夢で見てしまったから
王太子が成人した事を祝うパーティの場でその事件は起こった。
王太子の挨拶の辞の直前に、王太子の側近の一人であるギート侯爵家の一人息子ロタルが、聖女として持てはやされていたアマリーエを刺殺したのだ。
騎士団が取り押さえようとした時、ロタルは血まみれのナイフを捨てて、泣いていた。
「これで助かった、みんな助かった……!私は、間に合ったんだ……!」
そして彼は、自ら束縛されて大人しく牢屋に入った。
このロタル青年は好青年であった。
王太子からもよく頼みにされ、彼の悪口を言う人間の方が珍しいくらいの若いながらの人格者であった。
王太子は半狂乱になってロタルを庇おうとするが、これだけの衆目の前で犯した犯罪を取り繕う事は、もはや不可能であった。
さては精神衰弱による殺害かと誰もが思い、内々に調査が進められようとしたものの、やはり殺害現場が悪すぎて誰にも隠蔽など出来なかった。
やむなくロタルは公衆の面前、裁判の場に引っ立てられてそこで全てを打ち明けるようにと迫られたのだった。
***************
衆目がまず驚いたのは、人を殺したと言うのにロタル青年が晴れ晴れとした顔でやって来た事である。
罰を、死罪を恐れていないのだろうか?
衆人はざわざわと噂し合う。
それとも聖女アマリーエを殺した事で、積もり積もった恨み辛みが晴れたのだろうか?
聖女アマリーエはロタル青年とは対照的に、悪評まみれの聖女であった。
聖女としての務めもろくにやらないし、全体的に男癖が悪い。
美男子には手を出さずにはいられないような、はしたない女だった。
おまけに立場の弱い平民の生徒や見習いの神官を虐めていた事もあったと言う。
「被告ロタル・ギートに問う。聖女アマリーエを王太子殿下の成人の儀の際に殺害した動機を述べよ」
裁判長が重々しく告げると、ロタルは少し目を伏せてから話し出した。
「私の――精神鑑定の結果は裁判長もご存じかと思われます。私は正気で、正常な精神で人を殺しました。その理由を……恐らく信じては貰えないと思いますが……最後まで聞いていただけるのでしょうか?」
どう言う事だ、と裁判を傍聴する大衆が顔を見合わせる。
新聞記者がペンとノートを握りしめた。
「……良いでしょう。ですがあまりにも冗長だと判断した場合は、打ち切ります」
「ありがとうございます、裁判長。……私が聖女アマリーエを殺したきっかけは、夢なのです」
夢!?
大衆も誰も彼もが耳を疑った。
夢が動機だって!?
――そんなつまらない理由で、この好青年は人を殺したと言うのだ。
裁判長は何度か大衆に「静粛に!」と呼びかけ、木槌を何度か鳴らした。
「だろうと思います。皆様の反応は完璧に正しいと、私も思います。ですが、どうか最後まで聞いて下さい」
ロタルはゆっくりとした口調で、話し出した。
「……その夢を見たのは今回が最初ではありません。
王太子殿下が十四才の折に落馬して死んでしまう夢。
王妹の女公爵様がたちの悪い病にかかっていて発見が遅れてしまう夢。
王妃様が襲撃を受けて流産されてしまう夢。
……私は、今までに数限りない不吉な夢を見てきました。
そして、その都度、夢で見た最悪の事態を回避しようと密かに努めていたのです。
私の努力の結果かどうかは分かりません。
でも、王太子殿下がご無事で本当に良かった。
愛馬に乗る直前に、興奮剤が打たれている事を発見できた時はほっとしました……。
たちの悪い病がはやっていると脅すようにして精密検査を受けて頂いた女公爵様が、今でもお元気であらせられて本当に嬉しい。
王妃様の襲撃については警備を倍増する事で対応できましたし、あの時に動いて下さった騎士団の皆様にはいくら感謝してもし足りない。
正直、夢など信じてはいません。
私は根っからの臆病者ですので、その臆病と不安が夢の形となったのだろうと今でも思っております。
ですが……聖女アマリーエ。
彼女については、私は断言します。
アレは聖女の皮を被った悪魔です」
悪魔。
ロタルの口から出てきた過激な言葉に、また大衆はざわめき、新聞記者はペンを走らせる。
木槌の音が響いたところで、ロタルは再び口を開いた。
