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私と師匠  作者: 水守 和
第2話 蔑みの水刃
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恋の二重査察

「プラリアさん……今日は何をするんでしょうか? 一日付き合いなさい~とは昨日言われたままですけど……」


 昨日の模擬戦闘にて、フィッテの右側を歩く金の長髪をふわふわと躍らせながら微笑む少女から聞かされた願いだ。

 昨晩にそれとなく問いはしたが、はぐらかされたような感じがしたので改めて質問してみる。

 今二人で港町を昼前の道を散歩しているのも、彼女のお願いなのだが。


「何って……デートだけど?」


 さも当然のように答えた彼女からは、相変わらず笑顔がこぼれていた。

 その不気味、といえば失礼に当たるが普段はそれほど笑いという表情を見せそうにない彼女が、良い事があるような印象を振り撒くのだから多少の違和感は覚えるフィッテである。

 

「で、で、デート……!? わ、私と?」

「え……嫌、だった?」


 戸惑いを抱くフィッテとは違って、プラリアは泣きそうな顔に変化していた。

 そのまま否定の言葉を吐こうものなら、その場で泣き崩れていそうなぐらいに弱々しい。

 お互いの想ってる人が違う故に、恋人同士でする行動を取るとは思えないのだが、今ここで声掛けをしなければ涙を流しそうだ。


「え、と、嫌じゃないですよ! その、どうして私なのかなと疑問に思いまして……」


 嫌悪からくる言葉でないのが分かると、再び眩しさ満載の笑顔が振り撒かれる。

 とてもではないが、今の状態では直視すると照れ隠しが誤魔化せない程赤面しそうなので、やや俯かせて話を聞く。


「れ、練習よ。もし私の告白が上手く行った時、私達は一緒に行動しているとは限らないじゃない? だから、お願いをここで使っておこうかなって」

「セレナちゃんは……」

「デートどころではない気がするわね」


 それもそうか、と内心で納得する。

 彼女の告白が無事成功するかはさておき、セレナとではどこで昼食を取るかとか、お互いの好みが分かれそうな場面で揉めそうな予感はしそうだ。

 

「さて、まずはここね」


 歩きながら指を差した先は、屋台だ。

 周囲も似たような外見の店があることから、その中の一つを選ぶのだろう。


「色々ありますね。屋台通りとかでしょうか……」

「そうね。ここはいつもやってる訳ではないけど、品揃えが変わる装飾屋や、一日置きで店を構える屋台とかね。そして私が行くのはあの行列の店」


 指が移動し、行き先が行列が出来ている所で止まった。

 数メートル先の店は何かを焼くような音が聞こえてくることから、飲食関係だろうか。

 並ぶ人々は子連れの両親や、同い年の男女からして武器屋などではないはずだ。

 その証拠に、店から出てくる若い二人組みの女性が茶色の紙包みから中身を取り出し幸せそうにほお張る姿が映る。


「おいしそうに食べますね、あの人達……」

「ふふ、じきに分かるわ。そうなるもの」


 嬉しそうな顔とは別に、手がフィッテの右手へと近付いたり離れたりとどこか落ち着かないのに気付く。

 意地悪っぽく提案するのもありだが、仕返しされる可能性を考えるとちょっと怖いのでやめておいた。


「あ、あの、手、繋いでいいでしょうか……?」

「い、いいわよ」


 本当はそうしたかった、とは間違っても言えない彼女だが口にすることはない。

 セレナ以外の女性とこうして手を握るのはやはり緊張するものだ。

 柔らかく、すべすべした指からはひんやりと体温が感じられる。


(意外と……冷たい)


「ん、どうかした?」

「い、いえ!」

「そう、ならいいけど。まあ、気長に待ちましょ?」

「はいっ!」






 彼女達が屋台の列に並ぶ中、人の波から避けるようにこそこそと建物の端から様子を伺う二つの人影から声が聞こえる。


「ぐぬぬ、プラリアめ、あそこまでイチャイチャするとは……」

「あはは……以外だよね。でも、何でフィッテちゃんなんだろね。考えがあってのことだろうけど」

「ふん、考えがあろうとなかろうと、私的に納得いかない場面まで進んだら強引に止めるまでよ!」


 誇らしげにあまり成長が感じられない胸を張ると、鼻で笑う。

 横で彼女にくっつく緑縁の眼鏡を掛けた少年は、あまり見ないことにした。

 ……足蹴りとかされそうだからだ。

 

