73-6 お兄ちゃんは変わった?
『 』
頭の中を空白が埋める。
目の前には一輪の可愛らしい花と愛しのお兄ちゃん。
場所は学校の裏庭、周囲は雑草だらけだけど、所々に春の花が咲いている。
虫はまだあまりいない。
土の匂いと草の匂いが充満している。
「栞?」
呆然としているお兄ちゃんが私の名前を呼んだ。
「…………えっと、今なんて?」
私がお兄ちゃんの言葉を聞き逃す筈は無い。
無いんだけど、あまりにも意味のわからないその言葉に私は自分の耳を、理解力を疑った。
「いや、だから……俺と付き合ってって」
うん、さっきもそう言われた。
付き合う? 何を? 突く? 付く? 就く?
ああ、買い物とかって意味か?
「付き合うって、ど、どこへ?」
「あ、あのな、片膝付いて花差し出して買い物行こうって奴がいるか?」
うん、だよね? だとしたらどういう意味?
「そっか、えっともっと面倒な場所とか?」
宇宙よりも遠い場所とか?
「わかった、はっきり言う! 栞、俺と恋人になってくれ!」
お兄ちゃんは再度わけのわからない言葉を私に発した。
こいびと? 濃い人? 来い人?
えっと……まさか恋人じゃないよね?
あははは、私の脳バグった? いい加減お兄ちゃんへの妄想力控えないとなあ。
でも、万が一、億が一、そうだったらいいなって思った私はお兄ちゃんに聞いてみた。
「えっと……それって、りっしんべんの恋? 恋しく思う相手の恋人? 辞書だと相思相愛の間柄についていうが、片思いの場合にも使うことがあるあの恋人?」
「いやいや何でそんな回りくどい、最初からそう言ってるんだけど」
「えっと……誰と誰が?」
「俺と栞が」
「俺と栞って事は、私とお兄ちゃんがって事?」
「だからさっきからずっとそう言ってるんだけど?」
「えっと……えっと」
「例え断られたとしても、俺は諦めないからな! ずっといい続ける。兄妹なんだから絶対に逃がさねえ」
お兄ちゃんはニヤリという笑いそう言った。
うん、なんか本当によくわからない……いくら考えても理解が追い付かない。
そして私の脳は遂に……処理落ちした。
「……………………、はあ、良い夢を見たなあ」
私はそう口に出しながらゆっくりと目を開けると、目の前にお兄ちゃんの顔が見える。
お日様に照らされ、格好可愛いお兄ちゃんの顔、そんなお兄ちゃんは少し心配そうな顔でこっちを見ている。
えっとこれって明晰夢?
そっかあ、遂に私の妄想もこの域まで来たかあ、凄いな私。
私はベンチに寝そべりお兄ちゃんの膝枕で寝ている。
ああ、本当に夢のような光景だ。
夢の中で夢を見ている。
多重夢という奴だ。
さらにはその夢を自在に見られる明晰夢というおまけ付き。
「うふふふ、お兄ちゃん~~」
夢ならばと、私はお兄ちゃんの顔に手を伸ばす。
そしてその可愛い頬っぺたを両手で触った。
あれ? 凄い凄くない? 感触迄あるよ? 私って凄すぎない?
「大丈夫か?」
「うん? 何が?」
「いや、栞、急に倒れるから」
「私が倒れる?」
倒れた私をお兄ちゃんが介抱してくれているってシチュエーションなの? だとしたら最初の夢で倒れてくれた私グッジョブ!
「俺が告白したら、栞、急にわけのわからない事を言い出して倒れたんだよ」
「そっかあ、お兄ちゃんが告白かあ、うんなんかそんな事を言われた夢を見た気がするなあ」
「……だから夢じゃねえよ」
お兄ちゃんの眉間に皺が寄る。
さらにはお兄ちゃんの手が私の頬っぺに近付くと、そのまま私をつねった。
「あれ? 痛い、遂に痛みも? 凄いな私の夢」
ふあ! お兄ちゃんに痛くされている。
はああああああ、なんか目茶苦茶嬉しい~~~~。
お兄ちゃんに痛くされるのも夢だった。
正に天にも昇る気持ち良さ……もっとつねってお兄ちゃん。
「だから、夢じゃねえって言ってるだろ?」
お兄ちゃんはそのまま私の頭を抱き締める。
お兄ちゃんの胸の感触が、そしてお兄ちゃんの匂いが私を包む。
今度は匂い迄?
「……好きだよ栞、愛してる」
そのままお兄ちゃんは私にそう囁く。
うわああああああ、これは流石に……。
自分の夢に少し引いた。
制服姿のお兄ちゃんに裏庭とはいえ学校内で抱き締められ更には愛を囁かれるなんて。
こんな夢を見てる私……神をも恐れぬ冒涜か?
いくら何でも……これは流石に少し情けなくなって来る。
いくらお兄ちゃん避けられているからといって、こんな欲望垂れ流しの夢を見るなんて……。
……って、あれ? そう言えば私、お兄ちゃんに呼び出されて裏庭に向かっていた気が。
それで、えっと……あれ? どこかで寝ちゃったの?
まずい、お兄ちゃんを待たせてる……ん? でも、そう言えばお兄ちゃんに会った記憶があるよ?
お兄ちゃんとの会話も光景も全て頭の中にあるお兄ちゃんホルダーに登録されている。
そのフォルダーの中の一番近い記録に、きっちりと記憶されている。
うん、間違い無い。
夢や妄想とはファイルが違う。
お兄ちゃんの記憶に関して、間違いと言う言葉は一切当て嵌まらない。
「えっと……これってまさかの現実?」
「だからそう言ってるだろ?」
困った顔のお兄ちゃん。
そしてそこで今度はショックのあまりに私の意識が飛んでしまう。
その後、私は同じ事を数度繰り返したのだった。




