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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
24/78

発行

 食べ続けていく内に頭の片隅にしまったフィッテのハーベスト丼は残すは半分となった。

 セレナとレルヴェは彼女より量が残っていて、フィッテが一番速かったのに驚きを隠せなかった。


「フィッテ、速いじゃないか。そんなに美味かったんだろうねぇ。これは今度ここで打ち上げ計画をしようかね」

「レルヴェ、それは構わないが予約を入れておいてくれよ。いきなり十人ぐらいで来られたらこっちは色々な意味で泣きたくなるからな」


 後ろに居るマスターはちょくちょく入りつつある客に丼やら料理やらを運び終わり、手が空いたようだ。

 脂汗はこまめに拭いているのか、数える程しかない。

 レルヴェは親指を立て了承のサインを送るとフィッテ達の方へ向く。


「という訳だから、フィッテが依頼を無事終了させる事が出来たら打ち上げをしようじゃないか。費用は気にしないでくれるかい」

「レルヴェさん、気が利きますね。何かあったんですか?」

「ふ、セレナよ。同じ仲間が増えるのはいい事だと思うけどねぇ」


 仲間、不意にいつも組んでいるパーティーメンバーが思い浮かんだ。

 


 失敗しても笑って済ましてくれて、フォロー完璧なリーダーは長を束ねるだけあって強い。

 氷属性の創造魔法を使う女の子は、自分に対してどこか好意を寄せているような気がする。

 傷付く事を恐れず敵に迷わず突撃し、攻撃役でありつつもパーティーの防御も努める万能役は若い女の子なのだが、時折起こすドジは災難や癒しを与えてくれる。

 今日のパーティー構成には入っていないが、明日は声を掛けられるだろう。

 レルヴェや、フィッテとパーティーを組むには十分楽しいが、彼女は彼女で大切にしているものがある。


「……ですね。でもレルヴェさん費用は気にしないと言ってましたが、内心は苦しいんじゃないですか?」

「確かにそうだが……未来の卵を育てるには十分な出費さ。痛くも痒くもないねぇ。それに、だ」

「?」


 セレナは肉を消化しつつも白い米が見えたので、そちらも交えつつレルヴェの言葉を待つ。

 水分も取りつつ、じっくりと丼を攻めていく。


「フィッテから魔法石が来ようが、魔法石に見合う金額で返ってこようが私は気長に待てばいい。セレナやフィッテを育てるには必要経費と考えているけどねぇ」

「……まさか、そこまで考えているとは思いもしませんでした」


 セレナは絵に描いたような驚きの表情を見せ、レルヴェに対してのイメージが少し変わった気がした。

 フィッテは目尻に透明な球を浮かべ、泣く寸前までの状態になっている。


「レ、レルヴェさん……私なんかの為に……そこまでしていただけるなんて……」

「はぁ、フィッテにセレナ。特にフィッテは私からしたら生まれたての赤子同然さ。だから二人は気にする必要はないね」


 言うだけ言って彼女は自分の丼に箸を突っ込む。

 弧道救会に、創造魔法と、世話になっているフィッテであるが、依頼でもお世話になることとなる。

 このままでは当分恩は返せないで溜まっていくばかりだが、最初の段階では仕方のないことだろう。

 初めから完璧に物事をこなせる人間は居ないのだから。


「……? レルヴェさん、セレナちゃん。これって『おまけ』という物ですか?」


 セレナが覗き込むと丼の真ん中に乗っかっている卵が映る。

 白色の楕円の形をして、明かりに反射するかのように艶が出ていた。

 

「そそ、見える前から崩しちゃもったいないからね。食べているうちに見えてきたら中を割ってもいいんだよ」

「中を割ったら黄色い中身が出てくるから、そのまま混ぜてもよし調味料を交えてもよしと万能の食料さ」


 レルヴェは既に卵を半分に割り、とろけた黄色い液体を半分だけ混ぜて残り半分に赤黒い調味料のボトルを傾ける。

 フィッテもレルヴェを真似て、半分だけ調味料を使うことにする。

 小麦色に変化した白米を口に運ぶと、調味料の程良いしょっぱさと卵の甘さが織り成す旨みは他では表現し得ない。

 

