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姉の婚約者と仲がいいピンク髪妹だわ詰んだ  作者: 猫の玉三郎


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37話 騒動の終い

 どん底まで落ちたリリアーナの心がダニエルによって救い上げられていたその最中。


 気配を察知したダニエルがリリアーナを背に隠す。それと同時に部屋に転がりこんできたのは賊のひとりだった。


 賊は人相の悪い三十代ほどの痩せた男だ。

 先陣を切るよりも後方にいそうなタイプである。そんな男が部屋を見回し、ダニエルやリリアーナの存在をちらりと確認した後、ジョセフへと剣を向けた。一連の動作の不自然さにダニエルは警戒を深めた。


「観念しろ! お、おまえらで最後だ!」

「そうか……」


 ジョセフは懐からナイフを取り出した。とても立派なナイフだ。普段から持ち歩いているとしたらとんだ危険人物なのではなかろうか。


「おまえのせいだ! おまえなんかの案に乗らなければ……ッ!」


 半ば捨て鉢のように剣を振り上げる賊。慌てたのはジョセフだ。


「ちょっと待て、話が違う」

「うるさいうるさいうるさい!!」

「おい、僕じゃなくてあっちの男をやれ! 契約違反に報酬はださんぞ!」 


 剣とナイフが交わり、部屋に響く鈍い金属音。

 聞き捨てならない単語を聞き返したのはリリアーナだった。


「……契約って、どういうことなの」


 がきんという音と共に弾かれたのはジョセフのナイフだ。賊はそのままジョセフの胸ぐらを掴み上げ、刃を首筋へ当てた。


「この坊ちゃんは俺たちに言ったのさ! 今日この屋敷を襲えばたんまり金を払うと! ここで女を守る坊ちゃんにわざとやられる小芝居すりゃあ、それで……」


 クリスティアーナの言う通りだった。小槌を握る手は一切緩めず、そのまま賊から距離をとる。


「ああ、でも、俺たちゃあそんな小芝居するつもりなかったぜ? 坊ちゃんは成功させりゃあ金をくれるって言ったが、その坊ちゃんも殺しちまえばぜんぶぜーんぶ俺らのもんだ」


「ははは!」と声高に笑うも、男はどう見てもやけっぱちだ。半泣きのような笑顔はどこまでも歪で、その憤りを全てジョセフへと向けている。


「屋敷に宝石に女に金! 相当なリスクを負うがでもやってやれねえことはねえ! だって坊ちゃんが屋敷の見取り図や警備人数なんかを教えてくれたからな」


 なあそうだろ坊ちゃん、と賊が悲しげに笑う。

 どう足掻いても敵わない。そんな諦めを含んだ笑いのように思えた。


「それなのによお、バケモンみてえな男がいるなんて聞いてねえぜ! おかげ……こっちは……!!」


 賊が剣を振り上げる。

 やめろと叫ぶジョセフがその美麗な顔を恐怖に歪ませた、その時。


「ご苦労でした。減刑については後ほど伝えます。ポチ、その男を連れていきなさい」


 ポチが賊の腕を掴み、剣を取り上げた。たらたらと悪態をつく賊を拘束して部屋の外へ連れていく。どうやらジョセフの自白を引き出すための芝居だったようだ。


 項垂れるジョセフの前にひらりとドレスが揺れる。


「……なにか弁明はあるかしらジョセフ」


 それはとても寂しそうな声だった。

 クリスティアーナはいつも凛としていて強く潔い女性だ。少なくともダニエルの認識では。その彼女が見つめるかつての婚約者。どのような表情をしているのか想像もできない。


「クリスティアーナ……僕が悪かった。きみの妹の誘惑を受けてしまったこと、本当に申し訳なく思う。反省している」


 床に這いつくばったまま、へらりと笑顔を浮かべた。


「実は、この企てを思いついたのはきみの妹だよ。とても恐ろしいものだった。僕は……僕は我が身可愛さに頷いてしまったんだ。それがどんなに愚かなことだったか、いま目が覚めたよ」


 あのキラキラ輝いていた貴公子の面影はもうない。保身で嘘ばかりを吐き出すあの口をすぐにでも縫い付けてしまいたい。ダニエルはじっと堪えた。リリアーナの手を握り、大丈夫だと目線を送る。


