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姉の婚約者と仲がいいピンク髪妹だわ詰んだ  作者: 猫の玉三郎


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39話 いつまでもいつまでも

 久しぶりに見たリリアーナはやっぱり可愛らしい人だった。


「……もう行っちゃうのね」

「急ですみません」

「ごめんなさい、わたし、合わせる顔がなくてずっとあなたを避けてたの。どうしても勇気がでなくて……ほんとにだめね。わたしはいつまでたってもお姉様やダニエルに甘えているわ」


 リリアーナはなにかを決意したように顔を上げる。


「あ、あのね、ダニエル」


 しばらく会えなくなるので目に焼き付けておこうと不躾に見つめていると、思ってもみないお願いをされた。


「ちょっとかがんでほしいの」


 ダニエルはその通りにした。リリアーナと目線が同じくらいになるよう膝を曲げると、それからはあっという間だった。


 リリアーナの唇が、ダニエルの頬に触れる。

 桃色の髪が目の前でふわりと揺れた。


「い、いってらっしゃいのキスだもの。別に、不埒ではないわ」


 下を向いてしまったリリアーナ。耳が赤くなっているのがよく見える。


『また会えますようにって願いを込めて』


 いつの日か、そう言って恥ずかしそうにキスをせがんだリリアーナを思い出し、胸が熱くなった。というか既に全身が赤くなっている自覚がダニエルにはある。


 リリアーナの華奢な体をそっと引き寄せた。何かから守るでもなく、こうして自分の意思でリリアーナを腕の中に閉じ込めたのは初めてだった。しみじみ抱きしめると幸せが胸にあふれた。彼女の腕が遠慮がちに背中へ回される。


「……好き。大好き」

「俺もです」


 周囲には聞こえない、ふたりだけの小さなやりとり。


「帰ってきたら、聞いてほしいことがあります。だから……待っててくれると嬉しいです」

「……うん。待ってる」

「どうか体に気を付けて過ごしてください。なにかあったらすぐお医者にかかってくださいね。あと、変な人には極力近づかないでほしいです。危ないことがあってもすぐに駆けつけることができないので、それだけ心配です」

「たくさん心配してくれるのね」

「はい」


 顔をあげて互いに見つめあう。

 目に涙を浮かべ、はにかむように笑うリリアーナ。世界一可愛いと思った。それが自分自身に向けられている幸せを心の底から噛みしめる。




 ◇




 ダニエルとポチが旅立ってどれくらい経っただろうか。ある日、アッシュフォード家へ異国からの荷届人がやって来た。砂漠の国からやって来たその荷届人は、懐から金や宝石の入った小さな巾着を渡してきた。


 七日後には別の荷届人がやって来た。彼が渡した巾着袋は前回より大きく、中身も増えていた。


 さらに七日後、また荷届人が来たのだが人数がふたりに増えていた。彼らはアッシュフォード家に重みのある巾着と、ふたつの花束を届けた。ひとつはクリスティアーナに。もうひとつはリリアーナに。


 もう七日後、三人に増えた荷届人がアッシュフォード家に届けたのは一頭の馬だった。この国では見ることがない金色の美しい毛並みを持つ立派な馬だ。砂漠の国原産であり確かな血筋をもつ高級馬だと、荷届人は血統証明書を渡した。どこから聞きつけたのか王太子がわざわざ馬を見にくるほどの騒動となってしまった。


 クリスティアーナは荷届人たちを厚くねぎらい、帰り際には土産を持たせた。


 また七日後、荷届人たちが渡したのはずっしりと重たい巾着と一通の手紙だった。宛名はリリアーナ。ダニエルからの手紙だった。内容は簡潔で「こちらは元気です。もうすぐ帰ります」ということだった。


 そしてついに彼らが近くまで来ているとの連絡が入り、リリアーナはいてもたってもいられず、屋敷を飛び出した。その後ろを慌ててついていく護衛やメイドたち。


「走っては危のうございますよリリアーナ様」

「だってダニエルが帰ってくるのよ」


 疲れていないだろうか。

 怪我をしていないだろうか。

 期待と不安を胸にリリアーナは走りだす。




 何台も連なる大きな荷馬車。大勢の護衛。なぜか荷台から色とりどりの花びらを楽しそうに撒く少女たちと、晴れやかな演奏をしている音楽家が数名。いったい何ごとだと多くの住民たちが見物しに来て、とにかく目立つ一行が屋敷へ向かう道を練り歩いていた。


 その周囲を小さなドラゴンが羽を広げ楽しそうに飛び回っている。もの珍しさに道ゆく人たちも足を止めた。ドラゴンが舞っている花びらをぱくりと食べると、見ていた子ども達がキャーと喜び騒いだ。


 そんな荷馬車の先頭には黒く立派な馬にまたがるひとりの青年。

 覇気はあまり感じられないが、優しげな雰囲気が人々の目に留まる。目元を隠すような野暮ったい髪型ではあるものの、ぴんと伸びた背筋から見てとれる均整のとれた健康的な体つき。堂々と馬を乗りこなすその姿は物語に出来る騎士のようにも見えた。


 年若い女性たちが彼を見て黄色い声を上げていた。


 さらに荷台で寝転ぶ褐色肌の美丈夫を見てキャーキャー騒ぎ出す。大きなクッションに身を預ける姿はどこの王族かというくらい堂々とした様子だ。


 そんななか、馬上の青年が進行方向になにかを見とめたようだ。慌てたように馬から降りると、やって来たひとりの少女を抱きとめた。


 荷馬車は歩みを止めて、青年と少女の再会をそっと見守る。顔を真っ赤にした青年が跪き、少女の手を取る。そして何ごとかをつぶやいた。少女は何度も頷き、泣きながら笑って、それから青年に再び抱きついた。


 同時に、ふたりの周囲に花びらが舞い、華々しい音楽が祝福を奏でる。ドラゴンはくるりと一回転をして見せた。演奏は結婚を祝うファンファーレのようで、よく知らずとも見守っていた人々も拍手喝采でふたりを祝った。



「ねえダニエル、聞いてほしい話がたくさんあるの。お姉様とね、とっても素敵なことを始めたのよ」

「はい、ぜひ聞かせてください」

「あなたの話もたくさん聞きたいわ。砂漠の国がどういうところだったか教えて。贈ってくれた品物のなかにね、すごい道具があったらしいの。神の迷宮がどんな場所かみんな気になっているのよ」

「リリアーナさんがお望みならいくらでもお話します」

「じゃ、じゃあ今日はずっと一緒にいましょう。ううん、今日だけじゃないわ。明日も明後日も。だってわたしたちは――」



 繋いだ手が決して離れないよう。

 ふたりはいつまでもいつまでも、寄り添って歩いたのだった。


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