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姉の婚約者と仲がいいピンク髪妹だわ詰んだ  作者: 猫の玉三郎


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7話 わたしたちは、もう夫婦です

 ダニエル・タッカーは恥ずかしい話、リリアーナにひとめぼれをしていた。


 初めて見かけた時は教会でシスターたちと一緒に聖歌の練習をしていた。くたびれた見習いシスター服に身を包み、他のシスターたちと笑いあう笑顔がとってもかわいくて、ひとめ見て恋に落ちてしまったのだ。


 しかし彼女とどうこうなりたいとは考えておらず、ただ気になって毎日教会へ通うようになってしまった。特に信心深くもないくせに。


 足を運ぶだけは申し訳ないので、ある日寄付の代わりに魔石を加工したものを神父へ渡した。工房で働かせてもらおうと思い、あわよくば見てもらおうと自分で作った小物をポケットに入れていたのだ。教会は農作物や工芸品でも税や寄付として受け取ってくれる。出来を褒められ、教会で使用している古い魔石も再加工できるかと聞かれた。


 魔石は光ったり熱をもったりと人の生活を支える重要なエネルギーだ。表面に特殊な模様を入れることにより効率的な利用が可能なのだが、頻繁に買い替えることのできない庶民は表面を削って新たな模様を彫り入れ、できるだけ長く使えるように工夫してきた。それなりに技術は必要なので素人には限界がある。教会にはどうかしたらまだ使えるという小さな魔石があったので、ダニエルは快く引き受けた。


 ダニエルは魔力もちで、身体強化のみにその力を使える。だからひょろひょろした体躯でも畑の力仕事には重宝された。けれどダニエルはどちらかと言えばそういう作業は苦手だ。まず外作業は太陽がまぶしすぎる。あんなに光っていて太陽自身疲れないのかと心配になるほどだ。


 魔力は特に視力にいきがちで、前髪をやぼったいカーテンにして目を細めてようやく視界が落ち着くくらい。だからではないが細かいものを見るのが得意だった。そこへもともとの手先の器用さもあいまって、繊細な彫り模様をいれた小物をつくるのが上手だった。ダニエルの腕は両親や近所の人には評判で「どこの工房にいってもあんたの腕なら大丈夫」と太鼓判もおされていた。


 だから、このままどこかの工房で働きながら特に結婚もせず暮らすんだろうなあとぼんやり思っていたのだ。



 リリアーナに話しかけられる、あの日まで。



 ひとまず教会から引き受けた魔石の加工をリリアーナとの新居のすみで作っていた。最初は興味深そうに手元を覗いていたリリアーナだったけれど、やすりがけが終わり模様を彫り始めた辺りから何かを考えこむようになった。過去に作った細工も見たいと言ったので適当に渡すとこれまた考え込んでしまう。木彫りのうさぎやアナグマ、気まぐれに作った魔石のかざり。さして珍しくないだろうに熱心に見つめている。しかしそんな姿もかわいいと思った。


 極めつけは、ダニエルが作っていた指輪を見せたときだった。以前から兄夫婦への結婚祝いになにか贈ろうと思い合間で作業をしていたのだ。台座にはめる魔石に守護の紋を彫っており、特に丁寧に仕上げた逸品である。魔石の質は大したことないが、紋様を彫ることで透明度が上がりキラりと輝きを増していた。


「守護の紋っていうのはこの辺りに伝わるお守りみたいな模様で、普通は婚礼家具とか衣装に施すんですよ。試しに魔石に彫ったらいけたんで兄夫婦にはこれを贈ろうかと」

「こんなに小さな石に模様を刻むの……?」

「はい。こういうのが得意なので」


 リリアーナは不安そうにダニエルを見る。

 実は隣国の王子じゃないかと問う、あのときの瞳で。


 はじめに聞かれたときは、そういう特別な人に助けてほしいのだと思った。だから庶民である自分が申し訳なかった。けれどリリアーナの意図は逆で、ダニエルのような本当の庶民がいいという変わった人だった。そんなのわざわざ探さなくてもそこらへんにごろごろいるのに。リリアーナが助けてほしいと言えば男たちが殺到する光景が簡単に想像できてしまう。そうなってはダニエルに出る幕はなかっただろう。


