33話 小さな仲間たちと共に歩む未来
それから、領主といくらか言葉を交わし、私たちはようやく重苦しい地下から外へと出た。
階段を上りきった瞬間、眩しい光が目に飛び込み、思わずまぶたを細める。
昼下がりの風が頬をやさしく撫で、肺の奥まで新鮮な空気が流れ込んでくる。湿った石の匂いに慣れ切った体に、太陽の匂いと潮風の香りが染みわたり、緊張の糸がゆっくりと緩んでいくのを感じた。
後ろでは、捕縛された殿下たちが兵士に取り押さえられ、無言のまま連れて行かれる。
その背中を見つめながら、胸の奥に奇妙な静けさが広がった。不思議なことに、怒りも憎しみも、以前のようにはもう湧き上がらない。
ただ、ようやくすべてが終わったのだという、静かな確信だけが残っていた。
殿下たちの背中が視界から消えたあと、海が一望できるという丘へと向かった。
足元に敷き詰められた草の柔らかさを感じながら、一歩一歩進んでいく。
「はあー風が気持ちいい!生き返るー!」
丘の頂上に立つと、目の前に広がる水平線が柔らかい光に揺れていた。目の前の景色は、ただ穏やかで、長く閉ざされていた気持ちが少しずつ解きほぐされていくようだった。
『これから、どうするんだ?領主に言ってた通り、瘴気を払うために世界を回るのか?』
イグニの声に、私は唇に指を当てて少し考える。
波音に耳を傾けながら、頭の中で冒険の地図を描いていく。
「えーっとね、領主様に頼まれちゃったから、この国を巡るついでに、瘴気を払っていこうかなって思うんだ。そのあとは、獣人やエルフ、ドワーフの国……世界を自由に回ってみたいな」
領主は、王国の教会の聖職者や王族たちのように威圧することもなく、ただ「民のために、無理のない範囲でいい」と頼んでくれた。その言葉の誠実さに、わたしは応えてあげたいと思った。
瘴気を祓えるだけ祓い、道の果てでは知らぬ世界を見てみたい。
『……無理してるんじゃないかい?』
ユグルは、それでもなお心配そうに眉を寄せた。
「無理なんてしていないよ」
わたしはつよく首を振る。
「領主様はね、ちゃんと民のことを思って、お願いしてくれたんだもの。あの人たち――教会や殿下とは違って。それに……」
かつて教会に居た頃は、わたしのせいで国民が不幸せになるかもしれない、と脅されて、その責任感に心身をすり減らしてしまっていた。
だから、その責務から解放されてからは、また同じように追い詰められるのを避けたい一心で、人を助けることに消極的になってしまっていた。
人助けするときにも、「助けないと後味が悪いから」「わたしが思い切り冒険を楽しむためだから」と、いちいち言い訳を考えないといけないぐらいに。
だけど……
「辺境の村で盗賊団を退治して、村人に涙ながらに感謝されたあの瞬間、嬉しかったんだぁ……」
あの時、胸の奥に差し込んだ温もりは、人助けをした後悔などという言葉を寄せつけなかった。
その後も、相変わらず、心の奥では「助けたい」という気持ちと、「また自分が苦しむのは嫌だ」という自己防衛がせめぎ合っていたけれど……
「ジェシカがクラーケンに攫われたときは、言い訳を考える前に、体が勝手に海に飛び込んでた」
冷たい海に飲まれて、それでもクラーケンを退治し、濁った海を浄化したあと。
歓声と笑顔に包まれた瞬間、わたしの心はただ、満ち足りていた。
「たとえ危険だとしても、ジェシカの無事な姿を見て、ああ、助けて良かった……って心の底から思えたの」
胸の前で抱いた手をぎゅっと握る。
「これからはね」
わたしは静かに言葉を紡ぐ。
「自分のために、好きに生きるよ。
もちろん、犠牲になるような真似はもうしない。それでも、困っている人がいたら、放っておけないと思う。
だって、感謝されるのは嬉しいし、みんなの笑顔を見ると、心が温かくなるから」
ユグルが黙ってこちらを見守る中、わたしは改めて胸に刻む。
「だから、わたしはこれからも――自分を大切にしながら、できる範囲で人を助けていくよ。困っている人がいるなら、浄化も続けていきたい」
殿下――いや、過去との決着をつけた今……、わたしは自由なんだから。
人を助けようと、聖女として浄化をしようと、それもわたしの選んだ選択だ。
その言葉に応えるように、イグニがぴょんと肩に飛び乗り、元気いっぱいに声を張り上げた。
『オレもいいと思う!もう、誰の顔色も気にしなくて良いんだからな』
ティアはにっこり微笑み、静かに頷いた。
『そう、アメリアが決めたなら、それでいいんじゃない?』
シルフィーも嬉しそうに手を叩きながら続けた。
『うんうん。フィーたちは、アメリアについてくよぉ!』
ユグルも納得したように目を細め、穏やかに言葉を添える。
『……そうだね。無理せず、自分のペースでやればいい』
そして、イグニは少し大きめに声を張り上げた。
『アメリアはもう自由なんだ!だから、これからは好きなことをして、好きなとこに行こうぜ!』
その言葉は、まるで祝福の鐘のように私の胸に響いた。
私は思わず笑みを浮かべ、頷く。
まだ見ぬ土地、まだ出会っていない人々、そして未知なる魔物。
どんな困難が待っていようとも、この仲間たちとなら乗り越えられる。
「そうだね、次はどこに行こうか。
ねえ、皆。……一緒に来てくれる?」
わたしが呟くと、精霊たちが一斉に笑顔を浮かべる。
それはまるで、『どこへだって一緒に行くよ』と言ってくれているみたいだった。
小さな仲間たちと共に歩む未来は、まだまだ広がっている――希望に満ちた新しい一歩だった。
完結しました!ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました!
この話しを面白いと思っていただけたら、
☆マークから評価・お気に入り登録をしていただけると嬉しいです!
また、本編は終わりますが、お話はもう少し続きます。
只今、イグニとの出会いから~アメリアが聖女になるまでのエピソードを執筆中です。ぜひ、番外編も読んでくださいね。
そして需要があれば続編も書きたいと考えています。もし宜しければ、応援よろしくお願いします。




