73-4 お兄ちゃんは変わった?
「心は決まった……」
セシリーのお陰で、いや、元々決まっていたのだろう。
ただ背中を押して欲しかっただけだ。
俺は1時間目の授業を放り出し、裏庭にあるベンチに腰かけた。
ここは校舎から死角になっている場所だ。
そこで俺は色々考えた……色々思い出していた。
俺と栞の歴史を、俺と栞の思い出を。
去年のあの告白で俺は栞を意識し始めていた。
そして1年……俺の中で妹の存在が大きく大きくなって行った。
もう閾値はとっくに超えていた。
表面張力で保っている様な状態だった。
それが遂に溢れたしたのだ。
美月を家に呼び、なんとか抑えようと努力した。
でも無理だった。
好きという気持ちは、抑えようも無いコントロールの効かない感情だと理解した。
栞もそうだったんだろう……今頃になって本当の意味で理解出来た。
俺はスマホを確認する。
見てくれるだろうか?
俺は栞にメッセージを送った。
『次の授業サボってくれ、裏庭で待ってる』
一応校則上スマホは禁止だ。
ただ原則授業中以外の使用は黙認されている。
授業が終わるまで、後30分……俺は栞に伝える言葉を探す。
栞に俺の気持ちをストレートに思いの丈を、ありのまま伝える。
「出来ればカッコつけたいんだけどな」
兄の威厳なんて昨日でとっくになくなっている。
せめてもの悪あがき。
後30分で、その言葉を探そう……そう思っていた矢先、誰かが校舎の方から走ってくる音が聞こえてくる。
こんな時間に誰が? ヤバい授業をサボっている事がバレる。
慌てて隠れようとしたが、相手の足は速くもう直ぐソバカスまで迫っている。
仕方ない、調子が悪くてとか理由を付けて謝ろうと立ち上がると、俺の目の前には息を切らし、顔を紅潮させた栞が立っていた。
「はあ、はあ、お兄ちゃん!」
「し、しおり……」
「来たよ!」
「いやいや、授業中はスマホ禁止だろ?」
「お兄ちゃんのメッセージは別だよ」
「いやいや、それにしても……」
「いいから……それで……言いたい事って」
そう言った瞬間、栞の表情がみるみる強張って行く。
「いや、えっと……」
「言いにくい事?」
「まあ……そうかも」
「……いいよお兄ちゃん、私はお兄ちゃんの言葉ならなんでも受け止めるから」
栞はそう言うと目に涙を浮かべる。
ひょっとして……栞は俺が別れるって言うと思っている?
またもや泣かしてしまった事に俺は自責の念に駆られた。
すぐに言わなくては、でもまだ言いたい事が纏まっていない。
全く俺の事となると、校則所か法律さえも破りかね無い。
もしも俺が先に死んだら、この妹は世界を終わりに導いてしまうんじゃないか?
とりあえず妹よりも先に死ねないと俺は心に誓う。
「あのさ、栞は俺の事許してくれるのか?」
「許す?」
「だって、俺は栞が告白した時、とりあえずなんて酷い言葉で返事した。その後もずっと受け身で鋳やがっているような態度でいた。そんな俺が忘れていたとはいえ、ずっと昔に栞の事を」
「お兄ちゃん? 許すって意味がわからないんだけど?」
「ん?」
やはり考えが纏まっていないせいか、いまいち栞に伝わっていない。
「あのね? 許すって言うのはおこっているとか憎んでいるとかそう言う相手に使う言葉だよ?」
「まあ、そうなんだけど、栞は気付いていないだけかも知れないだろ?」
「……あのね? 他の事ならいざ知らず、私がお兄ちゃんに対して間違える事なんて無いよ?」
「いやいや、それは俺が間違った事を言ったりやったりしても、疑う事は無いって事だよな? さすがにそれは……」
俺が首を振りながら冗談めかしてそう言うと栞は満面の笑みで即答した。
「うん!」
「え?」
「もしもお兄ちゃんが、お父さんお母さん、美月ちゃん……私の友達との関係を全部切れって言ったら、私は躊躇なく全員切るよ?」
「え?」
「二人でどこか遠くへ行こうって言ったら、どこにでも付いていく。 海外でも宇宙の彼方でも」
「……」
「私だってわかってるよ……兄妹で一緒にいる意味くらい……それを覚悟でお兄ちゃんに告白したんだから……」
妹は俺の前では涙を見せまいと必死に堪えている。
しかし、大きなその目からは、今にも溢れそうなくらいに涙が溜まっていた。
「でも……それをお兄ちゃん強要するのは違う……去年からずっとそれを思っていたの……お兄ちゃんにはお兄ちゃんの幸せがあるって、だから……」
そう言うと栞の涙の量が限界に達して目からポロポロと溢れだしていく。
「栞……」
俺は栞に近付くと優しく肩を抱いた。
「だから……だから……お兄ちゃんが」
「もういいよ、違うから」
「……え?」
「ははは、栞は俺が別れ話をしようとしてるって思ってるんだろ? それで呼んだわけじゃ無いよ」
「……じゃあ?」
涙を流しながら不思議そうな顔で俺を見ている。
本当に泣いても笑っても可愛いなあ、俺の妹は……こんなの反則だろ?
「格好いい言葉で決めようって思ってたけどさ」
俺は辺りを見回すと、名前も知らない花を見つけるとそれを摘んだ。
そして片膝を着くとその花を栞に差し出す。
「長谷見栞さん……好きです、俺と付き合ってそして……ずっと一緒に居てください」
しっかりと栞の顔と目を見つめ俺は真剣な顔でそう言った。
手にしていた花は桜草だった。
花言葉は『初恋』
俺ばそれを後に知った。