 よろよろと立ち上がるジョセフ。

 胡乱なその瞳をクリスティアーナに向け、縋るように一歩前へ出た。


「やり直そう。僕が愛してるのはクリスティアーナ。やっぱりきみだったんだ」


 そして流れるような動作で懐から万年筆を取り出し、鋭利なペン先をクリスティアーナへと突き出す。


「ひとりで地獄は寂しいからさ。一緒にいこ」


 ダニエルは一歩出遅れた。

 リリアーナを守る体勢でいたためジョセフの凶行に反応が遅れてしまったのだ。


「お姉さまっ!!」


 刹那、不思議なことが起こった。

 リリアーナの首にかかっていたネックレスが強い光を放ったのだ。そして一陣の強い風が室内に起こり、ジョセフの体を吹き飛ばした。同時にネックレスを飾る石が――ダニエルが守護紋を刻んでいた魔石が割れ、粉々になって床へ散った。


「これは……」


 何が起こったのか、それを考えるよりも先にダニエルはジョセフを拘束した。


 これでおそらく一件落着だ。




 ◇




 屋敷内の賊もなんとか鎮圧できたようだった。

 ポチが暴れ回ったおかげもあるが、襲撃のすぐあとにやってきた謎の援軍が手助けしてくれたらしい。クリスティアーナが彼らに礼を言いに行くというので一緒に行きその面々を見てダニエルは大変驚いた。全員、見た事がある顔ばかりだったのだ。街の警備隊かなにかと思っていたのに。


「ダニエルさん、無事でよかったっす!」


 声をあげたのは火事片付けの時になにかと顔を合わせた青年だった。後ろにいる彼らの仲間も誇らしげにしている。


「いやあ俺らもまさかお屋敷が襲われてるとは思ってなくて。驚いたんですけど、まあ助太刀するしかねえと思って」

「どうしてここに?」


 青年はへへっと笑うと、振り返って声をかけた。


「おやっさん、もう出てきて大丈夫っすよ」


 出てきた人物にダニエルは驚いた。それはセントイーグル工房の職人。火事で行方不明になっていた工房の親父さんだったのだ。


「おれは職人だ。職人ってのは作ったもんに責任を持つんだ」


 親父さんはそう言って服をめくって腹を見せた。そこには幾重にも巻いた布があって、丁寧な手つきで外したそこからはダニエルが注文していたネックレスが現れた。その見事な輝きにその場にいた全員が息をのむ。


「……イヤリングと指輪は、すまん。せめてネックレスだけでもと思って暴漢殴って逃げ出したら、こいつらが匿ってくれたんだよ」


「おやっさんから話聞いて、ダニエルさんが言ってたお嬢さまの話合わせたら、もしかして領主様のお屋敷かもってロンが言うんすよ。あ、ロンは俺らの仲間うちで一番頭いい奴なんです。そんでみんなで行ってみたらなんか大変そうで、勝手ながら助太刀した次第で」


 青年がにかっと笑う。


「義理人情ってやつですよ。ダニエルさんには世話になったんです。恩返しするのは当たり前っす」


 ダニエルは込み上げてくる涙をぐっとこらえ、青年たちや親父さん、それに屋敷の人たちに向かって頭を下げた。


「ありがとうございます」


 恩返しと言われるほど大したことはしていない。嫌々やったことも多々ある。けれど巡り巡ってこのような人の優しさに触れられたのだとしたら、ダニエルは魔力持ちでよかった。心の底からそう思った。




「ダニエル・タッカー」


 クリスティアーナのよく通る声がダニエルを呼ぶ。

 振り向くと彼女はダニエルを真っ直ぐに見ていた。後ろにエリザベスとポチを侍らせた姿はさしずめ女王。ダニエルは自然と膝をつき首を垂れていた。


「あなたがリリアーナへ贈った品はどれも素晴らしい。リリアーナに相応しい贈りものと認めましょう」


 ふ、と笑うような息づかいが聞こえた。

 それは嘲りでも苦笑でもなく、よくやったという賞賛を含んだ安堵の笑みのように思えた。


「約束を果たします。婚姻はリリアーナの望む通りに。決して無理強いしないことを誓いましょう」

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