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21話 港町フレーネル

街の門をくぐった瞬間、潮の香りが鼻孔をくすぐった。

塩気を含んだ風が頬を撫で、遠くから波の音がかすかに聞こえてくる。


「おお、海だぁ……!」


やってきました、港町フレーネル!

雲行きが怪しかった辺境を、わたしは早々に離れた。相乗り馬車を乗り継ぎ、風に髪をなびなせがなら辿り着いたのがこの街。

眼前に広がるのは、果てしなく青い海。そしてその海を背景に、白壁の家々が並び立ち、陽光を浴びてまばゆいほどに輝いている。

白い壁と海の青の鮮やかなコントラストが、思わず息を呑むほどの美しさだった。


「綺麗な街だなあ……」


感嘆の声が、自然に口から漏れた。

しっかし海なんて、何年振りだろう。前世で修学旅行で行ったきりだから十数年振り!?

高鳴る胸を抑えながら、わたしは意気揚々とこの街の名物と呼ばれる市場へ向かった。


今日の目的はただ一つ!新鮮な魚介をたっぷり味わうこと!

……だったのに。


「え……?」


目の前に広がっていたのは、想像していた賑わいとはまるで違う、閑散とした市場の光景だった。店先には品物がほとんど並んでおらず、通りをある人影もまばら。

焼き魚の香ばしい匂いもなければ、威勢のいい呼び声も聞こえない。どこか、ひどくしんと静まり返っている。


「な、なんで……?わたしのイカは?エビは?サカナは?」


呆然と立ち尽くすわたしに、通りすがりの漁師が声を掛けてくれた。


「……あんた、旅の人かい?」


「はい!市場が静かすぎて、びっくりしちゃって……」


漁師はため息交じりに頭を搔いた。


「それもそのはずさ。沖合に魔物が出たせいで漁に出られねえのよ。でっけぇやつでな……船で近づくことすらできねぇって話だ」


「魔物……ですか?」


「おう、瘴気も漂ってるって噂でよ。魔物退治が済むまでは、魚もほとんど揚がらねえ。市場もこの有様ってわけだ」


がくり、と肩が落ちる。

魚介のごちそうを楽しみにしてた胃袋が、しょんぼりと縮こまるのが分かる。


「そ、そんな……。久しぶりに海鮮が食べられると思ったのに~」


「まあまあ、これは本格的にまずいんじゃねえかって、領主様が冒険者を募ってる最中だ。もう暫くの辛抱さ」


励ますように笑う漁師の言葉に、わたしはしぶしぶ頷いた。


「冒険者を募集中かあ……」


わたしはその足で、とぼとぼと冒険者ギルドへ向かった。海産物への未練を引きずりながら。

やがて立派な木造の建物を見つける。入口の上には看板が掲げられており、《冒険者ギルド フレーネル支部》の文字が刻まれていた。


重たい扉を押して開けると、中からざわめきが漏れてきた。

朝だというのに多くの人がいた。ごつい体つきの戦士、ローブ姿の魔法使い、気怠けな弓使いの青年など、いかにも冒険者といった人々がそこかしこにいる。


わたしが中に入ると、何人かの視線がこちらに向けられた。

その中から、ひとりの冒険者がまっすぐに歩み出てくる。

わたしとそう年の違わないだろう。陽光をすくい上げたように明るい金髪は軽やかに揺れ、海の色を思わせる澄んだ青い瞳がきらきらと輝いている。

しなやかに引き締まった手足と、弾むような足取り。今にも地面を蹴って駆け出していきそうな、活発な少女だった。


「やっほー!はじめて見る顔だね。冒険者ギルトにはどんな用事?」


にかっと笑って、彼女は片手を高くあげてみせる。あまりにも自然で、まるで旧知の友人に声をかけるような調子だった。


「魔物退治を募集してるって聞いて……それで、来てみたの」


「へえ、君も冒険者なんだね?うーん、失礼かもだけど、腕力があるようには見えないし……もしかして、回復職?それとも、魔法使い?」


「あっ、うん……魔法使い、だよ」


そう答えると、少女の目が輝いた。


「攻撃魔法は使える!?」


「い、一応……」


「良かったー!ぜひ、討伐に参加してよ!海の魔物だから、どうしても近接戦闘よりも、遠距離からの攻撃ができる人が欲しくて……!」


少女はわたしの手をがしっと握りしめ、大きく頷いた。


「あたし、ジェシカ!このギルドに所属してて、今回の魔物討伐にも参加するんだ!」


「アメリアです。えっと……急に誘われて、ちょっとびっくりしてるんだけど……」


「あっ、ごめんごめん!でも、本当に魔法使いが必要でさ。もちろん、魔法使いはあたしたちがちゃんと守るから安心してね!」


ジェシカは苦笑しながら、カウンターの掲示板を指差した。

そこには“緊急依頼”の赤い札が貼られていた。


【緊急依頼】

《魔物の群れの討伐》

場所:フレーネル沖合

報酬:金貨2枚+功績に応じて追加支給

備考:高い瘴気反応あり。魔法使いなど後衛職を優遇


「どう?報酬は悪くないし、街の人たちも困ってるし……お願い!協力してくれる?」


そんなふうに頼まれて、断る理由なんてなかった。


「……うん。わたしで良ければ、力になるよ」


「やったー!ありがとう、アメリア!」


ジェシカは嬉しそうに手を打ち鳴らした。するとギルドの奥にいた何人かの冒険者たちもこちらに注目し、拍手を送ってくれる。


「おい、ジェシカ!勝手に先走ってるんじゃねえ」


慌てたように、ひとりの冒険者が小走りで駆け寄ってきた。ごつめの革鎧に、長身の体躯。その背には、大人でも両手で抱えるほどの大剣を背負っている。


「だって、魔法使いの冒険者が来てくれたんだもん!ほら、討伐メンバー足りてないじゃん!」


ジェシカが得意げに言うと、青年はわたしをちらりと見降ろした。


「あんた、魔法使いなのか」


落ち着いた口調だったが、その視線はわたしを値踏みしているようだった。


「おっと、挨拶が遅れたな。オレはディーン。こいつと同じパーティで、今回の魔物討伐パーティの臨時リーダーを任されてるんだ」


ディーンはわずかに表情を緩めて、口元だけで微笑んだ。


「……アメリアです。よろしくお願いします」


わたしも微笑み返す。


「もし良かったら、ギルドの食堂で飯でも一緒にどうだ?」


「ちょっと、リーダー?それってナンパ?」


「おい、止めろ。魔法の腕を確認したいだけだ。ああ、信用してないわけじゃないんだが、今回の依頼は危険が伴う。だから、一応な」


「ああ……」


わたしの見た目だけでは実力が分からないというのも、無理はない。少なくとも熟練の魔法使いには見えないだろう。

わたしは小さく頷いた。


「分かりました。それなら、ご一緒させてもらいます」


「よし、決まり!」


ジェシカがぱっと笑って、わたしの手を取る。


「さあ、アメリア!こっち、こっち!」


「えっ、ちょっと待って…!」


勢いよく引っ張られて、わたしはギルドの奥へと連れていかれた。


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