クリスは狸寝入りを覚えた!
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「殿下、そろそろ授業の時間で……おや」
クリス殿下の侍従が呼びにきたが、殿下は俺と遊んで、いや俺で遊んで眠りこけていた。
安定の無茶ぶり「なんか、おもしろいはなししてっ!」に始まり、
「ねぇ、カウレイン。なんで、おそらはあおいの~?」
「ねぇねぇ、なんでカエルはジャンプできるの~」
「ねぇねぇねぇ、ケーキってどうやってつくるの~? ケーキィ」
という無茶ぶりに次ぐ無茶ぶり。
五歳児の相手は大変だ。
「次は授業の時間ですよね。起こすんですか?」
「殿下は、寝起きはかなりグズグズされるのですよ」
侍従は、イスで頭をかっくんかっくんさせて眠りこけているクリス殿下をじぃっと見つめる。
どうしたのだろうか。体調が悪くなる前兆でもあるのだろうか。
侍従は十秒ほどクリス殿下を目を細めて観察していたが、今度は俺の方に顔を向けて意味ありげにウィンクした。
「ダリアお嬢様にはお見せできないほどグズグズされるのです……あ、アガシャ嬢から何か聞かれていませんか? ほら、ダリアお嬢様が授業をどんな風に受けていらっしゃるか」
「ダリアお嬢様は大人しくて真面目な方ですから、教師を困らせず、予習・復習も完璧と聞いています。自信がなくなると少し声が小さくなってしまうくらいかと」
「そうですか……殿下は飽きてしまわれるとペンで遊び始めたり、本を積んだり、立って窓の外のチョウチョを追いかけたりされてしまうのです」
侍従が何をしたいのか読めてきた。
なぜなら、ダリアお嬢様のお名前が出る度に、クリス殿下の体が小さくピクリと反応しているためだ。
これは、狸寝入りだ。授業を受けたくないから寝たフリを殿下はしている。
五歳児、狸寝入りまでするのか。怖い。
「それは……ダリアお嬢様にお伝えしたら驚かれるでしょうね」
「えぇ、殿下はダリアお嬢様の前でそれはそれはカッコいい王子様ですから」
「アガシャからもよく聞きます」
たまにカッコよすぎて美化されすぎて誰だよその五歳児、本当にクリス殿下か? ってなるけれども。
「でも、ダリアお嬢様に嘘はいけませんよね。将来ご結婚されるのですから」
「はい、噓つきは泥棒の始まりといいますから」
「これは残念ですが……ダリアお嬢様にお伝えしないと……」
「あぁ、ダリアお嬢様。なんておいたわしい」
侍従は殿下の狸寝入りに慣れているのか、俺と打ち合わせもしていないのに素晴らしい反応を見せてくれる。もちろん、瞬時に合わせて対応できた俺も素晴らしいと思う。
殿下は告げ口されるとマズいと思ったのか、「はっ!」と叫んで今起きましたというフリをしている。ダリアお嬢様にいい格好をしたいらしい。
「えへへ、ねちゃった~」
頭をポリポリしながら、イスから立ち上がる殿下。
さすがは王族、演技が上手い。
「殿下、お疲れですか? これからメアリー先生の授業ですが……」
「だいじょぶ、うけるうける。ぼく、おべんきょーだいすき」
侍従が殿下を覗き込むと、ぶんぶんと頭を振って頷いている。
「おや、殿下。今日は寝起きでもすっきりされていらっしゃいますね」
「だって、これからおべんきょだから! じぃ、はやくいこう!」
「殿下、張り切るのはいいことですがまずはカルレイン様にバイバイしましょう」
「あ、カウレイン。バイバイ~!」
殿下は手を振りながら、侍従を急かして授業の準備をしに行く。
口止めをしないあたりが五歳児らしい。
俺は手を振り返しながら、侍従と一緒に笑いを頑張って堪えたのだった。




