作製
「あの後ガンセに何か言われたのかい?」
依頼所を出て、東口の近くの空いているスペースでレルヴェはどこか嬉しそうに聞く。
「えっと……無理はするな、と何かあったらレルヴェさん達を頼る事。とりあえず、鎧関連で気をつけておけという助言でした」
「私の次はフィッテが標的にしたんですか、あのおじ様は。でも、心配してくれてるのは嬉しい限りですけどね」
「まあ、それだけ大事にしているってことさ。フィッテ、創造魔法の作製するかい?」
「は、はい! ……ところでどこでやるんですか?」
少し得意気な顔をした後、レルヴェは北に向かって歩き出した。
「ここから北に魔法屋がある。その場所で創造魔法を創ろうじゃないか」
扇形の町ブレストの北方には魔法屋がある。
平凡な一軒家に薬瓶の看板が打ち付けてあった。
ラウシェと同様に、素材を売っていたり魔法石を手が届かないほどの高額で売っていたり。
魔法屋の敷地は広めで、ちょっとした建物が建ちそうなほどだ。
魔法屋の裏手には弧道救会がもう一棟建てられるのではないか、というぐらいの緑地が展開されていた。
歩くこと数分、レルヴェを中心にブレストの魔法屋について話をしていたら目的地に到着した。
「広い、ですね……」
「創造魔法を作製する時に失敗や、暴走なんかがケースとして有りえる。その場合の緩衝材を果たすのがここの敷地という訳さ。この草の上で創造魔法を作製して何かあっても守ってくれると覚えてるといいね」
レルヴェは緑の敷地に入り、何やら道具を地面に置いている。
石だったり、小さな棒だったり、いずれも大きな荷物ではない。
「今レルヴェさんが地面にばら撒いたのは『素材』だよ。小さくても素材値が高いから持ち運びには重宝されるの」
「……私にもセレナちゃんや、レルヴェさんの【スイフトアロー】みたいな創造魔法作れるかな」
「無論だが、創造魔法を作製すると成功の有無に関わらず魔力が大量に持っていかれるから、今日中に違う魔法は作れるか怪しいけどねぇ」
創造魔法にも条件があるらしい。
素材が必要だったり、その物に素材値が足りないと作れなかったり失敗すると危険な目に遭うから安全な場所で作製しないといけない点である。
「も、もしですが……故意で町中で創造魔法の作製をして暴走して町中に被害を与えたら……」
「犯罪と見なされ、処刑されるらしいよ」
セレナが見た目とは似つかない低い声で呟き、フィッテは不安そうに目を潤ませる。
「こらこら、怖がらせてどうするのさ。確かに町中や野外とどこでも作れるが、満足した魔法は出来ないね。それに失敗したら素材と魔力を無駄に消費して終了、ってなるから安全な場所でやるに越したことはないさ」
「各町にはこういう創造魔法作製の場所ってあるんですか……? 私の町にも」
「全ての町、村においてあると断言してもいい。というよりもあの緑の敷地がないと、町村は出来ないようになっている。フィッテが気付かないだけで、ラウシェにも適した場所はあるのさ」
それほどまでに、日常魔法が使われ創造魔法を生活に組み込まれているのだろう。
元々創造魔法は日常魔法の派生でもあるが、剣すら持つことが不可能な人が援護、単独行動出来るように開発された理由でもある。
日常魔法と同じく、創造魔法は誰でも扱えるが使いこなせるのは誰でもとは限らない。
また、日常魔法は使用するが創造魔法は取得しなくてもいい、という考えを持つ層も居る為全員が創造魔法を持っているわけではない。
「フィッテはまずどんなのが作りたいの? 攻撃系か補助か防御系統なのか」
すぐにはフィッテは答えなかったので、セレナとレルヴェの視線が集中する。
「れ、レルヴェさん。素材なのですが……」
「なんだい?」
「……対価は貰わなくていいんですか?」
セレナのじーっと粘りつく視線をレルヴェに、レルヴェは一瞬固まった後笑い声を出す。
「な、何がおかしいんですか!」
「いや、すまない……まさかここでそれを言うとは思わなかったのでね」
