72-3 シスコンの兄
幸せな時間がゆっくりと過ぎていく。
いつまでもこうしていたい、ずっとずっとこうしていたい。
ゆっくりとでも過ぎていく時間がもどかしく感じてしまう。
私に時間を止める能力があれば、このままずっと時を止めるのに……。
一生このままでいいって思えるくらい、それくらいの幸せな時間だ。
女の子が裸になれる場所は限られている。
誰もいない場所、鍵やカーテンをしっかり閉め絶対に覗かれない場所でないと裸になんてなれない。
人前では尚のことだ。
当たり前だが普通の高校生ともなれば、親の前でも裸になる事はまず無い。
修学旅行、部活の合宿、公衆浴場等同性の前なら裸にもなるが、心から安らげるような環境では無い。
そういう仕事もあるけど、それはあくまでも仕事の話で安らげるか? なんて論外だ。
普通裸で安らげるのは、一人でお風呂にはいる時くらいだろうか?
でも私は、お兄ちゃんの前では全てをさらけ出せる。
身体も心も安心して全て差し出すことが出来る。
そして一人でお風呂に浸かるよりも、お兄ちゃんと一緒にいる時が一番ホッと出来るのだ。
さっき思っていた事と違うだろ? って突っ込みが入るかもしれないが、そう思うのだから仕方がない。
好きな人といるドキドキと、好きな親族といる安心感、そんな相反するような感情が私の中で共存する。
こんな感情を抱けるのは、お兄ちゃんしかいない。
それが凄く凄く心地よいのだ。
そしてこの感情が最高に感じられる場所がお風呂……お兄ちゃんと一緒にお風呂にはいるのが子供の頃から大好きだった。
成長して一緒に入らなくなったのが凄く残念だった。
でも告白してからこの1年で何度も一緒入れるようになった。
それが凄く嬉しくて幸せで、告白して良かったとそう思った。
優しいお兄ちゃん、お兄ちゃんは昔から、物心ついた頃から今までずっとずっと優しかった。
当初私はそれが当たり前だって、そう思っていた。
でも、友達から時々相談される事がある。
兄妹の仲が悪いからどうすればいいかって。
それを聞いて私とお兄ちゃんの関係って特別なんだってそう思った。
今まで喧嘩なんてした記憶が、いやそれどころか言い争いをした記憶も一切無い。
いつでもどこでも優しいお兄ちゃん……大好きなお兄ちゃん。
そしてこの気持ちが、恋だって気が付いた時、そんな気持ちになっていた自分にあまり驚かなかった。
当たり前だって……そう思った事を今でも覚えている。
温かいお湯に浸かりながらお兄ちゃんの優しさに浸る。
私は首を傾けお兄ちゃんの肩に頭を乗せた。
するとお兄ちゃんは私の頭をゆっくりと撫でた。
その手からじんわりと伝わってくる。
お兄ちゃんの感情が……お兄ちゃんの想いが、ゆっくりと髪を撫でる手の平から伝わってくる。
美月ちゃんの催眠術? で増幅された為か、いつも以上にお兄ちゃんの感情が伝わってくる。
そして気付いたのだ……ずっと考えていた事に私は今気付いたのだ。
私は何でお兄ちゃんの事を好きになったんだろうって……当たり前だと思ったけど、でも何で好きになったんだろうって、何でお兄ちゃんに対して恋愛感情が芽生えたんだろうって。
優しいから? ううん……それだけで恋愛感情なんて湧かない。
多分、お兄ちゃんは……私の事が……好きなんだって、私の事が大好きなんだって……。
違う、好きなんて軽いレベルじゃ無い、愛するでもまだ軽い。
命よりも……なんて枕詞でもまだ陳腐に感じる程に、あらゆる言語でも言い表せない位に私の事が好きなんだと。
私はそれに気が付いたのだ!
友達を作る最高の方法はその人の事を好きになる事。
その人の良いところを見つけ、好きになる。
好意を寄せて来る相手を無下にする事は殆ど無い。
だから私も好きに、同じ位にそれ以上にお兄ちゃんの事を好きになったんだ。
行き過ぎた兄妹愛、重すぎる家族愛、多分それが恋愛感情に変化したのだ。
そうわかった……そしてそれがわかった今、私は思わず昇天しそうな位に幸せな気分になっていた。
お兄ちゃんは私の事が好きで好きで堪らないのだ。
「はああああああああああ……」
思わず息が漏れる。
そしてこんな幸せな気分に浸らせてくれるお兄ちゃんに心から感謝する。
愛する人に愛してもらっている実感、これ程に幸せな事が他にあるだろうか?
良かった……お兄ちゃんを好きになって。
お風呂の温かさとお兄ちゃんの暖かさで脳がトロトロに溶けていく。
私は肩にもたれ掛かりながら、お兄ちゃんを見上げる。
お兄ちゃんは私を見て、ニッコリと笑った。
『格好いい……』
お兄ちゃんの周囲がキラキラと光る。
後光のように眩しく輝く。
湯煙が照明に当たりキラキラと輝いているのだろう……でもそれ以上にお兄ちゃんが輝いて見える。
しっとりと濡れた前髪からポタリと雫が私の顔に落ちる。
お兄ちゃんはその雫を指で拭き取ってくれた。
私とお兄ちゃんはゆっくりと見つめ合う。
それと同時にお兄ちゃんの顔から笑顔が消える。
真剣な顔で、目で私をじっと見つめる。
「栞……ちゃん」
お兄ちゃんが私の名前を呼んだ。
「お兄ちゃん……」
私は……そう呟くと、そっと瞼を閉じた。
……え? あれ? ちょっと待って……今お兄ちゃん……栞……ちゃんって呼んだ?
え? どういう事?




