復炎
ガンセが来てから数分後、彼が招集したと思われる仲間が中央通りに集合し、手下とルガラを縄による物理的捕縛および武器の回収をして周囲を取り囲んだ。
何があっても決して逃さないように。
あちこちで戦っていた手下達も既に死亡か、投降し争いの気配は消え去ったと言える。
その間にもガンセは一瞬たりともルガラから視線を外さなかった。
「さて、ルガラよ。手下達も無力化したことだし本題に移ろう」
フィッテがガンセの表情に怯えながら、セレナの後方に隠れるがガンセは感情を変えることなく親玉を睨み付けた。
一睨みしただけで、弱者の心臓を停止させるほどの恐ろしさがありそうだがルガラには何の効力も発揮しない。
あまりの恐さにフィッテは無意識の内にセレナの手を掴む。
そんなセレナの頬の照れ具合にフィッテは気付くことなく話は進んでいく。
「これは怖そうなオジサンだね。ボクに聞きたい事があるんでしょ?」
「ああ。お前達の襲撃の理由が聞きたいところだ。話したら楽にしてやる」
背中から映る刃は今までで一番の恐怖を植え付ける。
あらゆる手段で防御しようとも、絶対に両断し命を奪い去る鋭利さが感じ取れた。
この人だけは敵に回すのは避けたい、と思ったフィッテ達であった。
「この町の憎い奴を殺す為に、ここにも襲撃をしたのさ。復讐とはいえ元は孤児の集団でもあるけど……ボク達アルマレストは復讐の集団なんだよ」
「……全員が全員、復讐の事しか考えてないのですか? だからここを襲った、と?」
フィッテの顔は伏し目がちでルガラを直接見ないが、ルガラ側はフィッテの瞳を脳裏に焼き付けている。
「まあ、そんな感じかな。孤児の原因は親がいなくなったり死んだり。はたまた養ってもらってる所や住み込みの居場所を奪われた人だってそうさ。そうした人々が集まって出来たのがアルマレスト。ボクはまだ新参な部類だけどね。能力の高さを買われて団長、という訳の分からないポジションに居るんだけど……大体理解できたかな?」
「ふん、やたらこの手下共がお前を慕うのはそういう理由かよ。同情はしてやらねえけどな」
「そうだよ、お兄ちゃん」
グラーノは腕組みしながら、縛られて正座している手下達を顎で指したがルガラの呼び方が不快なのか指の関節を慣らし始める。
「てめぇ……呼び方には気をつけろと」
「正直グラーノさんがお兄ちゃん、って呼ばれてもどうでもいいです。ルガラ、それでこの町ブレストに居る誰を殺そうとしたの? あなた達がその人に復讐をしたい、というのは分かったけど」
グラーノを手で制したセレナだった。
これ以上話をややこしくしないために先手を打ったのだろう。
「君達は創造魔法が魔力で使用出来るのは勿論だけど、その魔力はどこで補充されると思う?」
「日付が変更したら自動で体内に魔力が宿る、じゃないのか?」
「グラーノさんの答えで正解でしょ。まどろっこしいことして時間稼ぎか何か考えてるなら……」
セレナはフィッテの手を離した後に手を突き出し、創造魔法の詠唱に移ろうとするがルガラが落ち着いた口調で止める。
「セレナお姉ちゃん。ボク達は降参したんだよ? まあ信じる信じないは自由だけどさ。さっきの続きだけど魔力補充時、外でも町中でも大差無いのに気付いてね。町の魔力が補充されてから、この町で復讐したい奴を殺そうと思ってたんだよ。グウェイルって言う私欲の為にボク達の住んでる寮を壊した奴だけど、じっくり恐怖を刻みこませてから殺したかったなぁ」
「……創造魔法を復讐の為に使うのね。といっても私もあんたを殺そうとしてるから人の事言えないけど。【スイフトアロー】」
セレナが吐き捨てるように、消えた氷の剣の代わりに銀の矢を創りだしルガラへと突きつけた。
が、ルガラは眼前に凶器が迫っていても微動だにせず顔色を変えることなくセレナを見つめている。
瞳は抗いの為の反抗的な目付きではなく、諦めを悟ったように哀しみが含まれていた。
「抵抗するかと思ったけど、しないんだ」
