67-5 記憶の中の妹
くすんくすんと俺の腕の中で泣く栞ちゃん。
俺は栞ちゃんをしっかりと抱き締める。
そして一度ベッドに彼女を座らせ俺も隣に座った。
彼女は離れたく無いのか? 再び俺の胸に抱き付きグリグリと猫の様に胸に顔を埋める。
「か、かわいい……」
「え?」
「あ、いや……」
そんな彼女の姿を見て、俺は思わず口からそう漏らしてしまう。
泣いてる女の子を見て可愛いとか俺は変態か?
栞ちゃんの驚く表情、ヤバいキモいと思われる。
「お兄ちゃんが可愛いって言ってくれた!」
さっきまで泣いていたのが嘘泣きだったかの様に涙はピタリと止まり、キラキラと目を輝かせ俺を見つめる栞ちゃん。
「え? 俺って可愛いって言った事ないの?」
こんなに可愛いのに?
「殆んど無いよ!」
「マジか……何してるんだ俺は」
「嬉しい! お兄ちゃん!」
そう言うと、彼女は俺の首に抱き付いてくる。
「お、おおおお?!」
俺の顔全面に彼女の胸が……。
とてつもなく柔らかく、そしてとてつもなく良い匂いがする。
可愛いって言っただけで、こんなにも喜んでくれる栞ちゃん。
でも……なんでこんなにも……俺は単刀直入に聞いてみた。
「あ、あのさ……聞いてもいい? 栞ちゃんて……俺のどこが好きなの?」
「全部!」
俺の頭を抱き締めたまま、即答でそう言う。
「ぜ、んぶ?」
「うん! 優しい所も、格好いい所も、頼りになる所も、顔もスタイルも、この髪の毛一本一本から爪の先まで全部大好き!」
少し猟奇的な彼女の発言だが、記憶を無くしている俺にとっては凄く嬉しい言葉だった。
「そか」
「うん!」
「じゃあ、今の俺でも好きでいてくれるって事」
「うん! 当たり前だよ!」
「そか……」
記憶が無い俺でも好きだって言ってくれて、俺はホッとした。
ホッとする? そうか、俺はホッとしているのか……。
「お兄ちゃんは、私の事好き?」
「え?」
「ああ、もう、そこは即答する所でしょ?」
「あ、いや……えっと、好き……かな」
「どこが?」
「え?」
「どこが好き?」
「うーーん……顔?」
「だけ?」
「いや、だって俺……記憶が」
「そか、じゃあ~~はい! よく見て!」
栞ちゃんはそう言うと一度俺の頭を離し、ベッドに座っている俺の膝の上に座る。
そして俺の顔を掴むとやや上に向け、自分の顔を近付けた。
長い睫毛、キラキラと光る大きな瞳、少し小さめだけど筋の通った鼻、ぽてっとしたピンクの唇……まるで人形の様な整った顔。
俺と全く似ていない……こんな綺麗な顔の女の子が俺と兄妹なんて……疑わしくなってくる。
「ちゅ」
「……え?」
俺がまじまじと栞ちゃんを見つめていると、栞ちゃんは俺の唇に軽く自分の唇を触れさせた。
「ええええええええええええええ?!」
「あははははは、しちゃった」
「いや! え? えっと! ええええ?」
「大丈夫大丈夫、別に初めてじゃないから」
「そ、そうなの……か?」
「うん! お兄ちゃんからしてくれた事もあるよ!」
「そ、そうなのか?」
マジで何してるんだ? 記憶を無くす前の俺は……彼女は妹なんだろ?
「でも、俺たち兄妹なんだろ?」
「うん!」
「おかしいよ、こんなの……」
「おかしいね、私もお兄ちゃんもおかしいの……でも、それの何がいけないの?」
「いやいやいやいや、だって……兄妹は結婚出来ないし」
「出来ないと、キスしちゃっいけないの? 結婚出来ないと付き合っちゃいけないの?」
「いや……えっと……」
兄妹で……なんていけない……何がいけないのか? そう聞かれ俺はそれ以上何も言えなかった。
兄妹で恋愛してはいけない……そんな法律なんてどこにも無い。
「もうすぐ1年だね」
栞ちゃんは俺を見つめそう言ってニッコリと微笑む。
「1年?」
「そう……お兄ちゃんが、私の夢を叶えてくれてから、もうすぐ1年」
「夢?」
「うん、私と付き合ってくれるって言ってから、私の告白を受け止めてくれてから、もうすぐ1年」
「そう……なんだ」
そう聞いた時、俺の中で不安が募る。
記憶が無いという不安……何故俺は誰の事も思い出せないのだろうか?
ひょっとしたら……俺自身が思い出したくないって思ってるのだろうか?
そして……元に戻るのだろうか?
そう考えると俺は段々と怖くなり、思わず栞ちゃんに抱き付いてしまう。
「お兄ちゃん?」
「元に戻れるのかな? 俺は栞ちゃんの事思い出せるのかな?」
「……元に戻らなくても、元に戻っても……お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」
「……で、でも……」
「大丈夫、私はどんなお兄ちゃんでも好きでいられる、今も変わらずお兄ちゃんの事大好きだもん」
栞ちゃんはそう言うとまた俺の頭を持ち優しく胸に引き寄せる。
母親の様な優しさで、恋人の様な愛しさで、妹である栞ちゃんが俺を優しく包んでくれる。
安心する……栞ちゃんの温かさが身体全身に伝わってくる。
愛しい気持ちが俺の中から込み上げてくる。
ああ、そうか、そうなんだ……俺は栞ちゃんの事が大好きなんだ。
俺は妹が、彼女の事好きで好きで仕方無かったんだ。
記憶を失って……そして俺の中で妹という稼が外れた。
今見ている彼女、そして俺の中から溢れ出る彼女に対する気持ちで、気が付いた……気が付いてしまった。
これは家族愛なんかじゃない、俺は栞ちゃんが……栞の事が大好きなんだ。
俺は栞を心から愛してるんだ。




