ていたので先ほどの違和感は気のせいだろう。そう結論づけた私は、魔石ふたつを彼に手渡した。
「こちら、お受け取りください。ちなみにもし宜しければ教えていただきたいのですが、魔石は2つとも武器に付けるのですか?」
確か2つ以上になると、武器をオーダーメイドにしなくてはならず値段が跳ね上がると言っていた。金級冒険者だと、オーダーメイドが作れるくらい稼いでいるのかと疑問に思ったのだ。
だが、そうでは無かったらしい。
「ああ、風の魔石は武器に付ける用途で買っているけど、水の魔石は違うかな。治癒魔法は僕の場合大体戦闘後に使用するから……首にかけて持ち歩いているよ」
「確かに、首飾りでしたら服の中に入れておけば邪魔になりませんものね」
そうか、その手があったか、と思った。なんでも武器につければ良いってものではない。今日の冒険者の中にも、ライさんのように複数個買っていく人がいたが、彼のように何かしら対策しているのだろう。
その後ひとつ分の銀貨5枚を受け取った私は「ありがとうございます」と言って踵を返す。売上の入った金庫を奥にしまってしまったため、銀貨をそこに入れにいくことと、個包装したジンジャークッキーを持ってくるためだ。鋏を貸してくれたお礼の品である。だが、彼は甘いものが苦手かもしれない。そう判断した私は、先に机にあるジンジャークッキーを味見してもらう事にした。
カウンターに戻ると、私はライさんの手にひとつクッキーを置く。
「こちらを良ければお召し上がりになってください」
「これは……?」
「ジンジャークッキーですわ」
目を見開いてこちらを見ているライさん。もしかしたらお菓子は苦手だったのだろうか。
「……あの……もしかして……お菓子は苦手でした?」
心配してそう話せば、ライさんは首を横に振る。
「ああ、ごめん。勘違いさせる態度をとってしまったね。甘いものもジンジャーも好きだから大丈夫だと思う」
そう言うと、ライさんはクッキーに齧り付いた。彼の話の通り、ジンジャーやお菓子は嫌いではないのだろう。
「このジンジャークッキー、とても美味しいね。ジンジャーの味がくどくなくて、食べやすいと思う」
「本当ですか?ありがとうございます」
そう答えれば、ライさんは驚いたようにこちらを見る。
「やっぱり、シアさんが作ったクッキーだったのか」
「ええ。ライさんのお口に合うかどうかが、心配でしたけど……」
「ううん、美味しかったよ。ありがとう」
「良ければ、こちらを貰っていただけませんか?以前お借りした鋏のお礼です」
「そんな、良いのに……美味しかったから、遠慮なく貰うね」
「はい。どうぞ」
その後嬉しそうに去っていく彼の背を見つめていると、私の心の中も温かくなった気がした。
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