67-6 記憶の中の妹
結婚出来ないと言うのなら、女同士、男同士でも出来ない。
だからといって付き合うのを止めるのか?
今はそんな時代じゃない。
誰と恋をするのかは人それぞれ、当人同士が納得してるのなら、誰に文句を言われる筋合いじゃない。
ならば兄妹だって……。
そして今、俺には栞が妹だという記憶は無い。
可愛くて愛しい女の子という認識しかない。
この状態がいつまで続くのか? 一生続く可能性だって無いわけじゃない。
まずはこの状況に慣れる事が先決だ。
でも、好きな女の子と同じ屋根の下で一緒に暮らすなんて、そう簡単に慣れる筈も無い。
でも、俺だって男だ。そして高校1年生なのだ。
バリバリの思春期真っ只中なのだ。
だから……。
「ちゅ」
リビングのソファー並んで座りコーヒーを飲みつつ俺はお茶菓子の代わりとばかりに栞のほっぺにキスをした。
「あーーーお兄ちゃん不意打ち」
「ほっぺただから良いだろ?」
「ほっぺで良いんだふーーん」
等と栞とリビングでイチャイチャしてしまっても、仕方が無い……仕方無いんだ。
「明日帰ってくるんだよね」
「ああ、昨日美月がそう言ってた」
「ふーーん」
「なんだ? 嫌なのか?」
美月が長野に帰って一週間が過ぎた、つまりは俺達も二人きりの生活7日目となる。
俺の頭の傷のせいで、どこかに出かける事なく春休みは過ぎていく。
「嫌じゃない……けど」
「けど?」
「せっかくちゃんとした恋人同士になれたのに、もう終わっちゃうんだなって」
「そ、そうだなあ、やっぱり美月が居るとこうしてイチャイチャしにくいよな」
そう言って栞の手の甲に俺の手を置きそのまま握った。
そして栞を見る。栞は俺を見てニッコリと微笑むかと思いきや、頬を膨らませ俺の手を振りほどいた。
「え?」
一瞬踏み込み過ぎたかと緊張が走るも、栞は直ぐ様手のひらを上に向け、指を絡め俺の手を強く握った。
「こうでしょ!?」
俺を見てどや顔をする栞に俺は思わず……。
「あ、あむ、ううん……」
「…………」
「…………」
「ぷは、ああ、もうだから急には駄目」
「ぷはって」
二人で顔を見合せクスクスと笑いあう。
ああ、幸せだ……幸せってこういう事なのかな?
こんなにも好きな女の子と二人っきりで過ごす日々……でも、だけど、本当に良いのか?
今の俺ならば何も問題は無い、でも……記憶が戻ったなら……その時の俺は後悔しないのか?
「お兄ちゃん……大好き……」
栞は俺の肩に自分の頭を乗せそう呟いた。
「俺も大好き」
俺は離さないとばかりに栞の手を強く握る。
渡したくない……栞を誰にも……そう、昔の俺にさえも。
そして夜になる。
栞と二人きりの最後の夜。
この一週間、毎晩栞と一緒にベッドに入る。
栞は頭を打った俺が心配だと、トイレも扉の前で待機する。
いや、始めはトイレも一緒にって言い出すがさすがにそれは無理と断った。
だからお風呂と寝る時も側に居たいという栞の頼みを俺は断る事が出来なかった。
「……じゃ、電気消すよ」
「うん」
「おやすみ」
「おやすみ……お兄ちゃん」
暗くなる部屋、二人で手を繋ぎ俺は天井を見上げる。
好きな女の子と二人で寝るなんて、始めはドキドキすると思いきや、やはり俺の中にあるであろう栞は妹だっていう記憶のせいか、寧ろ安心して寝られた。
でも、今日はなぜか寝付けない。
なんだろう? 明日美月が帰って来るから? 最後の二人きりの夜だから?
何かを忘れている。いや記憶を失ってるのだから忘れているのは当たり前なのだが……何か重要な事を俺は忘れている。
そんな気がしてならない。
美月が明日帰って来る事と関連があるような……。
そして寝れないまま数時間が過ぎる。
「……お兄ちゃん……寝た?」
「ん? いや……まだ」
「…………あ、あのね」
「何?」
「あのね、私ね……今日……誕生日……なの」
「えええ!? そ、そうか、そうなんだ……ご、ごめん、明日何か買いに行こうか、ああ、それで美月が帰って来るのか、じゃ、じゃあ皆で美味しいものでも」
「……うん」
「あ、それとも、何か欲しいものでもあるか? だったら」
俺がそう言うと栞は俺の手を痛い程に握る。
そして……。
「お兄ちゃん」
「え?」
「お兄ちゃんが……欲しい」
「え? えええ!?」
「……付き合って1年目の記念と……誕生日祝いに……駄目?」
強く握る栞の手が微かに震えていた。
「で、でも……俺は」
「大丈夫……大丈夫だから」
何が? と言いたくなるのを抑え天井から栞に視線を移す。
暗闇の中栞の顔がうっすらと見える。
栞は微笑を称えていた。
その顔を見て俺は純粋に美しい……美しすぎるって……そう思った。
そして……。
「ごめん」
俺はそう言って謝る。
「なんで謝るの? 嬉しいよ」
「違うよ……栞にじゃなくて、俺に謝ったんだ……大切な物を奪って、ごめんなって」
「ふふふ、怒るかな?」
「怒るに決まってる……」
「じゃあ……内緒にしなくちゃ……ね」
栞はそう言うと……俺の下でそっと目を瞑った。
「痛……」