「まあね。ヴェレとヴェヌもそっちのお姉ちゃんとオジサンに殺されたんだろうし。そっちについてはどうなのかな?」
今度は縛られているルガラから質問が振られる。
レルヴェが口を開こうとするが、ガンセが手を出し替わりに未だに怒りを消さずにシンプルに返す。
「銀色の鎧ヴェレはレルヴェが殺害。赤鎧のヴェヌは俺が殺した。二度と立ち上がる事のないように、な」
その言葉だけで。
お前も似たような末路を辿らせてやる、という威圧が感じ取れる。
また、ガンセと戦ったヴェヌの方は中途半端な死に様ではないことも予想出来た。
身体の部位の区別が付かない程に肉片の塊にしたり、四肢の切断をして五臓六腑関係無しに至る所へと刃を何度も刺したのだろう。
二度と立ち上がらない、というのはそういうことだ。
「うん、ありがとう。これでもう思い残すことはないかなぁ。後は部下だけど……」
ちら、と視線を変更したルガラは部下達を見て溜息をついた。
灰色の衣を装備し、手ぶらで団長を期待の眼差しで何か逆転劇を期待している。
「ボクに期待しても無駄だよ。復讐も諦めるし、君達の処罰を軽くしてもらえるようにお願いしてみるよ」
「団長……」
部下の一人が悲しそうに呟いてから、ガンセは質問を締め切るつもりなのか背中の大剣に手を触れた。
数分後にはルガラの首は分断されていることになる事を予想したフィッテは一歩、前に踏み出した。
「何だ」
「い、いえ、そのですね……処刑の役目、私に譲らせてもらえませんか?」
「どういう風の吹き回しかは知らんが、いいだろう」
ガンセは未だ怒りを収めぬまま、フィッテをルガラへと向かわせる。
「ん? ボクに対して敵討ち、なのかな?」
「はい、元はと言えば私の両親はあなたの仲間に殺されたんです……。親玉を討ち取っても文句は言われないと思います」
「ふむふむ。まぁいいんじゃない? どうせボクは死ぬんだし、殺され方も大差ないよね」
「分かりました……【スイフトスラスト】」
フィッテはルガラの殺害が認められると、言葉の最後に創造魔法を加えた。
彼女が最初に作った銀色の矢である。
遠距離でなく手に持つということは、自らの手で刺し殺したいのだろうか。
ガンセはともかく、レルヴェを初めとするグラーノ、セレナは驚いた表情で彼女の言動を止められずにいた。
「止めないのかい、セレナ。役目を代わってあげるとか」
「う……私がもし同じ立場だったら感情に身を任せてるかもです。そもそも私はこいつらを許す気は更々無いですね」
「少なくとも、フィッテはやる気のようだな」
銀の矢を掲げたフィッテをセレナ達は止めはしないが、手下達の声を聞いて彼女の身体はびく、と反応する。
「お、おいあんた。頼む……団長は俺達の希望なんだ、生かしちゃあくれないか?」
「その言葉を言えずに死んでいった人が居るんです……。あなた達の要求を飲むわけにはいきません」
哀愁漂う表情で手下達を一瞥した後、迷う事無く銀色の矢を振り下ろした。
ルガラは目を閉じることなく、全てを受け入れようと刃が刺さるのを待つ。
しかし、刃が貫通することも血が噴き出ることもない。
銀の矢の柄がぶつけられて、僅かだがルガラはよろける。
「え……?」
きっと誰しもが、ルガラと同じ台詞を呟いただろう。
処刑役を買って出たフィッテの一撃は仕留める為ではなく、殴打するような攻撃だったからだ。
ガンセすら怒りを驚愕、という感情に変え目を大きくした。
「フィッテお姉ちゃん、どういうつもりなのかな?」
「復讐をする為にアルマレストに居た、ルガラさんは私が今殺しました。……今ここに居るのは、この町で役に立とうと頑張るルガラさんです」
全員が呆気に取られる中、ルガラだけは真面目な顔で軽く笑う。
「あはは……何を言ってるのか分からないや。つまりボクを生かしてくれるってことなのかな? 復讐しかボクには無いのに?」
