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16話 ピクニックⅡ

『とっておきのばしょ、おしえてあげる。きっと、ピクニックしたらたのしいとおもう!』


わたしたちは頷き合い、連れ立って森の小径を歩き始めた。

鳥のさえずりに混じって、木の葉がすれあう音が耳に届く。風が木々の間を抜けるたび、葉の隙間から陽光がちらちらと差し込み、精霊たちは光に反射してきらめいた。


『あっちあっちーおがわのほとりだよー』


歩き始めて三十分ほど経ったころ、木立の向こうから水音が一際大きく響いてきた。

やがて視界がぱっと開け、小川が一メートルほどの高さから小さな滝となって落ちる光景が広がった。水は淵でゆるやかに渦を描き、その周りには苔むした岩と柔らかな草地が広がっている。


「わぁ……!」


目の前に広がる光景に思わず声を上げる。空気はひんやりとして心地いい。

淵のすぐそばには大きく枝を広げた木があり、木陰は日差しを柔らかく和らげていた。


「うん。ピクニックするのに、ぴったりだね。早速だけど遅めの朝食にしよっか」


その木陰に敷物を広げ、かごをその上に置く。シルフィーとイグニが「やった!」と弾むように舞い上がり、待ちきれない様子でかごのなかを覗き込んでいる。


わたしは敷物の上に腰を下ろし、かごから包みを一つずつ取り出す。布をほどくと、甘いジャムの香り、焼き卵の香ばしさ、そして野菜の瑞々しい香りがふわりと広がった。


「どれから食べる?」


問いかけると、シルフィーがぴょんと手を挙げる。


『たまご!たまごのサンドイッチ!』


『私はシャキシャキしたやつがいいわ』


ティアはレタスのサンドイッチを指差した。

それぞれに小さく切り分けて手渡す。


「はい、イグニとユグルも」


『サンキュー!』『ありがとう』


みんなそろって、サンドイッチにかぶりついた。


『んーっ!おいしっ!ふわふわ~!』


シルフィーは待望のタマゴサンドを頬いっぱいに詰め込んで大喜びだ。

口をもごもご動かす姿は、まるで木の実をため込む小動物のようで、見ているだけで頬が緩む。

その姿につられるように、わたしもサンドイッチに齧りついた。


甘酸っぱいジャムがじゅわっと舌に広がり、焼き立てのパンの柔らかな甘みと重なる。

それだけで、胸の奥までじんわりと満たされていくようだった。


「……おいしい……!」


思わず漏れ出た言葉と、精霊たちがにこにこと笑い返す。イグニも大きな口を開けてパンにかぶりついていた。あまりに夢中になりすぎて、口の周りは木苺のジャムで真っ赤だった。


「こうしてみんなで食べると、いつものパンも何倍もおいしく感じるね」


本当にそうだと思った。ひとりで食べるのと違って、笑い声や話し声が重なり合うと、不思議なほど味も温かさも増す気がした。

教会で口にしていた冷たい食事とはまるで別物だった。


精霊と冒険をして、こうして辺境の森でスローライフを楽しむ。

ただそれだけの、なんてことない日常。けれど――。

精霊たちと過ごすこの時間は、宝物のようにきらきらと輝いていた。


「はぁー、お腹いっぱい!」


『だな!』


お腹を満たしたあと、しばらく敷物の上でごろりと寝転び、木陰の風を楽しんだ。

滝のしぶきがきらきらと舞い、陽光を受けて虹を描いている。見ているだけで胸がすうっと軽くなっていくようだった。


相変わらず森の奥には魔物が潜んでるのだろう。けれど、瘴気が晴れたことで数は減り、この場所もやがては地元の人々も訪れられる憩いの場になるかもしれない。そんな考えがふと過った。


『ねえねえ!おみず、きもちよさそうだよ!』


シルフィーが淵の水面を指差し、ぷるぷると身体を震わせる。


「よーし、遊んじゃおうか」


わたしが声をかけると、シルフィーは「わあい!」と弾むように舞い上がった。

そのままシルフィーはまっさきに飛び込んだ。大きな音を立てて水面を割り、ばしゃばしゃと泳いぎはじめる。


『ほら、みてみて~!」


泳いでいるかと思えば、今度は水面すれすれを滑るように飛んでいる。小さな波を立てて、光を反射した飛沫が宝石のようにきらめき、彼女の笑い声が響く。


ティアは足だけ水に浸し、シルフィーのはしゃぎぶりに肩をすくめた。手をかざして水の流れを操って、小さな噴水のように水柱が立たせると、シルフィーが「わぁ!」と歓声をあげながらその中を舞い抜けた。


思い思い水遊びを楽しむふたりに対して、イグニだけは石の上に腰を下ろして腕を組み、退屈そうに眺めている。


『……つまんねー。オレ、水のなかに入れねえし』


火の精霊にとって、水遊びはどうにも居心地が悪いようだ。

確かに無理に飛び込めば、炎がしゅうっと萎んでしまいそうだ。楽しそうな声を耳にしながらも、仲間たちの輪に加わる気にはなれず、不満げに足をぶらぶらさせていた。

そんなイグニを見て、ティアがふっと悪戯っぽく笑う。


『ねえ、イグニ。ちょっとくらいなら、浴びても大丈夫でしょ?』


そう言いながら、手に集めた水をひょいと持ち上げ、掛けるふりをしてみせた。


『やめろって!』


イグニが慌てて立ち上がる。ばちばちと火花を散らし、ティアと睨み合った。


『あら、冗談よ』


『も、もし、オレが消えちまったら、冗談じゃすまないんだぞ!』


『ふふ、やだ。意外と怖がりなのね』


『ぬぐぐ……!』


二人の小さな口喧嘩に、シルフィーがきゃははと笑い転げ、ユグルは少し離れた草地で『また始まった……』とでも言いたげに、のんびりと腰を下ろして見守っている。


その様子に、わたしもつい苦笑する。

ブーツを脱いで、水に足を入れると、ひやりとした感触が肌を刺す。だがすぐに、冷たさは心地よい刺激へと変わっていった。

シルフィーやティアと水を掛け合えば、飛び散るしぶき。みんなの笑い声が森にこだましていった。

明日は変わらず、12:10に更新予定!

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