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11話 辺境の森でスローライフⅡ

「さーて、お次は……」


乾いたシーツを取り込んでいると、ティアがちょこんと肩にとまって言った。


『畑に行きましょう?ラディッシュの芽が出てたわ』


「ほんとに?うれしいなぁ!」


抱えたシーツや洗濯物を腕いっぱいにして家の中へ運び入れたあと、小屋の裏手へと足を向ける。

精霊たちは、わたしの肩にちょこんと腰かけたり、ふわふわと宙を泳いだりしながら、まるで付き添いのように並んでついてくる。


小屋の裏に広がるのは、手作りの小さな畑。ユグルに手伝ってもらい、自分たちで耕した。

ラディッシュにトマト、ローズマリーやタイムなどの香草、そして彩りを添える野花たちが、柔らかな陽光の下で風に揺れている。


しゃがみこんで膝をつき、両手でそっと土をすくう。

朝露をまだ含んだ土はしっとりと柔らかく、ひんやりとした感触が指の腹に心地よく伝わってくる。「ご飯だよ~」という掛け声と共に、砕いた卵の殻を土の中に混ぜ込んだ。


「おはよう、みんな。今日も元気に育ってるね」


そっと芽の根元に指をあてて状態を確認し、隣に生えていた小さな雑草を丁寧に抜いていく。

芽吹いたばかりのラディッシュの葉は、ほんのり赤みがかっていて、頼りなげながらもぐんぐん上へ向かって伸びようとしているのがわかる。


「すくすく育って、おいしいごはんになろうね~」


魔法を使って、野菜たちに水やりをする。シャワーのように、広範囲に満遍なく水を降らせた。

土魔法で畑を耕し、魔力をたっぷり含んだ水で育てた野菜は、恐ろしいほど成長が早い。種まきから収穫まで通常なら4か月かかるところを一週間で実がなった。種を撒いたら、次の日には芽が出ている。

ほんっと、魔法って便利~。怖くなるくらい。


『この間、オレが種を撒いた奴、立派な実がなった! えっへん!』


『ちがうよぉ、まいたのはフィーだよ?イグニは途中で実なってたの、食べてた!』


『そ、それは……味見だよ!ちゃんと責任持って味の確認しただけだしっ!』


精霊たちのやりとりにくすくすと笑いをこぼす。

わたしは、赤く熟れたトマトをそっと摘んだ。ぷっくりと張りのある果皮がつやつやと照り返し、指の間からほんのり甘い香りが漂ってくる。


「……うん、おいしそう」


すこし先に伸びたズッキーニの蔓もぐっと引き寄せ、実の重みでしなった茎の根元から、太く育った一本を収穫する。

手に伝わるその確かな重さと、採れたてのみずみずしさ。これこそが、畑仕事の醍醐味だ。


「スローライフ……って言うのかな。こういう穏やかな生活、嫌いじゃないなぁ」


土の香りを胸いっぱいに吸い込み、目を細めた――その瞬間。

空気が、すっと張りつめた。


「ん?」


わたしが手にしていたバスケットに影が落ちた。見上げると、そこには――


「……っ!」


巨大な魔物が、唸り声をあげながらわたしに覆いかぶさるように迫っていた。


「きゃっ!」


驚きで尻もちをついた瞬間、魔物が襲い掛かってくる――が、その体は見えない壁に弾かれ、ぐらりとよろめいた。


『《アクアカッター》!』


ティアの鋭い声とともに、水が刃となって放たれた。水の魔法が、一瞬で魔物の首を両断した。


『アメリア、大丈夫?怪我はないわね?』


「あ、ありがとう……びっくりしただけで、大丈夫」


小屋の周りには結界が張ってあり、どんなに凶暴な魔物でも入ってはこれないから油断していた。助かったのは結界のおかげ――そう思うと同時に、背筋にひやりと冷たいものが走る。わたしは立ち上がり、泥のついたお尻をぱんぱん払いながら、魔物の亡骸を確認する。


「……コカトリス、かぁ。ラッキー!」


鶏肉にそっくりなその肉は、滋味深くてとっても美味しい。魔物とはいえ、ありがたく頂こう。

あとで巣を探して、卵ももらっちゃお。


『それじゃあ、血抜きするよ』


「うん、よろしくー」


ユグルが土魔法で蔓を伸ばし、倒れたコカトリスの亡骸を畑の脇にある石畳まで引きずっていく。しゅるりと伸びた枝が足首を掴み、そのまま逆さ吊りにした。

陽の光を受けて、青みがかった羽毛が鈍く光った。首をだらりと垂れた魔物の体は、見た目にはただの巨大な鳥。でも、れっきとした魔物で、場合によっては人を石にする厄介な個体もいるのだ。


「うう……やっぱり慣れないなあ、こういうの……」


やがて、重力に引かれて、体の中から赤黒い血がぽたぽたと地面へ滴りはじめた。赤黒い液体が土の上にぽたぽたと染みこみ、鼻につく鉄のような匂いが立ちのぼった。

わたしは小さく息を吐き、その光景から目を逸らさずに見つめていた。


「……うぇ。これ、何度やっても、苦手……」


口元を覆って顔をしかめる。

食べるためだと割り切ってはいるものの、“命を奪った”という事実は、やっぱり胸のどこかに鉛のように重く残る。

不思議と、魚のときは、こういう気持ちにはならないのにね。前世では当然のように魚を捌いてたし、慣れの問題なのかも。


『アメリア、顔が真っ青だよ。僕が代わりにやろうか?』


ユグルが心配そうに声をかけてくれる。

でも、わたしは首を横に振った。


「……ううん、大丈夫。冒険者になるなら、こういうのも慣れないといけないと思うから……」


魔法で羽根を切り離し、爪とくちばしを削ぎ落とす。次いで表面の硬い皮膚をナイフで丁寧に剥ぎ、内臓を傷つけないように腹部を裂いていく。

ぬるりと滑る臓物をそっと引き抜けば、熱と匂いがぶわりと広がって、思わず息を止めた。


「うへえ。冒険者になるなら、慣れなくちゃ駄目なんだけどなあ……」


つぶやいた声は、自分の耳にも情けなかった。それでも手は止めなかった。命を無駄にしないために。


『でも、アメリアの焼いたコカトリス、めちゃくちゃ美味しいぞ!』


『うん、皮がパリパリでなかはジューシーなの~!』


精霊たちの明るい声に、わたしは思わず笑ってしまう。


「……そう?なら、がんばった甲斐はある、かな」


肉を部位ごとに切り分け、素材になる部分を丁寧に仕分けいく。最後に胸の奥へと手を伸ばし、脈打つように埋め込まれていた魔石を慎重に取り出した。

すべての下処理を終えるころには、太陽はすでに頭の真上まで昇っていた。

汗ばんだ額を腕で拭い、ようやくほっと息をつく。


「ふぅ……夕飯は、香草焼きにしようかな。魔物だって、きちんと美味しく食べてあげなきゃね」



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― 新着の感想 ―
ズッキーニはツルじゃないww ゴーヤとごっちゃになってるのかな?
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