71-9 新たなる一歩
「しおりい、しおりい」
「ハイハイ、もうすぐ着くからね」
俺は半べそかきながら、美月に連れられ自宅に向かっていた。
どうしようもない感情、それが富士の湧水のようにこんこんと溢れてくる。
美月に手を握られ嬉しいが、俺の胸の中心は、ぽっかりと空洞になっているかのようだった。
その空洞は俺の大事な大事な妹、そう、愛する栞じゃないと埋められない。
そんな空虚な感情のまま、俺は美月と急ぎ自宅に戻る。
辺りはもう暗く、かなりの時間が経っていた事がわかる。
おかげで俺が小学生に手を引かれ泣きながら歩いている変な高校生って事はバレにくい。
そして、俺はそんな世間体なんて気にしている状態でも無かった。
とにかく栞が無事で居てくれ、ただそれだけだ。
そしてようやく自宅に到着すると、持っていた鍵で扉を開け玄関に駆け込んだ。
「栞! 栞! 無事か?!」
俺は大声で叫んだ。
「あれ? お兄ちゃんもう帰ってきたの?」
俺の声に反応したのか? 直ぐに栞はリビングから出て来る、
そして俺の心配をよそに、あっけらかんとそう言った。
「栞! しいいいおおおりいいいい!」
俺は急いで靴を脱ぎ捨て、栞に飛び付くとちからいっぱいに抱き締めた。
「へ? お、お兄ちゃん?! ど、どうし……ふえへぇふにゃはぁぁ」
俺に抱き付かれた栞は、わけのわからない言葉を発っする。
「栞栞栞栞」
俺は久々に帰ってきたご主人様に飛び付く犬の如く、栞を何度も抱き締め、更には顔を舐めるようにキスをする。
「ふぇ? ふぇ? ふえへぇ?!」
更に妙な声を出す栞、そんな事に構わす栞に抱き付いていると、今度は唐突に不安に陥る。
「栞! 無事か? 無事だったか?」
「へ? 無事って?」
「俺はもう心配で心配で、誰か来なかったか? 何もされてないな?」
抱きしめていた栞を離し、顔や腕、腰の辺りを触る。
「ひう! お、お兄ちゃん? そんな急に!」
「無事か? ちょっと脱いでみろ!」
「え? ここでいきなり? って、美月ちゃん! このお兄ちゃんはなに?!」
ようやく栞は俺の後ろにいた美月に気付く。
「あ、お構い無く~~」
美月はしれっとした口調でそう言った。
「お構い無くって、一体お兄ちゃんに何をしたの?! ひゃう!」
「しおりいい、しおりい、しおりい」
美月を見ないで俺を見てくれよ、この数時間栞から目を離してしまった後悔が、俺をどんどん襲ってくる。
ああ、もしもこの数時間の間に暴漢や強盗が侵入していたとしたら、もしもそれ俺にを隠していたとしたら。
「お兄ちゃんとりあえず廊下じゃ、リ、リビングに行こう、ね?」
「あ、ああ」
俺はそう言うと栞の背中膝の辺りに手をやりそのままお姫様抱っこする。
「お、お兄ちゃん?!」
「なんかあったら大変だからな!」
俺は栞に心配かけないように、不安な気持ちを隠し笑顔でそう言った。
「ふ、ふひゃああああ」
栞は顔を真っ赤にして、妙な声をあげる。
「し、栞? まさか熱が?」
顔の赤い栞のおでこに自分のおでこを当てる。
「ひ、ひう?!」
「ちょっと熱っぽいか? まさか風邪? びょ、病院に! きょ、救急車?!」
「ち、違う、大丈夫、大丈夫だから! ちょっと美月ちゃん!」
「あはははは」
「笑ってる場合じゃ、お、お兄ちゃん? 違う、リビングはあっち」
「駄目だ、せめてベッドに!」
「大丈夫! リビングで大丈夫だから! 美月ちゃんも来て!」
「えっと美月は部屋で宿題を」
「そんなの3分で終わるでしょ?!」
「いくら美月でも5分はかかるよ?」
「い、い、か、ら、き、な、さ、い!! お兄ちゃんも落ち着いて! とりあえず全員リビングに集合!」
「はーーーい」
「リビングで大丈夫か? 本当に病院に!」
「大丈夫だから!」
栞にそう言われ俺は渋々栞をリビングに運んだ。
「…………で? これは一体?」
リビングのソファーに栞を座らせ、俺は再び栞の身体に傷等無いか徹底的に調べる。
そんな俺に構わず、栞は正面に座っている美月にそう言った。
「えっと、ちょっと魔法を」
「魔法?」
「まあ、厳密には催眠術なんだけどお」
「催眠術ってどんな?」
「お兄ちゃまの闇をちょっと引き出しただけなんだけど」
「闇ってこれが?」
「ああ、うん、お兄ちゃまってほら、物凄く優しい反面女心がわかって無いっていうか、恋心の区別がつかないっていうか、それをちょっとだけ、ちょこっとだけ引き出す催眠術を掛けたんだけど」
「……だけど?」
「なんか失敗しちゃった」
「失敗しちゃったてへペロじゃない! 結局お兄ちゃんはどうなってる状態なの?」
俺が栞の身体を触ってる事に構わず、栞は美月にそう聞いている。
今の所栞に異常は見つかっていない。
「えっとね、つまりい、お兄ちゃまは、ロリコンではなく、シスコンだったって事で」
「シスコン?!」
「まあ、知ってたよね?」
「これが……お兄ちゃんの闇?」
「うん、そうみたい、嬉しい? お姉ちゃま」
「嬉しい……わけない! どうするの? 戻るの?」
「多分?」
「多分って……ちょっ、ちょっとお兄ちゃん? 服を脱がそうとしないで?!」
「とと、とりあえず見える範囲では大丈夫そうだから、後は見えない所のチェックを?!」
俺は少し安心するも、まだ心配でそう言う。
「美月ちゃんの前だから、ね?」
「美月は気にしな……あははは」
栞が怖い顔で美月を見ている。
でもその顔に表い情俺の胸はぎゅうぎゅうと締め付けられた。
本当に栞はどんな顔をしても可愛いなあ! 世界一可愛いんじゃね? 俺の妹。
俺の妹がなんでこんなに可愛いわけ?
そう自分に問いただしながら、俺は再びギュッと栞を抱きしめていた。
なんでこうなった?




