表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉の婚約者と仲がいいピンク髪妹だわ詰んだ  作者: 猫の玉三郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/40

31話 おやすみなさい

 夜、ダビドや使用人たちを交えての食事会は始終明るい雰囲気だった。料理も好評。みんな笑顔だった。そのことにダニエルはほっと胸を撫でおろす。もし二人きりだったらこうはいかなかっただろう。口下手で場を盛り上げるというのが壊滅的に苦手なダニエルである。今日はこのまま解散して、明日の朝リリアーナを見送る予定だ。


 メイドと共に片付けをしながらダニエルはふと視線をリリアーナへと向けた。


 ルーを膝の上に乗せてダビドと談笑中だった。

 肩の辺りまで短くなった髪がさらりと揺れる。彼女の笑顔をずっと見ていたかったけれど、そろそろ夢から覚める時間なのだろう。




 ◇




「リリアーナ様、そろそろ」


 メイドが自室で休むよう勧めてくる。リビングにはまだダニエルがいて、これからようやく二人で話せると思っていたのにこれだ。


 少し前からダニエルとリリアーナが二人きりにならないようメイドたちが動いているのは気付いていた。ダニエルもそうだ。なにかと理由をつけてはふたりきりを避けている。


 今夜だってダビドが来てくれたのは嬉しいけれど、もっとダニエルと過ごしたかった。もしかしたらこれが最後かもしれないのだから。


「……ダニエル。わたし、もう休むね」


 未練がましく言ってみればダニエルはリリアーナの側まで来てくれた。大きくない家なので部屋まで送ると言ってもさほど距離はない。メイドは空気を読んで少し後ろに下がってくれたものの、いなくなってはくれなかった。


 寝室へと入る際、つかのま見つめ合う。今夜で最後になるかもしれないなら、ぎりぎりまで一緒に過ごしたい。本音を言えば姉とそうしたようにダニエルと一緒に朝までぐっすり眠ってみたい。それがダメならリビングでずっとおしゃべりでもいい。


 それを良しとしない空気は感じる。けれど今この瞬間は夫婦であるふたりに何の問題があるだろう。


 いや、多少なりとも問題なのはリリアーナだってわかっている。姉との約束を間近に控え、この先がどう転ぶかわからない身の上だ。ジョセフと結婚する未来だってありえてしまう。


 だけど。

 だから。

 今は目をつむってほしかった。


 目配せをするとメイドは苦悩の表情を見せ、考えこんだように口元を結んだあと、その場を静かに離れてくれた。


 リリアーナは意を決して口を開く。


「ダニエル、あのね」


 自分の中の勇気をありったけ集めて。


「ひとつだけ、聞かせてほしいの」


 今夜一緒に過ごすことができないならば、どうか心の内を教えてほしい。リリアーナのことをどう思っているのか。夫婦として過ごしたこの期間をどう感じたのか。


「ダニエルは……わたしのこと、……そ、その、」


 聞くだけだから簡単、なんてことはなかった。

 知りたいはずなのに聞くのが怖くて、集めた勇気はすぐにバラけて飛んでいってしまいそうだ。


 けれどやっぱり知りたくて、リリアーナはぎゅっと目をつぶり続きの言葉を声に出した。


「わたしのこと、どう、……思ってる……?」


 一瞬、辺りは耳が痛くなるくらいの無音となった。

 その短い沈黙を破ったのはダニエルで。


「……この気持ちをうまく表現する言葉が見当たりません」


 ひとつひとつの言葉を思案するようにダニエルは続ける。


「好き、というと俗っぽい。愛してるは、少し傲慢に思えます。慕っているも少し違う。この気持ちはもっと重くて罪めいています」


 ダニエルがリリアーナの手をとり、自身の胸元に当てた。ちょうど心臓の辺りに重なるように。


 リリアーナは顔を上げてダニエルを見つめる。


「俺の心はあなたのものです」


 熱いほどの体温。

 少しかさついた親指が肌を撫でる。触れられている部分が火傷してしまいそうだ。


 リリアーナは何も発することができず、暗い廊下で静かに見つめ合った。前髪のすき間からのぞくダニエルの青い瞳。細く開いたその青は暗いなかでもなぜかよく見えた。もっと見たくて、触れたくて。


「ダニエル……」


 リリアーナは胸元に置かれた手で彼の服をぎゅっとつかみ、無意識に引き寄せていた。一緒にいたい。近くに感じたい。それに応じるよう、少しずつではあるがダニエルも顔を寄せてくれる。


 吐息がかすめる近さにたまらず目を閉じた。この先がどのようなものになるかは分からなくて、ただ本能のままだった。ダニエルをすぐそばに感じる。ずっとずっとこうしていたい。


 しかし。


「……おやすみなさい」


 唇同士が今にも触れそうなところで発せられる言葉。細くかすれたダニエルの声が振動となって唇をじんと痺れさせる。同時に離れていく気配に我へと返り、リリアーナは閉じていた瞳をゆっくりと開いた。


 すぐには焦点が合わず何度かの瞬き。

 ようやく見えたのは、ダニエルがリビングへ戻る後ろ姿だった。





 ◇




 同日晩、一件の宝飾工房から火の手が上がった。


 幸いと言っていいのか、先日の大規模火災の件があったため、住人たちの火事に対する意識も高く、早期発見、早期対処。延焼もせずすぐさま鎮火となった。


 近隣住民の証言によると複数人の男たちが怒鳴っている声が聞こえ、何やら争っていたようだと。実際に鎮火後の現場を見ると、道具などは火事以前に破壊された形跡が見られたという。しかし当時作業をしていたであろう職人の姿は見当たらず詳細はわからないまま。


 物取りからの放火ではないか。

 それが現場を見たものの意見であるが、証言のひとつに「現場付近で見慣れない綺麗な馬車を見た」というものがあり、わずかではあるが貴族やそれに近しい人物の関与が浮上している。


 また、物々しい男たちが街外れの森に集まっているのを見たという話もあり、民衆の間では不安が広がりつつあった。


あと8話程でおわりになります。

今しばらくお付き合い頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ハッピーエンド早く来て!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