 指輪をまじまじと観察したあと、リリアーナはダニエルを見つめる。ぱっちりした瞳にへにょりと下がる眉。かわいいなと思った。


「ダニエルは人類史に残る名匠になるつもりなの……?」


 リリアーナの言葉は時おり難しい。

 庶民ながら少々勉強させてもらった身であるからこそ、彼女の言葉やふるまいからははるか上流の育ちを感じる。


 ダニエルの名を呼び朗らかに笑いかけてくれるけれど、自分なんかが隣にいていい女性ではないのだ。


 できること全部やって助けになりたい。

 けれど決して触れてはならない高貴な花。


 彼女は自分から言わないけれど上流階級の人間だ。あまり学がないので家名を言われてもピンとこないが、先日見たリリアーナの姉はとても立派な女性で、乗っていた馬車もたいそうなものだった。馬だって見たことないくらい凛々しくて、そばに立つのも恥ずかしかったくらいだ。


 本当に立場がちがう。

 同じ人間かも怪しい。


 どうしてだかダニエルの所に転がりこんできた奇跡に感謝をし、いつの日かあるべきところへお返しする。それがダニエルのやるべきことだ。


 ちらりとリリアーナを見ると何やらひとりでつぶやいている。どんな姿もかわいく思ってしまうのだから、ダニエルのひとめぼれは相当厄介なものらしい。


「でも、それなら貴族じゃないし……大丈夫なのかしら……」


 もしも。

 国一番の技術者、そんなふうに認められたら。


 彼女にふさわしい人間だと胸を張れるだろうか。


 しばし考えたあとに自分のこぶしを強く握りしめ、夢見がちな甘い考えを頭から追いやったのだった。




 ◇




 記憶喪失の男はそのまま客人として伯爵邸に滞在していた。王宮に保護の旨を報告してはいるものの、どこからも問い合わせがないのでおそらく他国の貴族を騙る詐欺師だろうとのことだった。そうやって貴族宅に上がり込んで衣食住の面倒を見てもらうホラ吹きが実際にいるのだ。


 であればただ客人としてもてなすものどうかということで、姉は男に仮の名を与え、使用人として屋敷で面倒を見ることにしたらしい。


「ポチ。お茶の用意をお願い」

「わかった」


 ぱりっとしたお仕着せを身につけるあの男が応接室から出ていく。想像だにしていなかった名前に、さすがのリリアーナもひと言申した。


「お姉様、その名前はどうかと思うわ」

「やっぱりおかしいかしら。ずっと前からペットを飼ってみたくて、つい名づけを張り切ってしまったの……」

「まあ、ペットなのですね。だったらいいと思います」


 申したけどすぐに諦めた。

 楽しそうだからいいか、と。


「ポチは役に立っているのですか?」

「ええ。ちょっと口が悪いけれど行動力があって助かっているのよ。あれでよく気が付くし」

「そうなんですね」

「ただジョセフと仲があまり良くないというか……困ったものね」


 今日はダニエルと共に屋敷へと帰っていた。初めて見るお屋敷にダニエルはかちこちに固まっている。彼の服はクローゼットの中からいちばんキレイな服を選んで着てもらったけれど、屋敷に仕える執事の方がよい仕立てなのは明らかだ。リリアーナの隣に座るダニエルは恐縮しきって余計に体を縮こませていた。こうなることは予想できていたのでリリアーナとしては一人で来たかったのだけれど、姉から言われたのであれば聞かざるをえない。