「フィッテは昨日、レルヴェさんに対価を払っているけど、同じ人に二つ目の対価を要求する事はないの。……だから、その対価を終了させない限りは次に何かあった時には何も要求出来ないの」
言ってなかった申し訳なさからか、レルヴェは後頭部を掻く。
「という訳だから、好きな魔法を作るといいさ。まさかフィッテはそれで悩んでいたのかい?」
「は、はい……頂けるにしろ、レルヴェさんからでしたら対価を払わないと申し訳が無いと思いまして」
「そこらへんは気にしなくていいさ。私からのささやかなプレゼントと思ってほしいね」
レルヴェが拳を握り、親指を垂直に立てた。
フィッテとセレナも同じ敷地内に入る。
「フィッテ、じっくり悩んでいいからね?」
「ううん、セレナちゃん。最初に作るものは決まってるよ」
「は、早いね……初めて創造魔法を創るとき、かなりの時間悩んでいた私は一体……」
「ま、まあまあ……」
がっくりと膝を崩しそうになるセレナを支えつつ、フィッテは草の上に散らばっている素材を見る。
レルヴェが置いたのはいずれも色が黒いものばかりだ。
黒い石に、黒く短い棒、黒光りする短剣に黒色の円形の四つだ。
フィッテはその中でも印象に強い短剣を拾い上げた。
「レルヴェさん、これだけで作れますか?」
「ああ、十分さ。それでいいのならば他のは回収するよ」
こくり、と頷くフィッテを確認してレルヴェは残り三つの素材を懐にしまう。
セレナとレルヴェは緑のラインから外れ、フィッテを見守る。
「フィッテ、作りたい魔法が出来たらそれを強く思い浮かべて素材に手を置くんだ」
言われるがままにフィッテはレルヴェに従う。
少し間をおいて、ぽう、と淡く小さな緑の球体が目を閉じたフィッテの周りに集まるのが見える。
「いいね。次に性能を作るんだ。魔力消費、威力、範囲、速度、詠唱時間、効果時間の六つさ」
「えっ!? そ、その性能はどうやって作るのですか……?」
困った顔をしたフィッテの周りには緑の球体は霧散した。
球体が消えたのは、集中力が欠如したからである。
レルヴェの代わりに、敷地から出て行ったセレナが自分の頭を軽く叩く。
「フィッテ、集中しながら性能を設定してみて。頭の中に自分だけの創造魔法を思い描くの。……魔力消費で言うならどれほど魔力を使わないといけないのか、威力なら相手や物をどれほど傷付けたいのか。範囲は魔法が及ぼす影響力の大きさ。剣を生み出して投げるとかなら『直線』とかでいいよ。速度は槍を作って振るいたい場合とかの速さ。……レルヴェさん、良かったら続きをどうぞ」
「詠唱時間は魔法を発動させるまでの掛かる時間。速過ぎると作製に失敗するし、遅すぎると性能が大したことないのに一つあたりの火力が低いものが出来てしまう。最後の効果時間はその創造魔法がどれだけ保てるかを表している。持って数秒の魔法がほとんどだから長すぎると失敗の元になるのさ。以上の設定が終わったらまた強く念じれば完成だね」
二人による説明にフィッテは頭の中を整理する。
ただ念じて、数秒したら魔法が出来るのではなくて魔法自体の『中身』を設定することによって初めて創造魔法が完成する。
脳内で作る設定は六つで、バランスが大事なのと極端な魔法を作ろうとすると失敗するということ。
失敗=素材が無駄になるので、フィッテとしては失敗は許されない。
「だ、大体何となく分かったかも……」
フィッテは頷くと、もう一度目を閉じる。
その数秒後に地面の草から、緑の球体が浮かび上がった。
二人の外野は何も口出しせずにフィッテを見守る。
こればかりは本人次第であって、部外者は邪魔をしてはいけない。
(まずは魔力消費……このぐらいかな)
フィッテの作りたいものは決まっていた。
全体のイメージ像は完成しているので、問題は中身の性能だ。
彼女達の言葉を思い浮かべながら一つ一つを確実に創っていく。
(威力。……あ、あまり強くしないように、と。範囲はこの魔法なら『直線』なのかな?)