「……おいしいです! お肉だけでも食べられるのに……なんといいますか、名前どおり『収獲』を味わっている感じなんでしょうか……」

「はっは! 嬢ちゃんに言ってもらえるなんてな! 嬉しくて冥利に尽きるってやつだな! また今度でいいから来てくれよ!」

「は、はいっ!」


 笑顔で返事をしたフィッテは引き続き丼の相手をする。

 マスターは客の嬉しそうな顔を見て、頬が緩やかにならざるを得なかった。

 料理を出して、反応が無いことや拒否の顔をされるのは悲しい事だが、喜びや満足した表情を見ると次も頑張ろうと元気を貰ったようになる。

 マスターはそんな事を思い出しながら、全員から背を向けて一人頬に涙を流した。







「……おいしかったです、レルヴェさん。お礼ばかりですみませんが、ありがとうございます!」


 丼屋『ハーベスト』を出てから行なった彼女のお辞儀は、一つの美しさを誇り板に付いてきた感じだ。

 ……何せ彼女はこの町ブレストに来てからというものの、お辞儀とお礼の言葉をありとあらゆる場所で言っている気がするからだ。

 何度目かのフィッテの頭を下げる動作に見慣れたレルヴェは片手を左右に振る。


「いいってことさ。その内恩返しをしてもらうことにしようか」

「が、頑張ります……!」


 フィッテは意気込みへの表れなのか、手をぎゅ、っと握り決意を露わにする。

 彼女に見惚れつつもセレナは元来た道を進んでいく。


「さて昼も過ぎてるでしょうし、依頼所に行きましょうか」

「そうだねぇ。向こうは朝ほど混んでないはずだからもう完成していると思うがね」

「楽しみです……私だけの請負証……」


 今日の用事の一つに急遽組み込まれた用事だが、楽しみな事が増えただけで何の問題はない。

 更に依頼所の内部にも関わっていきたい女の子も出来た。

 ワローネ=ティアードという、自分では決して出来ない明るさと可愛らしさの同い年の少女である。

 彼女の着ている依頼所の受付服も魅力の一つだ。

 もう一人の『ナーサ』という女性は、一度見た限りだと冷たい印象を受けた。

 実際話してみてイメージが払拭される場合もあるのだが、見た目どおりという事もある。

 ナーサが気になったフィッテは、先を行くセレナとレルヴェのうち薄桃に染まった髪の少女を選択した。

 

「セレナちゃん」

「どうしたの? 何か心配事?」

「合ってるような合ってないような……。受付にいた『ナーサ』さんの事だけど、ワローネちゃんの隣に居たから気になって聞いてみたの」


 セレナは若干歩幅を調整してレルヴェとフィッテの中間ぐらいを歩いた。


「ナーサ=アノーロ。冷静に仕事をこなし、滅多に見せることがない笑顔はワローネとは違った魅力がある為、密かにファンが出来てるみたい。ワローネが一人で突っ走らないように減速役を果たし、彼女がミスした際のフォローをすることも……だって」


 セレナから手渡された紙に描かれた似顔絵は完成度が高く、本人が見ても納得しそうな出来栄えだ。

 また絵の下にプロフィールも書かれていて、BやWのアルファベットに続いて数字の後に疑問符が表示されていたり、性格が書いてあったりと一枚目を通しただけで彼女の事が分かりそうだ。


「フィッテ、良かったらあげるよ。私も貰ったし……」


 セレナは複雑な顔で、もう一枚同じナーサデータを出す。

 ワローネよりもナーサの方が人気なのではないか、と思うぐらいの情熱ぶりである。

 恐らくは彼女のファンが、こっそり依頼を受けている者に配っているのだろう。


「あ、ありがとう……」


 とりあえず、見るのは後にしようと思いワンピースの胸ポケットにしまい込む。

 歩きながらでも良かったのだが、レルヴェが立ち止まり二人を待っていたからなのと、商業区の一本道に差し掛かったからだ。

 昼食を終えた者達か、今から食事にする人なのか、色々な思いで歩く人で相変わらず混んでいた。

 だが、行きの道に比べれば多少は緩和されている気がした。

 

「せ、セレナちゃん、手、握ってもいい?」

「う、う、うん!」


 セレナは、申し訳なさそうに差し出された手を迷う事無く取る。

 未だに慣れる事が出来ていない彼女は心拍数の上昇と、頬の紅潮をしっかりと周りにアピールしている。

 状況さえ違えば、彼女達は二人で寄り添う仲に見えているだろう。

 だが視界に映る一本道は家族連れやカップル、女性同士は人混みの中はぐれないように手を繋いでいるように見える。

 

 

「それでもいい、少しずつ深めていけばいいの」

「セレナちゃん……?」

「な、なんでもないっ! と、とにかく、離しちゃダメだからね!」

「……うん、分かった!」

 

 口からつい零れてしまった言葉がフィッテに聞こえないか心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。


「よし、お似合いな二人も準備が出来た事だし、この波を突破しようか」


 嬉しそうなレルヴェは更に頬を染める少女と首を傾げる眼鏡少女を率いて、人が作り出した人工の壁へと歩き出した。







 ちょっとした戦いを終えた三人は達成感に満ちた顔をした。

 セレナやレルヴェで例えると、依頼の中でも面倒なものを完了した時の充実に近いだろうか。

 そんなこんなで商業区の一本道を越え、フィッテとセレナは手を離しレルヴェに付いて行く。

 道なりに南に下っていき魔法屋を通り過ぎて少し歩けば、目的地である東口付近の依頼所は目と鼻の先である。

 

