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姉の婚約者と仲がいいピンク髪妹だわ詰んだ  作者: 猫の玉三郎


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4話 本当の夫婦になってはだめ?

 リリアーナはダニエルとの愛の巣へ急いだ。

 偽装夫婦としての準備はぬかりなく、こっそり味方をしてくれる使用人の力を借りて住宅街の端にある一軒家を用意していた。庶民の中でも比較的裕福層が暮らしている区画だ。すぐ姉にバレるだろうけれど構わない。むしろ夫婦ぶりをアピールだ。庭付き畑つきの平屋で、少し前に住人が手放したため手入れも充分。もちろん令嬢が暮らすとなるとかなり質素だが、それが目的なのでなんの問題もない。


「大変! いろいろと予想外だったわ!」


 そう言って玄関の掃除をしていたダニエルの胸に飛び込む。案の定あわあわし体を硬直させている。


「リ、リリアーナさんっ」

「あら、わたしたちは夫婦なのよ? これくらいの戯れは当たり前だわ」

「俺たちは夫婦のフリ、ですから、その、」


 そうは言ってもリリアーナはやらねばならない。ダニエルが本気で嫌がっているのなら無理強いはしないけれど。


「いや?」

「……いやじゃない、です」


 プシューと湯気が出そうなくらい赤くなっている。彼のこういうところが可愛くてたまらないのだ。男をたぶらかす悪女になっている気がするものの、ダニエル限定だから許してほしい。姉の婚約者にだってこんなことやってない。


「あの、本当に俺なんかが夫のフリをしていいんでしょうか……」


「なにを言っているの、ダニエルだからよ。占い師も言っているのよ、貴族であるかぎりどうあっても貴族の者と縁付いてしまうと。年若い令嬢は特にそういう運命にあるのですって。偶然ピンチを救ってもらった人が実はお忍びで来ていた隣国王子だったりそれがさらには幼い頃の思い出の君だったりとか……だから、あなたは本当に逸材なの。自信を持って?」


『姉の婚約者に勝らないスペック』が大事なのだ。これはリリアーナへの罰で、姉に対する降参ポーズだから。


 しかし。

 リリアーナはダニエルを顔をちらりと盗み見る。身も蓋もないことを言えば、頼りない庶民という点でダニエルは利用されている。もちろんそれに対する金銭的賠償はするのだけれど、リリアーナ自身この夫婦の形に浮かれている自覚があった。


 見た目もさることながら、ダニエルの性格も好ましいのだ。控えめで、親切で、リリアーナをお姫さまみたいに扱ってくれる。少なからずリリアーナのことが好きでいてくれて、からかった時の反応が可愛い。


 一緒にいることが楽しくて、これじゃ罰にならないと焦りを感じてしまうほどだ。


「……俺、稼ぎもあんまりないです」

「あったら困るの。困窮アピールをしたいのだから」

「でもそれだと、あなたが大変な思いをしてしまう。俺がもっと頼りがいのある人間だったらいいんですけど……あ、そんな不安そうな顔をされなくても俺はちゃんと人間なので。人外だとかそういうのを暗にカミングアウトしているわけじゃないです」


 とにかく、とダニエルは続ける。


「苦労したいと言われてはい分かりましたとは了解できません。そもそもの暮らしが違うんですから、俺が努力したところでリリアーナさんはツラい思いをするはずです。……だから、せめて俺に精いっぱいの努力をさせてください」


「……ありがとう。うれしい」


 新婚夫婦に見えるよう、リリアーナは再び抱きつきながら考える。


 もし生活が苦しくても、ダニエルとの日々が真実幸福に包まれたものになるならば……別れることも考えないといけないのだろうか。湧きあがった小さな不安から目をそらすように、彼の胸へ身を預けた。





 貴族同士の結婚であれば、やれ王家へのおうかがいだ魔力や血統の証明書提出だと前準備からいろいろ煩わしい。認められれば婚約期間をそれなりに設け周知をうながし、極めつけは盛大な結婚式と披露宴。時にはパレードもある。想像するだけでも大変だ。けれど庶民の結婚は簡単らしい。


 いちばんは教会へ行き神の前で宣誓をすること。

 寄付金がそれなりに必要になるけれど、神父の立ち会いのもと夫婦の誓いができる。


 けれどダニエルいわく、宣誓をしない夫婦もいるらしい。自分たちでそう名乗ってしまえば誰も否定できないし、教会も役人もそこまで管理していないからだ。教会での宣誓は結婚に箔をつけたい人がやるものだと聞き、リリアーナはなるほどと相槌を打った。


 つまり教会まで行かずとも「自分たちは夫婦だ」と公言すれば、周囲もそういうふうに扱ってくれる。もちろん庶民にも披露宴みたいなものはあるけれど、貴族ほど大業ではないらしい。


