73-2 お兄ちゃんは変わった?
違和感が俺を猛烈に襲う。
いや、原因はなんとなくわかっている。
美月に何か魔法のようなものを掛けられ夢の中をさまよっていた。
遠い昔の俺の罪、忘れていた記憶。
ただ、本当にそれをしていたかはわからない。
美月が言うには、願望や夢だった可能性も否定出来ないとか。
そしてたとえそれが想像だとしても、そんな事を妹に対して思ってしまっていたのだ。
大切にしていた妹によもや自分の中にあるふしだらな感情をぶつけていたなんて。
若気のいたり……そんな軽い言葉で済まされる問題じゃない。
ただもしもそうだとしても、想像ではなく実際に俺が実行したとしても、恐らく妹は許してくれるだろう。
しかし俺は一つの疑問が生じていた。
もしかしたら、俺のその卑劣な行為によって、妹の人格形成を狂わしていたのでは無いだろうか?
俺の事を好きだと言っているのはひょっとしたら、俺の行為を無自覚に認識し、正当化していたからなのでは無いだろうか?
俺が好きだから、妹も俺の事を好きになったのではないのだろうか?
好きな人になら、そう言う気持ちをぶつけられても、触られても良いって思ってしまったとしたら?
俺自身、頼まれたら断れない性格というのは、特に女子からの頼み事を断れないというのは、その事を無意識に認識していて、その罪滅ぼしだからなのかも知れない。
子供の頃のそんなトラウマが俺と栞の性格形成を狂わしていたのだとしたら……。
「栞……ごめん」
俺は今、これ見よがしに栞を避けている。
当然妹もそれに気が付いている筈だ。
俺が急にそんな態度を取るようになって、多分悲しませているだろう……でも今は合わす顔がない。
こうなると、兄妹という枷が重くのし掛かる。
逃げられ無いのだ、逃げ切れ無いのだ。
これが他人なら、逃げる事は不可能ではない。
出来るだけ会わないようにする事は出来る。
しかし俺達は兄妹なのだ。
一緒に住んでいる以上逃げる事は不可能に近い。
しかも学生である俺は家を出るなんて事は非現実なのだ。
「ある意味夫婦と一緒……」
そう考えた瞬間俺の体温は上昇し鼓動が激しくなった。
もう随分前から気付いている。
美月を長野から呼んだのもこの理由だ。
そう……俺は……栞に……妹に恋をしているのだ。
もしかしたら……ずっと恋をしていたのかも知れない。
そしてそれは卑劣な自身の行為に対する言い訳なのかも知れない。
妹が俺の事をずっと好きだ好きだと言っているからなのかも知れない。
しかし、もうここで認めたほうが良いのかも知れない。
俺は……俺も、妹の事を、栞の事を好きだという事に。
人を好きになるという感覚が俺にはわからなかった。
誰かに「好きだ」と言われても、どこか他人事のように感じていた。
栞以外は……。
栞だけが俺の心を動かした。
戸惑ったけど、正直嬉しかった。
それは何故だろうか、ずっとそれを考えていた。
そして今ようやく、今ごろようやくその答えがわかった。
俺は栞の事を、妹の事を一人の女性として、女の子として好きだという事に。
ずっと昔から、ずっとずっと前から好きだった……という事に。
そう気付いてしまえば全て納得出来る。
全て辻褄が合う。
好きだから優しく出来た。
好きだから泣かせたく無いって思えた。
好きだから興味が沸いた。
好きだから……付き合いたいって思った。
でもはっきりして来なかった。
妹だから、本当の妹だから。
俺はこの気持ちを兄妹愛だと言い聞かせていた。
妹に恋愛感情なんてあり得ないとそう言い聞かせていた。
そして栞に、妹にずっと甘えて何をされても仕方ないなあなんて思うようにしていた。
栞が手を握って来た時も、お風呂に乱入してきた時も、布団に潜り込んで来た時も、キスしてきた時も、
俺は困った振りをしてきた。
迷惑な振りをしてきた。
嬉しかったのに、楽しかったのに。
全部妹が無理やりしてきたからと言い訳をしてきた。
でも、はっきりと拒絶をしなかった。
だって、嬉しかったから、楽しかったから、幸せだったんだから拒絶する理由なんて無い。
好きな人から好きだと言われ迫られて、身体を触られてキスされて、嫌だと思う者はいないだろう?
そう……俺は受け身の振りをしていただけ。
拒絶しようと思えば出来たのに。
でも、だからと言って、今後全てを受け入れてしまって良いのだろうか?
見境なく妹と付き合って良いのだろうか?
いいわけ無いだろ?
これ以上妹を汚していいわけが無い。
このまま普通に付き合っていいわけが無い。
親が、親戚が、友人が、学校が、世間がそれを許さないだろう。
兄妹での恋愛なんて許す筈が無い。
どうすればいい……。
誰かに相談したい、しかしこんな事を相談出来る相手が……と考えた時一人の人物が浮かんで来る。
良いのだろうか? でも唯一相談出来る相手は彼女しかいない。
周囲ではただ一人、俺の事を好きだと言っていない彼女に俺はメッセージを送った。
そして早朝の誰もいない生徒会室に俺はノックをし中に入った。
そこには……。
「ハーーイ、おはようごぜーーますデーース」
そこには、ダークブラウンでセミロングの髪、綺麗なブルーの瞳、イギリス大使の娘こと謎の美少女セシリーマクミランが立っていた。
「ちゃんと喋るのは数年ぶりのお久しぶりデース」
「いや……先週会ってるから……」