「……申し訳ありません、扇情的な言葉を使ってしまって。
でも、アレは学園でも神殿でも王宮でも、正に悪魔としての振る舞いしかしなかったのです。
アレは立場の弱い平民の生徒を虐め、神殿では見習い神官を虐め、王宮では召使い達がその被害に遭った。
勿論王太子殿下も僕達も幾度となく注意しましたが、アレは大人しくなるどころか聖女の権威を振りかざして喚くのです」
『何よ!所詮逆断罪される役立たず共の癖に!アタシは幸せになりたいのにどうして邪魔をするの!』
「何を言っているのか全く分かりませんでしたが、アレは聖女として相応しい人間では無い、それだけは確定しておりました。
学園からアレが卒業して出て行った時、下級生達がどれ程安堵したかは言うまでもありません……。
ですが、アレが卒業してからますます事態は深刻となったのです。
毎晩のように、私は夢を見るのです。
言葉に出来ぬ程の不吉な夢です。
『聖女は隣国と内通し、機密情報である王族の予定などを漏らす代わりに隣国の国王の妃の地位に収まるつもりである』
『結果、王太子殿下は暗殺され、その混乱に乗じて隣国が攻めてくる』
……不意を突かれて王都は陥落……次に起きたのは虐殺です。
真っ先に王族が処刑され、主立った貴族が処刑され、その後は女子供が弄ばれ男は殺される、この世の地獄――」
大衆はざわめかなかった。
書記官さえも手を止め、新聞記者すらも凍り付いた顔でただロタルを見つめていた。
「それだけではない。
王太子殿下の暗殺までアレは手引きしたのです。
正に、殿下が成人した事をお祝いするあの場で――。
その夢を見たのは成人の儀の直前でした。
悪夢ばかり見るからでしょう、ほとんど眠れなくて……一瞬だけうたた寝していたようなのです。
かくなる上は、もはや猶予も時間も無かった。
――どうしようもなく、私はアレを殺しました」
***************
「し、証拠は……」
ようやく我に返った裁判長は、その言葉を放つ事が出来た。
そうなのである。
幾らロタル青年が正夢を見たとしても、証拠が無い。
それが無ければ、ロタル青年はただの殺人者のままである。
「――ロタル!」
そこに駆け込んできたのは王太子の側近の一人、近衛騎士のマシューと王太子の妹姫ビオラであった。
「聖女の部屋を捜索したら、隠し部屋から隣国と通じていた証拠が大量に出てきたぞ!」
直ちにその複写が配られて、それを目にした裁判長は目を見開いた。
隣国の侵攻計画の手伝いをする代わりに、王妃にしてほしいと言う裏取引があった証拠がこれでもかと――。
「静粛に!」
木槌を何度も何度も鳴らして、やっと場が静まると裁判長は、無罪であると言う判決を下したのだった。
王国は国境の防備を固め、隣国との戦いに備える。
聖女がどれ程の王族についての情報を漏らしていたかは判明したが、戦好きの隣国の国王ならば待ちきれずに攻めてくる可能性が大だったから。
「……貴方も、戦いに行ってしまうの?」
ビオラ姫は不安そうな顔でロタルを見上げる。
穏やかな顔をして、ロタルは彼女に微笑みかけた。
「はい、姫様。王太子殿下お一人を行かせる訳には参りませんから」
「……そう。武運を祈っていますわ」
「それに、武功を挙げれば姫様の婚約者になれるかも知れませんから」
んまっ?!
ビオラ姫が素っ頓狂な声を上げてしまったので侍女達が駆け寄ってきたが、慌てて咳払いして、
「何事もございませんわ、少し喉に詰まってしまっただけよ」
とやり過ごし、彼女はロタルを睨み付けた。
「全く……!」
「それに」ロタルは嬉しそうに言った。「夢を見たのです。私が姫様に叱られている、とても幸せな夢を――」
ビオラ姫は呆れたような顔をするが、恥ずかしそうに目を背けた。
「……でしたら、しっかりと戦ってきなさいな。帰りを……待っていますから」
「はい、姫様」
人生ループってこんな感じかなあ?と思って書きました。
ロタルは何度もループしていますが、それを夢としか思っていません。
なので、もし夢じゃなかったら……と思ってマシュー達に捜査を頼みました。
ループなので大当たりなんですけれどね!