「それでお姉様、何かお話があったのでしょうか」


 姉、クリスティアーナがまとう空気をすっと変えた。冷え冷えとした眼差しがリリアーナに向けられ、そして隣のダニエルへ移る。


「……私は、あなたちの結婚を認めていないわ」


 赤いルージュを引いた唇が温度なく告げる。

 どくりと心臓が波打ち、嫌な予感を振り切るようにリリアーナは必死に言葉を探した。


「わ、わたしたちは、もう夫婦です」

「いいえ」


 その訴えも涼やかにかわす。

 きっと姉は知っている。ダニエルとの間に男女の契りがないことを。自らが積極的に関わらない代わりに使用人に監視させ報告させていたのだ。

 姉に何を言っても説得は不可能だと悟った。庶民の作法で結ばれた婚姻などまるで無意味と思っているに違いない。


 ダニエル・タッカー、と姉が静かにその名を呼ぶ。冷えた視線はまっすぐにリリアーナの隣に座る人物へ注がれていた。


「リリアーナに似合うジュエリーを三点。ネックレス、イヤリング、指輪を用意なさい」


 思いもよらない言葉に耳を疑った。


「方法は問わないわ。お金を用意して購入しても、それなりの人から譲り受けてもいい。伯爵令嬢として育ったリリアーナに相応しいものを持ってきなさい。それすら出来ない男とは一緒にさせられないわ」


「お姉様っ――」

「黙りなさい」


 そんなもの、彼の立場でどうやって手に入れろというのだ。実際に庶民に近い暮らしをしていたから分かる。彼らの生活には美麗な装飾品は必要なくて、実物を見たことのない人の方が圧倒的に多い。それよりも上等な生地で仕立てた服だとか、凝った刺繍だとか、そういうものが彼らのおしゃれだ。


 全身から血の気が引いていく。姉はダニエルへ無理難題を突きつけ、きちんと諦めさせた上でリリアーナを連れ戻したいのだ。



 突然コンコンと扉をノックする音が聞こえた。全員がそちらへ視線を向けると、そこにいたのは見目麗しい貴公子。姉クリスティアーナの婚約者であるジョセフだ。それとも、元婚約者だろうか。

 彼は口の端を吊り上げると芝居がかった口調でとんでもないことを言い出す。


「僕もそれに参加させてくれ。そこの平民よりも上等なものを用意できたらリリアーナは僕が面倒を見よう」

「……認めましょう。ただし評価基準はリリアーナに相応しいかどうかよ。値が張るかどうかで決めたらあなたに有利すぎるもの」


 ジョセフが勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


(どうして勝手にそんな事を……!)


 リリアーナは憤った。しかし姉は今この伯爵家の当主で、考えなしに逆ってもダメだ。もし何の手立ても用意せず突っぱねたりすれば、立場の弱いダニエルがどんな目に合わせられるか。貴族には平民を同じ人間と思っていない人たちがいる。姉がそうとは言わないが、時に容赦がない人だとも知っている。


 けれど、こうなればリリアーナだって無抵抗ではいられない。持っている資産を全部使ってでも、ダニエルに立派な宝飾品を持たせてやるのだ。ジョセフのような不誠実な男に捕われるくらいなら可能性にかけて抗う方がいい。


 姉が納得するようなジュエリーを購入しようと思うのなら、庶民が数年働いて得た収入に相当するだろう。ダニエルのような駆け出しの職人ならもっとかかるかもしれない。仮にお金を用意したとして快く売ってくれる店がどれくらいあるだろうか。最低限のドレスコードがないとそもそも店に入らせてもくれないはずだ。何をするにもお金がいる。それをリリアーナが用立てれば。


 そんな考えは見透かされていたのだろう。


「それとリリアーナ。あなたの持つお金や宝石を使うことは一切禁じるわ。じゃないと意味がないから」


 姉の視線はどこまでも冷ややかだった。

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ポチ‥ペット‥(笑) は、しかし犬は飼い主をなめまわすし猫は飼い主と一緒に寝たがる生き物! お姉様危ないわ!
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