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再会

 礼人は肩で息をしていた。

 黄泉は生者のいてはいけない空間。生者である礼人はスサノオの力によって守られていたが、そのスサノオの力も減ってきている。要するに、生きづらい状況になってきているということだ。

 ここまで何日経ったのか、暗闇しかない黄泉での時間感覚はさっぱりわからない。いくつの黄泉路、魔泉路を塞いできたかもわからない。

 意識が朦朧とする中、木刀に電装剣を纏わせて立ち上がる。体力はあまり残っていない。

『だからツクヨミの依代と現世に戻ればよいと言ったのに』

 スサノオの小言が響く。小言を言うくらいの力は保っているようだ。というか、スサノオの気遣いか、黄泉路封じの力を使っても、礼人の魂から離れまいとなんせかんせついてきてくれている。

 だが、それも限界が近い。礼人には感覚的にわかる。スサノオの力を随分使ってしまった。黄泉の外で使うのなら、問題はないのだが、ここはスサノオの本体がある黄泉の中だ。依代より本体に力が惹かれるのは仕方のないことだろう。

 それでも礼人はスサノオの力を使い、黄泉路封じに勤しんでいた。妖魔とも戦っていた。現世にいたときはスサノオの力に頼りきっていたのだということを痛感しながら戦っていた。向かってくる相手、現世なら一太刀の下に切り伏せ、浄化できていたのは、スサノオの力があってこそだ。少しでも長く、黄泉で生者でいるために、スサノオの力は使わず戦っていた。それはなかなか手こずる戦いだった。

 だが、黄泉路の中では比較的新しいタイプ技能である記号タイプは妖魔によく効くというのが救いだろう。相性によっては討伐まで行くこともある。そんな妖魔対戦の積み重ねで、礼人自身の能力も高くなってきている。礼人に自覚はないが、スサノオはそう感じ取っていた。

 だが、どうしても、黄泉路封じのときはスサノオの力を使うしかない。黄泉においてスサノオの力を使えば、礼人に憑いたスサノオの力は本体へと戻り、弱まってくる。タイムリミットは迫っていた。

 スサノオが礼人の身を案じて言う。

『そろそろ諦めたらどうだ? 日本中の黄泉路は無数に開いている。それを全て閉じようというのは無謀な話だ。もしかしたらお前は世界中の黄泉路を閉じようとも考えているのではないか? それはあまりにも無謀すぎる。お前はいくら俺の適合者とはいえ、俺の貸せる力にも限りがある』

 と、滔々と説いていると、礼人はわかっている、と荒い息を交えながら答えた。

「それでも、俺は黄泉路を封じる。父さんが俺に託した黄泉路、魔泉路封じの可能性を無駄にはしたくない」

 もちろん、スサノオの言う通り、世界中の黄泉路を閉じることは不可能だろう。だが、手の届く範囲でいい。人間に迫る妖魔の魔の手から救えるのなら、世界で最も黄泉路が開いている日本の黄泉路だけでも封じたい。それが礼人の決意だった。

 父のみならず、母までもが、黄泉路封じのための「歌」を残してくれていた。いや、あの浄歌の三番は黄泉路封じだけではない。魔泉路封じの力を持つ。

 実際、岸和田が開いた瘴気の濃い魔泉路も、礼人の擬似歌唱タイプとスサノオの力で閉じることができた。魔泉路を封じれば、強力な妖魔の出没や妖魔の大量発生などの被害を大幅に減らすことができる。