「僕が気になってるのは、セレナちゃん、どうして僕まで尾行してるんだろうってことだけど……」

「え、こうした方がいざって時囮で逃げたり、言い訳に出来るからだけど?」

「うぅ、ひどいよ……僕ってこういう役割が少なからずあるような気がするよ」

「ああもう。無事終わったら、あの並んでる店のなんとかバーガー? だっけ、奢るから耐えなさい」


 うっとおしさ半分で話を聞いてるのか、彼に視線は送っておらず彼女達のやりとりを見逃さないように目を光らせていた。

 彼は扱いの雑さよりも、食事の一つを頂けることで気が変わっている。


「あ、ありがとうセレナちゃん。思ったより良い人だね」

「む、思ったよりとはひどいなぁ。私も食べてみたいのは確かなんだけど……あぁ、フィッテの幸せそうに食べる姿、最高……後で誘って一緒に食べたいな」

「更に食べると、太……ううん、人の事言えないや」


 彼の言葉など届いていないようで、人混みから離れた背もたれがない腰掛けに座った二人の内、フィッテが物を口に運ぶ様子しか目に入っていない。

 隣でも同様に美味しそうに食べてる少女が居るにも関わらずだ。

 あの二人は端から見たら、お似合いのカップルではないのだろうかと、セレナの心にちり、と焦るような炎が生まれる。

 実際、彼女の見てる限りでは待つ間の手繋ぎや、今同じ物を仲良く食べる姿をばかにするように笑う者は居ただろうか?

 