「……そうです。私も両親を殺されてから、あの鎧達に復讐する事を考えてました。でも、ここで色々な人に出会って考えは変わりました。人を殺す為に生きるよりも、ここで皆の役に立とう、って。これが私なりのルガラさんへの結論です。それに……復讐しようにも鎧はもう居ないみたいなので、復讐しようがないですよね」
フィッテは最後には笑っていた。
悲しみが残ってはいるが、純粋な好意な証拠である。
復讐の炎を彼女は消す事は無い、が炎は火になりろうそくのような灯火に変化しているのだろう。
微弱ではあるが静かに眠り続ける小さな火は、いつしか別の炎に生まれ変わっているのかもしれない。
彼女は徐々に苦しみ、憎しみ、悲しみを乗り越えつつあるのは、セレナを初めとする仲間のお陰ではないだろうか。
「はぁ……何というか甘ちゃんだよねフィッテお姉ちゃんは。もしさ、ボクが改心するフリをして創造魔法を放ったらここの人たち全員死んじゃうかもしれないのにさ。こういう風にね【ストーン……】」
「フィッテ!!」
一目散に駆けるセレナは何も持たずにフィッテの元へと向かう。
「なーんてね冗談だよ」
ぺろり、と見えるように舌を出したルガラは意地悪っぽく笑った。
これにはセレナも面食らった様子で急に立ち止まる。
「フィッテよ。こんな奴を生かしておいていいのか? 俺達にとって脅威の対象でしかないのに?」
「……え、と、上手く言えませんが私みたいにルガラさんも変われたらな、って思ってます。……勿論騙されるかもしれませんがその時は私を処刑して下さい。……私は信じてみたいんです、復讐することだけが全てじゃないって」
ガンセの質問にもフィッテは笑顔で応じた。
創造魔法の名前を聞いてセレナより数秒遅れてきたグラーノやレルヴェも、彼女の変わりように先ほどとは違う意味で驚かされる。
「何というか……」
「変わった、って言いたそうじゃないか」
「まあな。てっきりビクビクしながら生きているのかと思ったわ。あんな事も言えるもんだな」
いつしか、フィッテの周りには仲間が居た。
それぞれが笑い、またはルガラを処刑しないことに不満そうな仲間もフィッテの周りに集まって話をしている。
ルガラの仲間では到底有り得ない出来事だ。
毎日が毎日、復讐の為に身を捧げこのような和気藹々とした雰囲気は無かった。
ルガラはいつしかボソリ、と呟く。
こんな楽しそうな仲間も居るんだ、と。
「ガンセさん、ルガラを殺さないのはいいんですけど」
「そっちに関して不満だが、他に何かあるのか」
「フィッテにひどい事をした手下だけは、一発殴ってもいいんでしょうか?」
セレナの顔は笑顔だが、目は笑っておらず拳を強く握っていた。
ルガラは許しても、手下のやった行いだけは自分で裁かないと気が済まないのだろう。
「……死なないようにな。こいつらにはまだ死んでもらっては困るし、使い道は色々あるからな」
ガンセは老けに近付く頬を緩ませて笑顔を作った。
フィッテ達の少女の可愛らしい笑みとは違い、嗜虐性を兼ねた笑顔だ。
手下はお互いが身を寄せ合い震え、己の危機を感じる。
マズイ人に捕まってしまった、と。
「……それで、フィッテお姉ちゃん。ボクをまずどうしたいのかな?」
セレナやガンセのやりとりを見ていたフィッテは、ルガラの言葉にハッとして慌てて振り返った。
「え、と……とりあえず、止血しますねルガラさん。……正直ルガラさんを殺したくないので、特に考えてませんでした。これから、では駄目ですか……?」
「全く、甘いよね。まあ、これだけ騒ぎを起こしておいてごめんじゃ済まされないから、相応の償いを受けてから一緒に考えてよ」
「は、はい……!」
こうして、ルガラ率いるアルマレスト襲撃事件は幕を閉じる。
創造魔法を利用して意のままに人を閉じ込め、絶対に殺せるように世界を創りあげたりした組織はこの日を持って解散した。
今後、幽閉する魔法を使うとしたら依頼の為か誰かの為に使うのだろう。
復讐の炎は一人の少女によって、消されつつあった。
アルマレストがブレストに襲撃を仕掛けた夜の事。
ガンセはルガラが話していた、グウェイルが住んでいると思われる自宅より遥か前に居た。
