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24話 VSマーマン

海を切り裂くように進む船。

その甲板から見渡す沖合で、水面が不自然に泡立ち、海底から何かが這い上がってくるように大きな渦を描き始めた。


「敵だ……!構えろっ!」


ディーンが鋭く声を上げ、剣に手をかけた瞬間、海面が爆ぜるように割れる。

現れたのは、鱗に覆われた青緑色の肌、鋭い爪に裂けた口。

人型をしてはいるが、まるで魚と人間が混ざり合ったような、異様な姿……半魚人の魔物、マーマンたちだった。


「マーマンだっ。敵は十、数体以上……っ!みんな、気を付けて!」


ジェシカの叫びと同時に、心臓が大きく跳ねる。

数の多さに、足がすくみそうになる。けれど怯えている暇はない。


マーマンたちは一斉に長槍を構え、水中から甲板めがけて投げ放った。


「っ、来るぞ!盾を構えろ!」


ディーンの指示に、前衛たちが大盾を並べて壁を作る。

ガンッ!と鈍い衝撃音が響き、幾本もの槍が木の盾を貫かんばかりに突き立ち、船体ごと軋ませた。


身体がすくみ、背筋を冷たい汗がつたう。もし盾がなければ、いま頃わたしたちの身体が貫かれていたはずだ。


「後衛、反撃してくれ!アメリア、援護頼む!」


「了解っ!」


ディーンの声に、わたしは素早く詠唱に入った。


「《アクアバレット》!」


水の弾丸が次々と魔物たちに向けて放たれ、魔物たちの群れに炸裂する。

その隙を縫って、ジェシカが弓を構えた。


「急所は目と喉元……そこだっ!」


風を裂いた矢が一直線に飛び、海面から顔を出したマーマンの喉元を貫く。断末魔を上げることすら出来ず、そいつは血の泡を吐きながら海中へ沈んでいった。


けれど、安堵する暇などない。その間にも次々とマーマンが湧き出し、うねる波を蹴って船体に突進してくる。

鋭い爪を甲板にかけ、よじ登ろうとする姿がぞっとするほど生々しい。数は減るどころか、膨れ上がっていくようにすら見えた。


「前衛、押し返せ!一匹たりとも上げるな!」


ディーンが叫び、大剣を振り抜いた。


「はああああっ!!」


剣閃が閃き、跳びかかってきたマーマンの頭部を真っ二つに断つ。血混じりの泡が破裂し、甲板に飛沫が散った。

他の前衛たちも声を上げながら応戦し、船に這い上がろうとする魔物を片っ端から叩き落とす。


「数が多すぎる……アメリア、範囲攻撃はできるか!?」


「できるけど……魔力を多く使うから、援護お願い!」


「任せろ!」


わたしは両手を前へ突き出し、全身の魔力を指先へと収束させる。

同時に、海と空からも魔力をかき集めて練り上げていく。

風すらざわめき、空気そのものが張り詰めていった。


「《アクアランス》!」


水がうねり、鋭く尖った槍の形を取って空中に次々と浮かび上がる。

光を反射して煌めく槍は、渦を巻きながら一直線に飛翔し、甲板へと迫るマーマンたちの身体を狙い撃った。


「ぐぎゃっ!」


数体のマーマンが、水の槍に貫かれ、悲鳴をあげる間もなく海中へ沈む。


「よし、この調子…!」


だが、油断は許されない。海中の別のマーマンが、水面下から再び槍を構えた。

それをいち早く察知したジェシカが、弓をすばやく構える。


「アメリア、伏せて! ――《連射・風矢》!」


風の魔力をまとった三本の矢が一斉に放たれ、飛んできた槍と交差して空中で弾き落とす。

なおも勢いを失わぬ矢は、そのまま突き進み、マーマンの胸元を正確に射抜いた。


「ジェシカ、ありがとっ!」


「アメリアこそ、ナイスアシスタント!」


互いに短く言葉を交わす間にも、戦況は一瞬たりとも緩まない。

海面はなおも泡立ち、マーマンたちが船を囲むように旋回している。


「なら、最後の一撃で終わらせる!」


わたしは深く息を吸い、胸の奥で決意を固める。

空気中から魔素がざわめき立ち、潮風そのものを巻き込むように、指先へと渦を描いて収束していく。


ティア、力を貸して――!


心の呼びかけに応えるように、ティアがふわりと舞い降り、わたしの肩に止まった。水の精霊の力が、確かにわたしの魔力に重なってゆく。


「《ハイドロブラスト》!」


轟音とともに、腕の先から凄まじい水圧が解き放たれた。

怒涛の水が海面を薙ぎ払い、船を囲んでいたマーマンたちをそのままを呑み込む。


「うおおおおっ!」


冒険者たちから、歓声ともどよめきともつかぬ声があがった。

その間に、ディーンたち前衛が、甲板に残るマーマンを次々となぎ倒していく。


……やがて訪れる静寂。

もう、海面を破って浮上してくる魔物の姿はなかった。


「……すべて倒し切ったのか、したのか?」


誰ともなく呟き、安堵のため息が漏れる。


「はぁ……なんとか無事にやっつけられたんだ」


胸の奥に詰まっていた緊張がどっとほどけ、わたしの肩が小さく震えた。

その背を、ぽん、と軽やかな音と共にジェシカが叩く。


「やったね、アメリア!」


振り返ると、彼女の笑顔が太陽の光を受けて眩しく輝いていた。


「すごかったよ、アメリアの魔法!マーマンを倒せたのも、アメリアのお陰だよ!」


「ううん……ジェシカこそ、魔物の投げ槍ををあんなに軽くはじき返すなんて、格好良かったよ!」


「へへっ、みんなで力を合わせお陰だね!」


決して楽な戦闘ではなかったけど、他に仲間のいる戦闘は安心感がすごかった。

青く晴れた空の下、討伐隊の冒険者たちは互いに健闘を称え合った。

みんな、どこか誇らしげだった。


しかし、喜びは長くは続かなかった。


ドンッッッ!!!


――大きな衝撃を受けて船体は激しく揺れた。


何が起こったのか分からないまま、冒険者たちの慌てふためく声と、船体を揺さぶる轟音と衝撃に、わたしは慌てる。


「な、なに!?なにが起きたの」


先程の衝突は何かに船がぶつかったようだった。

けれど、マーマンたちはすでに倒したはず。では、何が船を攻撃しているというのか。

思考が追いつくより早く、再び激しい衝撃が船を揺さぶり、頭上から大量の海水が滝のように降り注いだ。

視界を覆う重たい水しぶきに怯んでると、またもや船体が軋み、悲鳴をあげる。


わたしは、その正体を見極めようと甲板から身を乗り出した。海を覗き込むと、船底をかすめるようにして、巨大な影が通り過ぎていった。


「……っ!?」


息が止まる。

その影は、大きいと感じたわたしが乗っている船と同じほど大きさ……いや、それ以上に見えた。


「下になにか、いる―――!?」


今日からまた1日1回更新します。

応援よろしくお願いします。

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