「ねぇ、ソシエ。今、あなたって好きな人いる?」

「……唐突すぎて驚きすら通り越すよ、セレナちゃんの発言には。一応、僕にもそういう人はいるようないないようなって感じかな」


 やっぱり、と内心で呟いた彼女は、珍しくフィッテから目を離し一緒に動向を監視している少年へと視線を移した。


「首を突っ込むのは私の柄じゃない気がするけど……プラリアのことは好き?」

「ぅ……ズバリ言うんだね。好きだけど、好きの中身が友情、だと思う」

「んー、じゃあ私は?」

「え、と、セレナちゃんは友達としてかな」


 正直に断言されると腹が立つものだが、今怒っても仕方がないので、セレナはぐっと、握った拳を解く。


「ちょっとムカつくけど、まあいいか。もし、もしよ? プラリアに好きです、付き合ってください! って言われたらどうするつもり?」

「流石に……考えてないや、僕に告白してくれることは有り得ないって思ってるから。でも、一緒に行動してきた仲だけど言われたら嬉しいよね」


 ふむ、と一つ頷いてから、再び可愛らしい幼馴染へと視線を……変更したが姿はどこにもなかった。


「ごめん、ソシエ。付いて来て。二人を見失っちゃった」







 フィッテ達はセレナが気がつかない内に、違う場所へ移動していた。

 屋台が集合している地帯から、家の一階に商品を陳列している店の中に入っている。


「おじさん、頼んでたものある?」

「おぉ、プラリアや、あるぞ。ちょっと待っとれ」


 ぐるり、と一周すると、棚には怪しげなビン詰めにされてる赤い塊や、色違いの塊などが置かれており怪しさでは他の追随を許さないほどだ。

 外観は至って普通の民家で、内部に入ると雰囲気が変わったのに驚いているフィッテだが、プラリアに連れられた理由も気になる。

 店主と思われる人物はカウンターとは反対の、奥の暗がりへと引っ込んでしまう。

 いくらデート、という名目であるとはいえ、ここは相応しくないのでないかと疑問が生まれ出る。


「ぷ、プラリアさん、この場所はデート予定なんですか……? ちょっと怖い、というか……」

「ん、ごめんごめん。ここはフィッテの為でもあるのよ。デートでは来たくないわね……」

「失礼な小娘じゃな。せっかく出来上がってるというのに、ほれ」


 奥の暗闇からやってきた、背が低く白い頭髪の薄目の老人がカウンターへと二つの本を置いた。

 特殊な装飾はしておらず、赤一緒に染まっている。


「ワシ監督の作品じゃ。誰に書かせたかは教えられんが、持っていくがよい」

「仕事が速くて助かるわ。ほら、フィッテ」


 手渡された本二冊は重くはなくページ数もそれほどあるように見えず、二冊併せても振り回せるぐらいに軽い。


「あ、あの、おじさん、ありがとうございます……!」

「なーに、お礼ならあそこのプラリアに言うといい。たっぷり礼はさせてもらったからのう」

「勘違いさせるような発言は、エロオヤジって名前が定着するわよ」

「残念じゃが、エロには興味ないわい」


 プラリアは老人の小腹を軽く突きながらも、笑って見せた。

 老人側もスキンシップなのか怒る様子はなく、ニカっと所々欠けた歯で笑う。

 二人の関係も気になるが、この二冊の本だ。

 フィッテ自身は元々一冊で良かったのに、二つ用意してもらったのには理由があるはずである。

 今は聞くよりも、彼女達の仲良さそうな場面を眺めることにした。


 デートが終わったら、中身を確認して来る時に備えようと思ったフィッテであった。

 何せ、今日はまだ彼女との付き合いが待っているから。



 



「ソシエ、見つかった?」

「ううん、どこにも。というか僕のせいでもあるよね……プラリアちゃんの方見てれば良かったのに、セレナちゃんの話を集中して聞いてたから……」


 町中を探そうか、と結論に至る前に二人は屋台周辺の人物をしらみつぶしに調べていた。

 が、収穫は得られず屋台の店員に聞いても特に情報はない。

 セレナ達は休憩を兼ねて石の腰掛けに座ることにした。


「私の話に耳を傾けてくれるのは嬉しいけど、肝心の対象を見失っちゃあねえ……過ぎたこと悔やんでもしょうがないし……もうちょい探す前に、なんたらバーガー食べる?」

「い、いいの!? た、確かにお腹空いてる、けど……奢ってもらえるけど……」

「何気にしてるのよ、ソシエの癖に。買って来るけど、そこで待ってて」

「あ……行っちゃった」


 彼が制止をするかどうかの前に、セレナは薄桃の髪を揺らして去っていく。


「ソシエの癖に。はプラリアちゃんの口癖、みたいなものだけどね。どこか似てるような……」


 二人が聞いていたら、非難の声を浴びていたかもしれない。

 幸運にも呟きは誰の耳にも届くことはない。

 周りの人々は相変わらず、恋人やら家族連れやらで賑わっている。

 活気があるのはいいことだが、ありすぎると居辛さを感じる。

 自分の肉腹を触れてみて、ソシエは空しくため息を吐いた。


「こらこら、人がせっかく買ってきたのになーにため息ついてるんだか。はい、なんたらバーガー」

 

 彼が見上げると、愛想笑いとは思えない可愛らしい少女が微笑みを浮かべて茶色い包みを差し出していた。


「ご、ごめん、ありがとう」

「ふむふむ。なんたらバーガーは肉とよく分からない魚をパンで挟んだ食べ物なのね」

「そうだよ。僕はコレが好きでディーシー来たら、毎回食べる程なんだ」

「へぇ~……だからその肉が減ら」

「た、食べようか! お、おいしいよ!」


 耳が痛い発言を予想したのか、ソシエは言い終えるや否や、一気に四割程口の中で噛み締める。

 中身はドロっとした液体も少量入っており、彼が勢い良く頂くことで口周りが見事に茶色に汚れた。


「全く、落ち着きがないんだから。動かないで」


 セレナはピンク色で染まった四角い布を彼の口元に当て、拭いてあげる。


「取れたよ。今度はゆっくり食べてね」

「ごめんごめん……って、プラリアちゃん?」


 彼の向いた方向、後方には何やらお怒りのプラリアと、赤い本を手に抱えたフィッテが居た。

 その表情は、少し悲しそうで、困ったような顔だった。

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