フィッテの周りに浮かぶ緑の球体が少しずつ光が強くなっていくのが分かる。
フィッテの中で性能が固まりつつあるからだ。
(速度……剣を振るうみたいなイメージで考えよう。詠唱時間、セレナちゃんが【スイフトアロー】の掛かった時間を目安に設定すれば失敗はしない筈……)
残るは後一つとなった。
それを設定して、集中力次第で彼女だけの創造魔法が出来上がる。
球体はフィッテの周りに集中し、ぐるぐると回っていた。
(最後の効果時間だけど……何秒ぐらいが丁度いいんだろう。十秒ぐらいでいいかな)
フィッテは最後の設定を終えて、一呼吸する。
全て完成したから、後は自分の集中力のみ。ここまで出来たフィッテなら可能だろう。
(お願い、完成して……! ここで失敗する訳にはいかないの! 私はセレナちゃんとレルヴェさんの役に立ちたい、恩を、返したいの……!)
淡く緑の小さな球体がフィッテの周囲を螺旋状に回ったと思ったら、その場にぴたりと静止した。
この間にもフィッテは集中力を切らす事はない。切らしてはいけない。
再び球体が回ったかと思うと、素材である黒色の短剣に集まり出した。
セレナとレルヴェは祈る。
暴走しないことと、無事に完成することを。
黒の短剣は今や、緑色に染まっている。
球体が集合したことによって、剣は全方位から包まれていた。
フィッテは感触がない球体には気付かずに、黒の短剣を更に握り締める。
何せ初めての事だ、もし失敗したらどうしようと考えていたら鼓動が早打ちしてきた。
やがて緑の球体は一斉に光りだして、辺りを閃光が覆った。
「出来……たの……?」
眩しい光が収まり、手に持った短剣が消えたのを感じるとフィッテは恐る恐るまぶたを開く。
視界には嬉しそうな笑みを浮かべる二人が居る。
つまりは。
「フィッテ、おめでとう作製完了だ」
「……フィッテ! やったね!」
レルヴェは拍手をして、セレナはフィッテに抱きついてきた。
バランスを崩しそうになりながらも、その場に立ち止まりセレナの背に腕を回すフィッテ。
「あ、ありがとう……セレナちゃんや、レルヴェさんのお陰だよ……!」
「ふっ、フィッテの力で創ったんだ。もっと胸を張ってもいいんだがねぇ」
「良かったよ無事に終わって。……フィッテ、さっそく使ってみる?」
抱擁から解放したセレナは片手を突き出す。
彼女なりの詠唱する時の集中する姿勢だ。
「い、いいの? 出してみたい気持ちはあるけど……」
「いいのいいの! レルヴェさんは防御魔法はありますよね?」
「無い訳ではないが、有る訳でもないねぇ」
どちらとも付かない返答をされて困った顔をするセレナだが、彼女の中ではあると判断して話を進めることにする。
「じゃあフィッテ。早速だけど、創造魔法をレルヴェさんに撃ってみて」
「さぁ、フィッテ。遠慮なく来るんだ」
レルヴェも緑の大地に足を踏み入れ、何か武器を持っているかのように拳を握り締める。
剣か槍か斧か。いずれにせよ、セレナの銀の矢を弾いたように同じ事をしてくるだろう。
フィッテは一つ首を縦に振ると両手を組む。
彼女なりの詠唱方である。
フィッテは集中する。数秒後に自分の手に何が握られるかイメージして。
自分の母親も初めて創造魔法を創る時にはこんな気持ちだっただろうか?
(お母さん、お父さん……何だか、約束を破っちゃったみたいでごめんなさい。でも、ここまできたからには立ち止まる訳にはいかないから……!)
顔を思い浮かべならフィッテは創造魔法を発動させた。