 

「ふぅ、着いたねぇ」

「ですね……お昼ご飯を食べるのに人波を通る時はどうなるかと思いました……」

「さすがに明日は別の場所にしたくなりますよー……」

 

 レルヴェはさほど疲れた顔は見せなかったが、セレナとフィッテは昼過ぎに似合わないぐったりとした様子を見せる。

 暑さは感じず、むしろ動くのに丁度いい気温なので暑さからきている訳ではない。

 とりあえず依頼所の両開きのドアを開け、中に入ることにした三人である。

 昼過ぎなのもあってか、受付前には人は居なかった。

 依頼待合所も閑散としており、受付のナーサは暇そうにカウンター前に立って紙を整理している様子だ。

 ワローネはタイミングが悪く、休憩しているのか受付には姿は無かった。

 

「ほら、フィッテ。私達は受付から少し離れた場所で待ってるから、自分だけの依頼請負証をもらってくるといい」

「……は、はい!」


 肩を触るように叩かれて一歩ずつ進んでいくフィッテは、脳内でナーサに簡潔に済まそうと自己紹介を組み込むか用件だけを伝えるか迷った。

 ワローネみたいに少しでも会話をしていれば、話しやすいのだがナーサの見た目からして近寄り難い印象を受ける。

 それに上手く話せるか自信が無いとくれば、どっちを取るか火を見るより明らかだった。


「あ、あの、ナーサさん……」

「はい」


 極めて事務的な返事だ。だがめげずにフィッテは頑張って続ける。


「い、依頼請負証を受け取りに来ました……」

「昼頃受け取りのフィッテさんね。ちょっと待っててくれる?」


 今度は人間さを感じる口調にほっとする。

 どうやら、見た目だけがキツそうなだけで、声を聞く限り冷静さの中に優しさを秘めている。

 彼女は青色の髪を揺らしてカウンター下を覗き込んでいる。

 記入書類や、受け渡し物は全てそちらに保管してあるのか、ワローネも請負申請書を探す時にカウンターを屈んだ気がする。

 

「あったあった、どうぞフィッテさん。内容に間違いはないか、確認だけはしておいてね」


 一つ頷くと手に収まるカードに目を走らせる。

 名前、性別、年齢、生まれた町と今住んでる町、連絡先。創造魔法の有無、使用武器、発行理由。

 申請書で記入した欄のうち、記載されていない項目は何一つなく、間違っている所もない。

 全ての情報が、小さなカードに集約されている。

 そのカードの一番下にフィッテが記入していない文字が入力されていた。


「……ナーサさん、私の情報は合っているんですが、この『請負一士』ってなんですか……?」

「それは難度1を受ける資格がある者に捧げられる称号のようなものね。あなたが難度2を受けられるようになったら『請負二士』になるから、頑張ってみてね」

「なるほど……ありがとうございます」

「どういたしまして。後、依頼の説明は要る?」

「あ、あの、その……」


 近くに控えているセレナの強烈な視線を感じ、フィッテは言葉を詰まらせる。

 丼屋『ハーベスト』で言っていた依頼はセレナが解説する、と言っていた事を思い出す。

 不思議そうな目を送るナーサを断らないと、セレナの強すぎる視線がいつまでも刺さることになる。


「い、いえ、遠慮します……」

「……なんとなく把握したけど、分からない事があったら聞いてね。あ、後これは請負証を作った方全てに受け取れる道具だから、良かったら使ってみて。要らないならお金の足しにでもどうぞ」


 ナーサは優しさを含めた事務的なセリフを後に、フィッテに一つの袋を渡す。

 見た目が灰色の袋はフィッテが持つと、中身が入っていないのか重みを感じない。

 フィッテが袋を開けると、白い布が手に広がった。


「布……ですか……?」

「応急布よ。……致命傷は回復出来ないけど、擦り傷なんかはこの布が全部癒してくれるから駆け出しの初心者さんにおすすめよ」


 ……鎧から逃走中の時、怪我したフィッテに巻いていたのと同じようだ。

 点線が数箇所についており、そこからなら容易にはがせそうである。

 ひとまず、今は使う機会がないので袋に戻すとお礼をする。


「……ありがとうございます、ナーサさん!」

「どういたしまして」


 フィッテは受付から離れる際もナーサは笑顔ではないが、手を振ってくれていた。

 ワローネとは違う雰囲気だが、彼女ともなんとか上手な関係を築けそうだ。


「セレナちゃん、お待たせ」

「じゃあ、請負証を手に入れたことだし早速依頼掲示板にいこっか」


 フィッテは笑顔で彼女に付いていく。

 レルヴェは今回は参加しないことにしているので、沈黙を守りながらゆっくりと掲示板へと向かった。

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