12話 辺境の森でスローライフⅢ
午後は森の奥に向かった。野草を摘み、小さな果実の収穫をするためだ。
シルフィーとイグニはわたしの肩や頭の上に乗り、『右!』『そこそこ!』と自由奔放に指示を飛ばしてくる。その間にも、ティアとユグルは空を飛びながら、魔物の気配がないか周囲の気配を探ってくれていた。
『それ!それがレモンみたいな香りのする葉っぱ!』
イグニが勢いよく叫んだので、わたしは指差す方向を見て、その葉を摘んでみる。
「……これ?うーん、でもちょっと違う気がするなぁ」
イグニがその葉に鼻先に寄せてくんくんと嗅ごうとした瞬間――
『ちがーう!それは、くっさいやつ!』
『うげっ!むせる~~!!』
シルフィーの指摘に、イグニがぶるぶると震えながらわたしの肩からぴょんと飛び跳ねる。
イグニの叫びに思わず笑って、葉っぱを元あった場所にそっと戻した。
しばらく歩いていると、木の高い枝のあいだから、真っ赤に色づいた果実が目に入った。陽を浴びたその皮はつやつやとしていて、見ているだけで喉が鳴りそうになる。
思わず、背伸びして枝先へと手を伸ばす。指先がかすかに触れ、ぐっと力を込めると、ぷちりと小気味よい音を立てて果実が枝から外れた。
手のひらに収まったそれは、ほんのり甘い香りを漂わせている。
「んーおいし!」
かじりつくと、皮がぱりんと割れて、みずみずしい果汁がじゅわっと口いっぱいに広がった。
『ほら、それ。ジャムにできそうよ』
ティアが耳元に寄ってきて、すっと小枝の先を指差した。
その視線を追うと、木陰の茂みに、赤い宝石のように色づいた木苺がひっそりと群れている。
「わぁ、すごい……! 明日の朝、パンにつけて食べようね」
わたしは両手で木苺を大事に摘み取って籠に入れていく。
『食いしん坊のアメリアに、それまで我慢できるのかー?』とからかうようにイグニが笑った。
「そんな意地悪ばっか言うとイグニは朝食抜きなんだから!」
『ええ~!ちょっとしたジョーダンだろ!アメリアのけち!』
くだらないやりとりに笑い声を響かせながら、みんなで草をかき分けて進んでいくと、がさり、と茂みが揺れた。
突然――、牙を剥いた狼の魔物が飛び出してきた。
「――っ!」
息を呑み、身を引いたその瞬間、足元の土がぐんと盛り上がり、壁のように立ち上がる。
魔物はその土壁にぶつかり、弾かれた勢いでよろめいた。
それでもなお、低く唸り声をあげながら、こちらへ向かって突進してくる。
だが間髪入れず、魔物の足元の土がせり上がり、がつん、と顎を打ち抜いた。
「ギャッ!」という悲鳴とともに、狼は体勢を崩し、そのまま森の奥へと逃げ去っていった。
『ふぅ……危なかったね。アメリア、ケガはない?』
「う、うん!ありがとう、ユグル!」
思わぬ襲撃だったけれど、ユグルが咄嗟に撃退してくれた。
まだちょっと心臓の鼓動が早いのを感じながら、再び歩みを進める。
しばらくすると、一本の大樹の根元で、なにかが視界の端に引っかかった。すこし屈んで近くから観察してみると、それは木の枝、枯れ葉、羽毛などを集めて作られた巣だった。
「……あっ、卵だ。バジリスクかな?」
ぱっと見はコカトリスのものかと思ったけれど、よく見ると違うと違う。これはバジリスクの巣だ。
どうして分かったのかというと、卵の形に違いがある。
コカトリスの卵は、大きさを除けば鶏の卵とほとんど変わらない。けれど、バジリスクの卵は細長くて、殻がやわらかいのだ。
以前、ユグルが教えてくれたことがある。バジリスクは見た目こそ大きな鶏のようだが、なんと尻尾の蛇のほう本体なのだと。蛇の卵も、ちょうどこんな形をしているらしい。
ちなみに味は鶏の卵とほとんど変わらない。少しだけ濃厚な感じがするくらいで、炒っても茹でても美味しい。
「いくつか失敬しちゃおっ。……ふふ、大漁大漁〜♪」
たくさんの収穫を抱えて小屋に戻ると、わたしはすぐさま夕飯の支度に取りかかった。
「さて、今日の献立は……コカトリスの骨付きもも肉の香草焼きだよ!」
『やったー!肉だー!』
この旅で知ったのだけど、イグニは肉が好物だったみたい。『肉肉〜♪』と歌い出すように喜んでいる。
「まずは、石かまどの中を温めて……っと」
