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姉の婚約者と仲がいいピンク髪妹だわ詰んだ  作者: 猫の玉三郎


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5話 好きなの

 拝啓 クリスティアーナお姉様


 朝晩の冷え込みが一段と感じられますが、変わらずお過ごしでしょうか。


 結婚のこと、突然でごめんなさい。

 すでに教会での宣誓をすませ、神から祝福をいただいております。今後は夫であるダニエルと助け合い、細く慎ましく暮らしていくつもりです。


 先日はじめて自分で洗濯をしてみました。まだ水の冷たさは平気ですが、これより寒くなるとつらく感じそうです。意外と力仕事で、メイドたちの大変さがよくわかりました。


 あとは夫と料理もしました。

 教会でもお手伝いはしていたのですが、大人数分用意するのとは勝手がちがいますね。豆のさやむきは上手になったのですけれど、ここではあまり役には立っていないのが残念です。お姉様、刃物は怖いですよ。危険なので触ってはダメです。あとお肉はもともと生きていると知ってらっしゃいました?


 夫はとても料理が上手ですが、伯爵家にいた頃と比べると食事はどうあっても華やかさは劣ります。けれど、こういうのもいいですね。わたし全然いやじゃないんです。小さなテーブルで顔を突き合わせて食べると、どんな食事でもご馳走のように感じられるのです。


 とは言いつつ庶民の暮らしは思った以上に大変で、さっそく苦労しています。愛に酔いしれた己れの見通しの甘さを悔いるばかりです。けれどすでに結婚した身。甘んじて受け入れます。恥ずかしいので夫との馴れ初めはあまり探らないでくださいね。約束ですよ?


 余談ですが、夫が見慣れぬ風体の怪しい人物を拾ってきました。夫はとても優しい人なのです。そして可愛い人なのです。いえ誤解のないよう申しますがジョセフ様の方が高貴であり容姿も華やかです。いえ、重ねて申しますが、ジョセフ様とどうにかなりたいわけではなく、お姉様の婚約者として素晴らしいお方だと真実思います。


 話がそれました。

 夫が拾ってきた人物は怪我をしており、どう見ても衣服が上等で仕草に品があり口調は横柄。この上なく怪しいです。占い師の言葉もあるし、元いた場所に戻そうとしたのですが……


 ケガの処置が不十分かもしれません。

 どうか屋敷で一度診て頂けないでしょうか。記憶を失っているらしく、より不穏でなりません。



 敬具


 あなたを愛する妹 リリアーナ




 ◇




「それで、娘よ。名をなんという」

「既婚ですのでどうぞタッカー夫人と」

「そうか。ところで別の屋敷へ移動するのだろう? おまえも着いてこい」

「申し訳ありません。夫と家で仕事をしなければいけませんので」


 異国情緒あふれる濃い色の肌と白銀の髪。大きな体躯に盛り上がった筋肉。見た目はセクシーでエキゾチックで男前なのだけど、どうにもいただけない。だいたいダニエルに助けを求めたときも「おい、そこの者。手を貸せ」と非常に高圧的だったらしい。すぐに意識を失ってしまうし怪我は本当にひどかったしで放っておけなかったようだ。


 手当てのあと元の場所へ戻そうとしたのに途中で目が覚ましてしまい、口調や仕草から香るやんごとない身分の気配に「これは無碍にできない」と諦めた。眠った間に捨ててこようとするダニエルを必死に止めたくらいだ。


「なあ夫人よ。甲斐性のない夫など捨てて私と一緒に来い。いまだ記憶は戻らんが……少なくともここの暮らしよりマシな思いをさせてやれるぞ」


 しかしこれはあまりにも。

 リリアーナは奥歯を噛みしめ静かに青筋を立てる。勝手に人の暮らしを蔑んで、ダニエルを下に見てる。助けたのはダニエルなのに。リリアーナのことだってそうだ。金をチラつかせて誘えば着いてくるような女だと思われている。助けた人間に対して感謝の念がまったくないし、人の話聞かないし、恥もなく人妻を口説く様子からして誠実のせの字も感じられない。


 暮らしが下だと見られるのは仕方ない。自分が望んだものだから。ダニエルを頼りないと思われるだってそう。悔しいし申し訳ないけれど、リリアーナが落ちたと言われるための偽装結婚なのだ。


 だけどだけど。

 どんなに顔がよくてもこんな節操なし男ぜーーーーったいイヤ。優しさも気遣いも感じられない。なんてイヤな俺様。たとえ暮らすに困らないお金持ってても、一緒にいて楽しくない上に女にだらしない夫婦関係なんて苦痛以外なにものでもない。比べるのもおこがましいくらいダニエルがいい。


「お断りします。わたし、夫のことを心から愛しているんですの。どんなに甘いお言葉を頂いても、夫の優しい笑みには敵いませんわ」


 ね? とダニエルの胸にすがりつけば、彼はぎゅっと抱きしめてあの傲慢な男の視線から守ってくれた。とはいえ不安はある。男が真実高貴な方で、どうあってもリリアーナがほしいと請われたら、抗うすべはあるだろうか。


 心細さをごまかすよう、ダニエルの服をしっかりと握りしめた。


「大丈夫ですよ」

「ダニエル……」


 ひょろりとして一見は頼りないけれど、腕のなかにすっぽり包まれれば安心してしまう。背が高くて、細いながらも筋肉もしっかりついて、骨張った硬い体からきちんとした成人男性なんだと改めて思い知らされる。