 我々は夫婦のフリなので教会での宣誓はしませんとダニエルは言い、少しばかり、いやそこそこ不服だったリリアーナ。


 しかしご近所さんへ挨拶するためにダニエルとふたり焼き菓子を買いに行ったり、「新婚なんです♡」とご近所さんに言って回るうちに機嫌はすっきり治っていた。


「まあまあ、なんてキレイなお嫁さんだろね! でも、変な金持ちに目を付けられないよう気をつけるんだよ」


 そんな言葉にざらりとした不安を感じながら。




 ◇




 結婚宣言をして三日。

 姉からの接触は今のところない。

 それをいいことに、リリアーナは庶民の夫婦らしくダニエルと過ごしていた。とは言っても使用人も一緒なので夫婦二人きりではない。リリアーナの味方である使用人がいろいろ手配してくれたのはありがたいけれど、夫婦の寝室は離れているし、リリアーナの寝室には内鍵もついていて、夜は絶対に施錠を忘れないようにとも言われていた。


 ちなみに伯爵家の使用人にはいくつか派閥があり、リリアーナのことを何かと気にかけてくれるリリアーナ派と、少数ながら姉に絶対の忠誠を誓っているクリスティアーナ派、無難に仕事をする中立派などがある。


 新居の手配はいやに迅速であれこれ気が利いていた。これには姉派の使用人が一枚噛んでいることをリリアーナは知っている。彼らからしても姉の前からリリアーナが消えることは好都合だったのだろう。結果として手頃な家を手に入れることができたのだから、なんの文句もない。


 新居のリンビングではダニエルが慣れない様子でお茶を淹れてくれていた。リリアーナは街で買った焼き菓子をお皿に入れてテーブルにセットする係だ。屋敷であればメイドがやってくれることだけど、リリアーナは自分でやることに驚くほど抵抗がない。先に教会での奉仕活動があったからかもしれない。


「俺の仕事のことなんですけど」


 そう切り出したダニエルのご両親は、以前聞いたように畑と羊の世話をしている農家さん。お兄さんが跡を継ぐので、ダニエルは家の手伝いをしつつ、いつかは出て行けるように街で仕事探していたようだ。教会へ寄っていたのはそのついで。


 手先が器用で、小さな頃からいろんな小物を作っていたらしい。


「どこかの工房で働こうかと思っていたんですが、リリアーナさんを残して長時間出かけるとかできないんで……ここで家のことをやりながら仕事を請け負おうと思うんですけど、どうでしょう……?」


 生活のために外へ働きに出ることはリリアーナにとってとても新鮮なことだった。伯爵家にいた頃には考えてもいなかったことで、社交界に顔を出したり領地へ視察に行くことはあれど、ダニエルのいう「働く」とはぜんぜん違う。


「ダニエルがずっと家にいてくれるなら心強いわ。わたし、教会でいろいろお手伝いはしていたけれど、自分だけで暮らしを整えるってやったことないから」


 今しばらくはリリアーナが持ち込んだお金があるので暮らしていける。しかし屋敷へ頻繁にもらいにいくわけにはいかないので、ダニエルが稼ぐことはありがたい。しかも家にいてくれるなんて。


「すみません、俺に甲斐性がないばかりに苦労をかけます」

「ううん。ダニエルはもっと自分に自信をもって。わたしはこういう暮らしがしたかったんだから」


 そこまで言ってハッとする。

 フリとはいえもう結婚した身。けれど後からダニエルの身分が跳ね上がることはあるかもしれない。例え庶民だとしても世界を救いでもしたら後世に名を残す英雄だ。それでは困ってしまう。


「ダニエル、実は勇者や賢者の子孫だったりしない? 体のどこかに聖印とか浮かんでない? 夫婦なんだから隠しごとはなしだわ」

「しませんよ。その点だけに関してはご心配かけませんから」


 確かに魔王だ勇者だなんていうのはおとぎ話で、そんな英雄が過去にいたなんてことはない。言ってから我ながらなんて幼い発想だろうと頬を染めた。


 ダニエルは苦笑をもらしているけれど、その様子になぜか胸がきゅんとしてしまう。


「リリアーナさんは心配性なんですね」

「……うん。そうなのかも」


 優しいと思う。

 ダニエルの優しさは使用人たちのそれとは違う気がする。ずっと浸っていたいような、そんな甘さと心地よさがある。それとも、つい手を伸ばしたくなるのはダニエルだからだろうか。


「リリアーナさんの事情が落ち着くまで協力します。俺にとって今の時間がご褒美のようなものですから」


 ダニエルはふたりの関係にきっちり線を引いている。優しくて、気弱で頼りないところもあるけれど、ここぞという所は譲らない。


 リリアーナからの抱擁は受け入れても、自ら手を伸ばすことはない。口づけはどんなにねだってもしてくれないだろう。


「……本当の夫婦になってはだめ?」

「それだけは、いけません」


 いつか来る終わりを存外に告げている。

 胸がきしむようなこの痛みは、罪滅ぼしのひとつになるだろうか。

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