 そこまで魔に染まった黄泉路はそうそうない。魔泉路はあれ一つきり、礼人がしているのはほとんど黄泉路封じだ。

『全く、聞かぬやつだ』

 スサノオの呆れたような声が聞こえる。だが、礼人の決意は揺らがない。

 全ては父の遺言を果たすため。母の遺志を継ぐため。

 だが、これは礼人自身の決意だった。父の遺言、母の遺志も確かに理由としてある。だが、何より礼人がそうしたいから奔走するのだ。

 妖魔の襲撃が止んだところで、礼人は呼吸を整える。

 父が残した魔泉路の手がかり。それが聖浄学園高等部にある。だから礼人は聖浄学園に入学した。

 最初は父の背中を追いかけていただけだった。文芸部に入り、個性的な面子の中で、それなりに上手く妖魔討伐をこなしてきた。

 そこで気づかされることは多くあった。仲間との絆、思いやり、フォロー。一人で戦っているのではないという実感。それらが礼人の思いを変えた。

 礼人は様々な仲間に出会った。それまではただ妖魔を倒し、魔泉路を封印することだけが目的だった。自分一人で成し遂げればいい。そう思っていた。

 だが、本当に大切なのはそれではないと気づいたのだ。誰かの思いを背負って受け継ぐだけが目的ではなくなった。

 部長のなごみ、影の立役者麻衣、優等生優子、一太刀に乗せる思いが強い結城、ムードメーカー眞鍋、得意分野を極めた咲人、黄泉帰りの纏を持つ代永、そして──

「──切り裂け──」

 礼人が目を見開く。聞こえたのは歌のようだった。だが、着目すべきはその声。聞いたことがある。

「……まみ」

 長谷川まこと。中学時代から、優秀な技能者であるが故に、苦労が絶えなかったという。それでも、妖魔討伐には積極的な彼女。

 その苦しみを、重荷を少しでも肩代わりできたなら、どんなにいいことだろうか。

 そんな思いを胸に、礼人は立ち上がる。

 まことの声が聞こえた。聞いたことのない歌だった。だが、その旋律の清らかさは耳にしただけでわかる。──おそらく、その歌は、まことが自ら作ったものなのだろう。その強い思いが伝わってくる。

 礼人が口角を上げた。

 負けているわけにはいかない。ゆらりと木刀を構え直す。

 だが、その動きは鈍い。妖魔たちは格好の餌食だと、その鋭い爪を向けてくる。

 爪が電装剣とぶつかり、凄まじいスパークを起こす。

「ぐっ」

 礼人は圧され気味だった。足が少しずつではあるが、後方にずれていく。

 そこに新たな妖魔が攻撃をしかけてくる。避けようと木刀から力を抜けば、妖魔の爪にやられる。だが、避けなければ、新たな攻撃に当たってしまう。

 万事休すか、と思ったそのとき。

「攻撃用記号構築、標的を確認。悪鬼を切り裂け、人の造りし刃よ。記号解放」

 懐かしい声がした。二体の妖魔が一刀の下に切り伏せられる。

 次いで、女声が歌う。

「魑魅魍魎が跋扈する跋扈する、赤い月の夜よ、去れよ」

 圧倒的な歌唱能力に、妖魔たちは塵も残さず消えた。その女声は、まことに似ている気もするが、もっと大人っぽい。

 顔を上げると、二人の男女。年は三十代くらいだろうか。男性は面差しが礼人によく似ており、女性は雰囲気がまことに似ている。

 男性の方は見覚えがあった。女性の方は……なんとなく察しがつく。

 礼人は恐る恐る口にした。

「父さん、母さん……」

 すると、二人の表情が和らぐ。女性がくすりと笑った。

「礼人ったら、明人さんにそっくり」

「親子なんだから当たり前だろう」

 そんな明人の指摘はそっちのけで、女性はゆっくり礼人に歩み寄り、その頭を撫でた。

「随分大きくなったわね、礼人」

 顔も覚えないうちに行方不明になった母、真実だった。頭に乗せられた手の優しさに、思わず礼人は涙ぐむ。

 思いもよらない両親との再会。感動せずにはいられなかった。

 しばらく二人に抱きしめられた。真実の広範囲の浄化により、妖魔は寄ってこない。

 ややあって、明人が口を開く。

「あんな身勝手な遺言をちゃんと守ってくれていたんだな」

 礼人は小さく、こくりと頷いた。

「でも、俺が黄泉路を封じるのは、大切な仲間と、守りたい人がいるからだ」

「そうか」

 明人が満足げに頷く。

「それなら、これを持っていくといい」

 明人が差し出したのは、今時珍しいラジカセだった。

「この中には真実さんの浄歌が入っている。俺の技能で、テープ越しでも歌唱の効果があるんだ」

「え、でも」

 明人は微笑む。

「お前には帰るべき場所がある。……帰ってあげなさい」

 父のその言葉の後、少し考え、礼人はこくりと頷いた。



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