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姉の婚約者と仲がいいピンク髪妹だわ詰んだ  作者: 猫の玉三郎


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9話 すごいわダニエル

 ダニエルは魔力持ちだ。

 魔力持ちは珍しく、周囲から浮いた存在になることはままある。その能力が発覚した時点で専門の施設に預けられ、同じような境遇の子と一緒に訓練をしながら過ごすことも多いらしい。けれど全員が全員そういうわけでもない。ダニエルの家族は優しい人たちで、家族は一緒に過ごすものだと施設にやることなくダニエルを大事に育ててくれた。


 けれど、当のダニエルは自分が周りと違うことになんとなく疎外感を覚えていた。普通のなかに入れてもらえない。「魔力持ちだからできるだろ」と当然のように力をあてにされる。頼られることが嫌なわけではないけれど、ダニエルに選択権もなく意見を聞かれないのはなかなか心にくるものがある。そして過度に期待されるのも、つらい。


 できて当然。やれて当たり前。

 目の前で困っている人間がいたら助けてやるべき。

 だってその力があるから。


『俺らにはその力がないから無理だけどあったらやってたよ。持つべきものの義務だよな』


 ダニエルだってただの人間で、大した志もない若者だ。

 兄のように快活でもなければ父のように人望があるわけでもない。ひどくつまらない性格であることは間違いなかった。家族はダニエルの力を利用しようとしなかったし、家族の一員として対等に付き合ってくれる。けれど一歩外に出ると押し寄せる現実が心を荒ませる。


 彼らはダニエルを魔力持ちとしてしか見ない。けれど、もし魔力を持っていなかったら、彼らの視界にすら入らいないのだろう。


 体を黒く染めていくような負の感情にのまれそうになり、ぎゅっとこぶしを握った。考えてもしょうがないことだ。


『――すごいわダニエル!』


 ふとリリアーナの声が頭をよぎった。ダニエルのやることなすこと全部にキラキラした笑顔を向けてくれる彼女。思い出すだけで荒みかけた心が癒されていく。


 リリアーナはダニエルに対して何も求めない。家柄や財産は最初から持っていなかったけれど、魔力すらいらないと言いたげだった。


 どうか彼女が幸せな人生を送れますようにと、ダニエルは目を閉じて神に祈った。




 ◇




 納屋に寝かせていた男は眠りながら凄まじい腹の音を鳴らしていた。自分の夕食を用意するついでに持っていってやると、その匂いでがばりと身を起こす。


「……よかったらどうぞ」

「助かった。ありがとう」


 白髪混じりの赤茶けた髪はごわごわしていて、小柄なれどしっかりした体付きは健康的で腕っぷしも強そうだ。雰囲気からしても五十代のように見えた。どこも大きなケガはしていないようでほっと息をつく。


 今夜はリリアーナがいないので大した料理は作っていないが、芋と燻製肉をごろごろ入れたスープは男に好評だった。相当腹が減っていたようで念のために持ってきた堅パンまできれいに食べてしまう。


「あんたの飯、うまいな。おっさんの疲れた腹に沁みるぜ」

「それはどうも」

「この芋はこの辺でとれるものか?」

「そうですよ」


 粗野な話し方だけれど食事の所作はどことなく上品だ。


「……あなたはドワーフですか?」

「そうだ。いや本当にうまい。助けてくれたことに感謝だな」


 ドワーフが暮らす国は『岩の国』と呼ばれ、その名の通り岩を掘って作られた洞窟や地下に住んでいる。魔石の採掘や加工を生業としている者が多く、魔石にかけてはどこの国よりも詳しいと聞いたことがある。そして排他的であまり他国に顔を出すことはないとも。


「本に書いてあった特徴と一緒ですね。小柄で筋肉質、大きな手指」


 ダニエルよりもだいぶ身長は低いが、腕の太さも手指の大きさもダニエル以上だ。おそらく握力は相当強いに違いない。腕相撲したらどちらが強いだろうか。


「だははっ、それで偏屈の引きこもりって書いてあんなら完璧だな」

「あなたはそう見えませんけど」

「よく言われるよ、変わりもんってな。俺の名前はダビドだ。ダビド・エズラ・オレン。あんたは?」

「ダニエル・タッカーです」

「よしよし、恩人の名前は忘れねえようにしねえとな」


 そう言ってダビドは朗らかに笑った。大きくて垂れた瞳が人懐っこく見せる。ひどく訳ありな気がするが、詳しく聞きたいとも思わなかったのでダニエルも深く追求することもしなかった。


 さてこの後はどうしようかとダニエルは考える。

 ダビドの意識は戻ったし、ひとまず餓死も免れただろう。これ以上面倒を見ようとするのはただのお人よしだ。倒れていたのが善人か悪人かなんて知りようがなく、家に引き込んだあげく盗みでもやられたらたまったものではない。


 そんな空気を察したのだろう。ダビドは姿勢を正し、ダニエルへ頭を下げた。


「助けてもらったお礼がしたい。雑用でもなんでも、俺に出来ることならなんでもやるぜ。ついでにこの辺りの宿を見つけるまで今しばらく軒下を貸してほしい」

「……そうですか」


 この家の決定権はリリアーナにある。彼女が戻ってきたら改めて聞くけれど、それまで面倒を見るか否かはダニエルが預かってもいいだろう。当分の食事代はダニエルの持ち金でどうにかなるはずだ。一応悪さをしないように釘はさしておく。


「俺は魔力持ちです。この家に不利益になるようなことをしたら相応の報いは受けてもらいます」

「もちろんだ」

「家主がダメと言ったら元いた場所に捨てます」

「いやそこはな、もうちょっと穏便にいこうぜ」

「窃盗でもしようものなら手足の指の骨全部折った上で警備隊に突き出しますから」

「お、おう」


 面倒に巻き込まれるのは困る。善意は無限に湧くものではないのだ。見切りはどこかでつける必要がある。特にリリアーナに何かあっては困るどころではすまない。


 けれど、彼がもしダニエルを助ける何かを持っているのだとしたら、チャンスとも思う。ドワーフは魔石に通じていると言われている。彼に助力を得られるのなら。


 ダニエルは目の前のくたびれたドワーフをじっと見つめた。魔力を帯びた瞳とはいえ、その人の本性を暴露できるようなものではない。けれどなんとなく、ウソをついているかどうかはなんとなく分かる。それは視線の動きだったり仕草や足元の動きだったり。


 ドワーフは魔石に精通している。

 特別じゃないダニエルが特別なものを手に入れるには、情報や伝手が必要だ。


「……力を借りたい場面があるかもしれません」

「おう、まかせとけ」


 ダビドはまっすぐにダニエルを見すえる。

 ひとまず彼の言葉を信じてみようと思った。

 

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