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29話 忍び寄る影

「ちょっといいかな。……少し、話したいことがあるんだ」


「え? 話?」


「うん、今じゃないと……いや、あんまり大ごとじゃないんだけど、他の奴らには聞かれたくなくてさ。食べ終わってたら、ちょっとだけ付き合ってくれない?」


言葉は丁寧だった。表情も穏やかで、真剣そうにすら見える。

私は一瞬迷ったが、打ち上げの雰囲気もあって、警戒心よりも好奇心のほうが勝ってしまった。

それに一人ではない、そばにイグニもいる。


「……分かりました。少しだけなら」


レオは小さく笑うと、「ありがと。こっちだ」と言って、焚き火の輪から少し外れた、岩場のほうへ歩いていく。わたしは酔っぱらったティアを残して、後をついていった。


岩場の影を抜けたところに、小さな砂地の空き地があった。

人気はなく、打ち上げの喧騒は遠く、潮騒の音だけが耳に残る。レオの背中がそこで立ち止まり、わたしも数歩後ろで足を止めた。


「で、話って何ですか?」


「……国に戻ってもらおうか、偽の聖女さん」


その言葉と同時に、レオの纏う空気が一変した。

つい先ほどまで柔和に笑っていたはずの顔が、無機質なもの変わる。

ここは隣国、しかも辺境の町。わたしにその汚名を着せたのは王国のものだ。それなのに、知っているだなんて……


「……あなた、何者?」


問い返す間もなく、周囲の岩陰や木の影から、一人、いや二人……黒ずくめの男たちが現れる。

全身を黒で覆い、顔の下半分を布で隠している。露出した目元は鋭く光り、獣のような緊張感を放っていた。どの男も武器らしきものを隠し持っているのが一目で分かる。みんな、冒険者の装備とは明らかに違った。


さっと頭が冷える。

打ち上げのあの空気に、すっかり油断していた。まさか、討伐に同行していた仲間に裏切られるなんて。

……いや、はじめから狙いはわたしだった?


「“陰”って名を聞いたことあるか?」


聞き慣れない響きに眉をひそめると、レオの口元がわずかに歪んだ。


“陰”――王国において、政治の裏で動く影の勢力。権力者にとって邪魔な存在を闇に葬る、表には決して出ない汚れ仕事を請け負う集団、という噂を聞いたことがあった。


「どうしてだか、元・聖女のあんたを今更“回収”するように依頼されててな。さあ、一緒に来てもらおうか」


ぞくり――背筋を冷たい汗がつたう。

だが、慌てることはなかった。

男たちが一斉に腰を落とし、構えを取るのを見て、私もまた呼吸を整えて身を構える。


1対3?それがどうした。

盗賊団を壊滅させ、夜の森の主を討ち、そしてクラーケンさえも打ち倒した。その経験が確かな自信になって、わたしを支えている。


「お生憎様。追放された国に戻るつもりは、これっぽちもはないよ」


言い放った瞬間、空気が冷たく張り詰めた。

黒ずくめたちの足元の白砂が、踏みしめられるたびにささやくようにざざ、と鳴った。

次の瞬間――


「――そうか、残念だ」


背後から金属が擦れるような微かな音がした。


「っ――!」


振り返ろうとした、その一瞬の隙。

ぴしりと、冷たい感触が首筋に走った。


――しまった……!


目の前の三人にばかり気を取られていた。この程度の相手なら問題ないと、高をくくっていた自分の甘さに背筋が凍る。

目の前の男たちとは別に、待機していた者がいたのだ。

気配すら感じさせずに背後に忍び寄り、油断していたわたしの隙を突いた。

完全に、背後を取られていた。


喉元に手をやると、そこには冷たい金属の輪。まるでチョーカーのように見えるが、ぴったりと肌に密着していて、外そうとしてもびくともしない。


「な……に、これ……」


男たちと距離を取ろうと動いたが、脚がふらつく。魔力の流れが重りを引きずるように鈍く、全身を鉛で固められたみたいに重かった。


「その首輪は古代の道具らしい。なんでも、あんたみたいな不可思議な力を持ったヤツを捕まえるためにあるらしくてな」


にやりと男が口元を歪める。歯の隙間からのぞいた金の犬歯が、薄暗い光を反射していやにぎらついて見えた。


「魔法も妙な力も、今のあんたにはもう使えない。ま、せいぜいおとなしくしてるんだな」


そう言って、別の男が乱暴にわたしの腕を掴む。


「っ……!」


振り払おうとしても、魔力が使えない身体は思うように動いてくれなかった。


「さ、行くぞ。ご依頼人様は、あんたの“引き渡し”をずっと待ってる」


そう言って、男たちはわたしを囲んだまま、この場から立ち去ろうとする。


『アメリアから手を離せ~!』


イグニが真っ赤に顔を膨らませ、火の粉を撒き散らしながら突進する。燃え盛る焔が男たちに襲いかかると、驚愕の声が上がった。


「な、なんだ!? 魔力は封じたはずなのに、火を使いやがって!」


「くそっ、何処からだっ!?」


水の魔法が放たれ、イグニの小さな体に直撃する。ぱちぱちと火花が散り、炎は一気にしぼんだ。


「駄目、きっとイグニではこの人達には敵わない。他の精霊たち……に助けを呼んで……!」


必死に声を上げた瞬間、背後から首をがっちりと締め上げられた。


「妙な力を使うな!」


喉を押し潰すような圧迫に、息ができない。世界がぐらりと傾き、意識は一気に闇に飲み込まれていった。


……わたしの視界は、そこで完全にブラックアウトした。


明日も同じ時間に更新予定!

よろしくお願いします

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― 新着の感想 ―
影としては三流もいいとこだな まあ、王家が王家だからこんな程度の質なのかもしれないけども
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