 これ見よがしの熱い抱擁は傲慢男によく効いたようで、悔しそうな顔をしつつもリリアーナを再度誘うことはしなかった。


 さっさと国へ帰れ、である。




 そうこうしていると思ったよりも早く伯爵家からの迎えがやってきた。馬車から降りてきたのはお姉様とジョセフ。


 リリアーナはすぐさま「お姉様!」と駆け寄った。互いに両手を握り合うと変わりがないかじっと顔色をうかがう。


「リリアーナ……元気そうね」

「はい。お姉様も?」

「ええ」


 本当にそうかしら、と疑問に思った。姉は表情からは分かりにくいけれど、どことなく覇気を感じない。疲れているのか、悲しい思いをしているのか。詳しく聞こうと顔を寄せそうとして、突然背後から肩を抱かれた。


「リリアーナ、結婚したと聞いたけれど本当かい」


 それは姉の婚約者であるジョセフ。

 耳元でこそこそ話されて悪寒が全身に走った。あげそうになった悲鳴を寸前でのみこみ、こわばってしまった顔になんとか笑みを貼りつける。ジョセフはそのままリリアーナの腕を引いて姉から引き離してしまう。抵抗しようにも思いのほか力が強い。


「ジョセフ様っ、離してください」

「さっきの質問の答えは?」

「結婚の件なら、本当です。直接ご報告しないでごめんさい」

「……どうしてそんなことを」


 どうしてもなにも、あなたと離れるためです。

 リリアーナがあのときジョセフと距離をとろうと思ったのは、彼からの好意に違和感を持ったからだ。それは義理の妹に向けるものではないような気がして……


「クリスティアーナに無理やり結婚させられたのか? それだったら僕が君の助けになれる。平民との結婚宣誓なんてままごとのようなものだ。いくらでも白紙にできるよ」


 直感は正しかった。

 教会へ逃げたリリアーナを探し自分のもとへ置こうとした。今だって結婚を撤回させようとしている。


「夫とは愛し愛されて夫婦となったんです。わたし、幸せです」

「ばかをいうんじゃない。パッとしない平民の男だぞ」

「優しい人です」


 どうしてリリアーナを我が物のように扱うのか。

 この人は、姉の婚約者として失格ではないか。


 元より姉と違って感情が顔に出やすいリリアーナだ。我慢がたりず表情をむっとさせたと同時に、会話へ横入りしてくる人物がいた。


「なんだ貴殿は。夫人とやけに親しいではないか。一緒に来た美しい女性と夫婦か婚約関係だと思ったが、違ったか?」


 記憶喪失の怪しい男がニヤニヤしながらジョセフを見下ろしている。正直この登場はありがたい。失礼な男だけれど、もっと失礼をかましてほしい。


「……ジョセフ・ヴァーノンだ。彼女の姉であるクリスティアーナと婚約関係にある。リリアーナのことは妹も同然。親しいのは当たり前だ」

「そうか。いやに熱っぽい視線を送っていたから、背徳的な関係なのかと疑ってしまったぞ。いや野暮だったな。すまない」


「いえ」と短く返事をしたジョセフだったが、その顔は苦虫を噛んだような表情で傲慢男を睨んでいた。傲慢男はいまだニヤニヤしたままで、まだ言い足りなさそうにジョセフと相対している。



 数歩さがり、彼らのやりとりを無の感情で見つめていたリリアーナ。ふと姉の様子が気になった視線をやると、姉はリリアーナ以上に冷めきった視線を二人へ向けていた。


 そっと姉の元へ戻った。


「お姉様、大丈夫?」


 そんなはずないと思っていても声をかけずにはいられなかった。


「……ごめんなさい、あの方の保護だったわね」

「ジョセフ様と何かあったの?」


 少しの間があって、姉は静かに口を開く。


「あなたが結婚したと報告したらとても怒ってしまったの。今は口もきいてくれないわ」


 なんてことを!

 リリアーナの頭が一瞬で血が噴きあがる。対して姉はやれやれといった感じで、怒っているというより出来の悪い弟に手を焼いているのが近い。いくら姉が優しくて頭がよくてパーフェクトな淑女だとしても、ジョセフは甘えすぎではないのか。


 そこでぐっと唇を噛みしめた。姉に甘えているのはリリアーナも一緒だ。たくさん迷惑をかけたし、ジョセフとのことできっとその心に傷つけてしまった。許されたくて、嫌われたくなくて、その一心でダニエルすら利用した。自分こそがいちばん醜い存在なのではないか。あの優しいダニエルをもてあそんでいるのだ。どこまでも自分勝手な理由で。


「リリアーナ。あなたいつ屋敷に戻ってくるの。確かに私も事を性急に進めてしまったけれど、結婚は当てつけでするものではないわ。しかも平民の男だなんて」

「……当てつけだなんて。わたし、ダニエルが好きなの」


 好き。

 そう口にしてしまうとストンと心に落ちる。

 リリアーナはダニエルに惹かれているのだと。

 彼に恋をしているのだと、気付いてしまった。


 それが喜ばしいことなのかわからず、リリアーナは表情を曇らせる。偽装夫婦としてひとつ屋根の下で暮らし始めて一週間。慣れない家仕事をふたりでやって、失敗もするけれどとても充実した時間だった。朝起きてダニエルにおはようという瞬間が好きだ。一緒にごはんを食べる時間が好きだ。だってリリアーナに優しく笑いかけてくれるから。


 少し頼りなさげな風体だけど、働き者で家事を器用にこなすし、案外力持ちで、リリアーナはすっかり頼りにしているほどだ。


 そのダニエルがリリアーナたちの前へと現れた。

 相変わらずの鳥の巣のような頭に、猫背気味ひょろっととした体躯。見た目も中身もリリアーナの心をわし掴んで離さない、優しい夫。


「あの、お、お義姉様でいらっしゃいますか」


 おどおどした口調も珍しくはないのだけれど、姉の前に立ったダニエルにはどこか決意のようなものが感じられた。

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