乾いた薪を数本、石かまどの奥へくべる。イグニが吐息を吹きかければ、ほどなくして赤い炎が薪に移り、勢いよく燃え広がっていった。かまどの中はゆっくりと熱を帯び、やがて空気ごとじんわりと温まっていく。
その間に、骨付きのもも肉を取り出す。表面には塩胡椒を振りかけ、掌で押し込むようにすり込みながら馴染ませる。
鉄板の表面には植物油を塗って、ズッキーニの輪切りを並べ、下味をつけたもも肉をかぶせる様に置いた。
『おにくの上にはっぱをのせるの、まかせてー!』
さらにその上に、シルフィーがローズマリーなどの香草を散らしていく。
「そうそう、上手じょーず。それじゃあ、焼いてくねー」
鉄板を両手で持ち、熱を帯びたかまどの中へ慎重に運び入れる。その前に石を置いてしっかりと蓋をして、あとは待つだけ。
『お、いい匂いしてきた!もう食べてもいいか?な、いいだろ?』
イグニが石かまどに顔を突っ込みそうになって、慌ててわたしは手で制した。
「まだだってば!中まで火が通らないと危ないでしょう?」
わたしが冷静にたしなめると、イグニは頬を膨らませる。
『ちぇ~……待つの苦手なんだよ』
それを見て、ティアがくすっと笑う。
『ほーんと、イグニは子供みたいよね』
『なにお~!ティアだって本当はすぐに食べたいくせに!』
イグニが跳ね起きて睨むと、ティアは肩をすくめて目を細めた。
『あら、イグニみたいなお子ちゃまと一緒にしないでほしいわね』
言い合いが始まりそうになったところで、ユグルが『落ち着け。しょうもないことで言い争うなよ……』と仲裁していた。
『しょうもないことだとぉ!』『ですって!?』
……なんだかヒートアップしている気がするけど。
そんな空気のなか、シルフィーがふわりと、すぐそばに降りてきた。
『ねえ、ねえ、アメリア~。あのバジリスクのたまごもパンにはさんで食べよ?』
「また、サンドイッチ?」アメリアは思わず肩をすくめる。
『だって……だぁいすきなんだもん!』
シルフィーは胸の前で両手を広げて、好きの大きさを体いっぱいで表す。
「ほんと、気に入ったんだね。いいよ、明日の朝食はサンドイッチにしよっか」
『あのね、あのね、ジャムのサンドイッチもね、おねがい!』
「わかった、わかった、明日はサンドイッチパーティーだ」
『わあーい!』
シルフィーは両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、にこーっと無邪気に笑った。
その笑顔に、わたしまで嬉しくなる。
しばらく待つと、石がまどの中からぱちぱちと脂が弾ける音が聞こえてきた。
蓋を開けると、香草の香りと肉の焼ける匂いがふわっとあふれ出し、精霊たちが一斉に顔を輝かせる。
『おお~!いい匂いだな、うまそー!!』
『早く食べましょう!』
イグニは待ちきれず、飛び跳ねながら皿を並べはじめ、ティアは涼しい顔をしつつも視線が肉に釘付けだ。
焼きあがった骨付き肉を鉄板ごと取り出し、切り分けて皿に盛りつける。ジューシーな肉汁があふれ出し、ズッキーニや香草に染み込んでいく。
その湯気だけで、胃の奥がきゅうっと鳴った。
「はーい、できたよ。それじゃあ……みんなで、いただきます!」
『いただきまーす!』
皆で声をそろえ、熱々の肉にかぶりつく。
外は香ばしく、中は柔らかくて肉汁が口いっぱいに広がり、思わず「ん~っ」と声が漏れてしまった。
精霊たちも思い思いに頬張りながら、『おいしい!』と叫んでいる。
賑やかな食卓は、笑い声と香ばしい匂いで包まれていった。
やがて片付けが終わるころには、辺りはすっかり暗くなっていた。
小屋に戻り、わたしもベッドに寝転ぶ。大の字になってくつろいでいる私の枕元に、シルフィーがやってきてこっそり囁いた。まるで秘密の話を教えるように。
『あのね、あのね。このまえお散歩してたら、ピクニックにぴったりのばしょ見つけたの!』
「ほんと?それなら、サンドイッチはそこで食べようか」
『うん!いい?』
「もちろん!明日、晴れてたらピクニックに行こう」
そう答えると、シルフィーは安心したように小さくあくびをして、ぽすんと丸くなった。
その姿を見て、わたしも思わず微笑む。
こうして一日が静かに終わっていった。