ブレスト東部の管轄区に存在している住宅の一つで、家の広さは弧道救会に匹敵するほどだ。
また、家を守るかのように鉄の柵で囲われていて外部からの侵入を許さない。
「なるほどな。見栄っ張りの金持ちが好きそうな対策だ」
遥か前に居る、というのは柵が邪魔しているからである。
唯一の両開きのドアは鍵が掛かっていて入る事すら叶わない。
だがここで諦めて帰るような男ではないのが、ガンセだ。
柵の高さはニメートルはあるだろうが、彼は跳躍で柵の一つを掴みそこを軸にして足で蹴りながら進み、先端へと立つと即座に飛び降りた。
多少の音では誰も駆けつけてこないのか、家は灯りが点いたまま穏やかな時を過ごしているのだろう。
誰か来たほうが好都合だったのか、舌打ちをすると扉の前まで駆け抜ける。
扉を強くノックした後に現れたのはガンセと同年代と思われる中年だった。
「誰だ貴様は!?」
「失礼。ブレストの町の管轄区にある、依頼所の所長をやっているガンセ=ラールだ」
その顔は衰えに向かっていて、毛髪は薄く額もしわが入りつつあり腕は細くガンセとは比べ物にならない。
服装は身なりの良さそうなスーツに、勲章が胸の辺りに数個貼ってある。
彼の細顔は、ガンセの名前を聞いた瞬間に強張らせた。
「そ、それで依頼所の所長とやらが何の用だ!?」
「そんなに声を荒らげていいのか? 外で話した方がいいと思うけどな」
「……少し待っていろ」
グウェイルは言うや否や、扉を閉めて数分して戻ってきた。
彼の手元には一メートルも無い短剣の鞘が握りられている。
ガンセは武器を持ってきた事について不満を漏らすことなく話を進める。
どうせ彼にはそんな武器意味などないのだから。
「ここの家には寮があったと聞くがそれは本当か?」
「……そ、それがどうした! つまらん事を聞くために呼び出したのなら……」
「そこの寮にはとある少年が居たと思うんだがな、調べ違いだったか。確か名前は……」
「わ、分かった。私が悪かった! ルガラは私が追い出したんだ! た、確かに怒りに身を任せてしまったと思う。だ、だが、こうでもしないと我が家が破壊されるんじゃないかと思ってやったんだ、許してくれ!」
ドアの近くで話しているので、家内の者には聞き耳を立てられているかもしれない。
ガンセはそんな事はどうでもよく、真実を語る方が大事だった。
「ここの寮はお前がルガラを追い出した後に、名残を残さないように取り壊した。ルガラ自身創造魔法を生み出し、危険と判断したグウェイルはルガラを即座につまみ出した。お前が勝手に創造魔法を恐れたんだ。その結果が今日の襲撃、という訳になる」
「……そうか、今日の騒ぎはそういうことだったのか。それでルガラをどうするつもりだ?」
「取調べをした後に、罪の質、量で罰を決めるつもりだ。そして罰が終わったらこの町に住む予定だ。いつになるかは知らんが、お前が生きてる時までには罰が終わってるといいな」
この町に住む、と耳にした時点で、グウェイルの顔色が悪くなった。
今日の昼頃のように、襲撃をされるのではないかという心配もあるのだろう。
発端は彼が起こした部分もあるが。
「その後で、だが。ルガラには監視役を付ける」
「……も、もしルガラが何かしでかすような事をしたらどうなる。ま、また今日みたいに襲撃でも仕掛けようものならこの町はお終いなんだぞ!」
「今度こそ、首を飛ばす。何があろうとも、だ」
グウェイルは思わず一歩下がる。
ガンセの迫力ある睨みに怯えたからだ。
背中にある大剣も彼の威圧を増大しているのもあった。
「そ、そうか! よ、用は済んだか」
「ああ、家族の団欒を邪魔して悪かった。ではまた『元局長』」
ガンセの去り際の言葉を飲み込み、グウェイルは彼を見送った。
正面の柵を乗り越えて帰っていく。
「奴が今の局長か、私の代では割と穏やかだったが今回はどうかな?」
波乱が起きるのは彼だけではなく、フィッテ達にも起こりうる事態だ。
騒ぎの波は収まり、一つの事件と同時に一日が終わった。




