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姉の婚約者と仲がいいピンク髪妹だわ詰んだ  作者: 猫の玉三郎


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30話 一夜経って

 街で起こった火災についての報告書を読み、クリスティアーナは目を細めていた。


「居住区の西側と東側でだいぶ被害に差があるわね。比較的被害が小さかった西側は魔力持ちの尽力が大きかったということだけど……」


 ダニエルであろう人物の働きぶりに目を見張る。危険な現場で自身を顧みない活躍には褒賞を与えたいものの。


「一週間後に大舞台を控えているというのに、なにをやっているのかしら」


 あの子が心配するでしょうに、とクリスティアーナは小さく息を吐く。


 魔力持ちの人間はその特別性ゆえにどうあっても一目置かれる存在となる。あからさまに人を見下す傲慢なタイプは珍しいものの、多くは自身の能力に誇りを持ち、良くも悪くも周囲とは線引きをしている。アッシュフォード家の主治医だって魔力持ちで腕はすこぶるいいが、気位は高い。おまけに傷や打撲痕を見て喜ぶ奇人変人だ。


 けれどダニエル・タッカーという男はそれと違うらしい。周囲の人間は怖くはないのだろうか。もしダニエルが本気で怒りその拳を振り上げれば只人は無事ですまないだろうに。


「各地域の消防団にはうちからも支援金を送っていたわね。近いうちに監査員を派遣できるよう調整してちょうだい。これを機に活動内容と収支報告の確認をやりましょう」


 クリスティアーナはそばに控える秘書兼侍女に淡々と伝える。


「あとは復興のためと銘打って魔力持ちの派遣を要請しましょうか。本来ならどれほど魔力持ちが貴重で厄介な存在か、周知するのも悪くないわね」


 視界の端でポチがにやにやしているのが見える。

 それが何故だかちょっとだけ腹立たしかったのでお使いを頼むことにした。


「ポチ。うちの主治医を連れてダニエル・タッカーの元へ行ってちょうだい」

「今すぐか?」

「早い方がいいわ」


 あの男が怪我をしているのなら、リリアーナが大そう悲しんでいるだろうから。


「どのみち、ダニエル・タッカーの正装一式を届けに行くつもりだったのでしょう? 一緒に持って行ったらいいわ」

「ではそうさせてもらう」

「出来が気に入らないからって勝手に注文して、そんなことするのはあなたくらいなものよ」

「仕方あるまい。半端な正装など俺の美学に反する。服は美しく着こなすべきだ」

「あきれた。腕相撲に負けそうになったからって殴り合いに持ち込んだのは美学に反さないのかしら」

「はははっ」

「笑ってごまかさないで」


 小さく息をつきながら、さわさわ。なでなで。クリスティアーナが無意識に手を伸ばしているのは膝の上。そこにはツンとした表情が特徴的なネコのぬいぐるみがあった。


 妹が贈ってくれたぬいぐるみにクリスティアーナは衝撃を受けていた。そのあまりの可愛らしさに心を撃ち抜かれ、架空の人物を作り上げてぬいぐるみを数体注文をしていたほどだ。妹というひいき目を抜いてもこのぬいぐるみは愛らしい。本当に。


 この雷に打たれたような経験を得てしまえば、この世には他にも愛らしいものがあるのではないかと無意識に探すようになってしまった。


 こんな愛らしいもので埋め尽くされた部屋があったらどんなにいいだろう。誰に見せるでもない自分だけの特別な部屋。いいや、こんなに愛らしいものを秘匿しておくのももったいない気がする。例えばクリスティアーナが見つけた愛らしいものだけを並べたセレクトショップなんてどうだろう。


 作家の支援にもつながり、クリスティアーナの好みを知った誰かが愛らしいものを作ってくれるかもしれない。同じく愛らしいものを好む同志だって見つかるかもしれない。


 ささいな思いつきが形をどんどん膨らませていく。

 すました表情ながらも紅潮した頬は化粧でも隠せやしないだろう。頭の中のきらきらした想像が瞳にも輝きを与えていた。


『おねえさまの夢はなに?』


 ふと、頭のなかの幼い妹が満面の笑みでクリスティアーナに問う。


(……私の、夢)


 クリスティアーナは瞳をとじ、穏やかに口元をほころばせた。


 そして次の瞬間には表情を引き締めて姿勢を正す。

 妹リリアーナに関する問題はまだ片付いていない。最後まで気を抜かず、結果をしっかりと見定めなければいけない。


「これまで静かにしていたようだけれど、ジョセフはどう動くつもりかしらね」


 あの男がただ静観しているとは考えづらい。


「クリスティアーナ様」


 控えていたエリザベスが静かに口を開いた。


「どうしたの」

「現在の統治に不満を持つ輩が集まり奮起しているとの噂が。実態は掴めておりませんが万が一もありますので念のためお耳に入れておこうかと」

「……そう」


 民の暴動はわずかとは言えある。

 噂段階でも警備隊に伝えて見回りを強化してもらった方がいいだろう。相手は領民だ。暴徒となる前に対処したい。


 けれどその報告にクリスティアーナは妙な胸騒ぎを感じていた。




 ◇




 ダニエルは今日も火事の被害区域に赴いた。

 瓦礫の撤去を手伝うためなのだが、落ち着かない気持ちを紛らわすためでもあった。


 先日なぜか医者と共にやってきたポチがドヤ顔で真新しい服を寄越してきた。こんな高価なもの受け取れないと言ったが聞く耳持たず。さらには「伯爵と会うのに貧相な服を着ていてはそれだけで信用に足らんと評される」と言われるとダニエルは何も言えなかった。代わりにと言ってはなんだが、ポチの遊び相手を務めることで合意を得た。遊びという名の力比べ勝負だが。


 妙なことになってしまったなあと思いつつも、正直服のことは大変ありがたかった。




「ありがとう、ルー」

「クルッ」


 小さな瓦礫を運んで誇らしげなドラゴンにダニエルは顔を綻ばせる。最近はどこに行くにも一緒と言わんばかりでダニエルの後を着いてくる。


 クリスティアーナとの約束の日まであと三日。

 改めて招待状が送られて来たために間違いようもない。当日は馬車が迎えに来るというのでそれまでに準備をしておかないといけない。リリアーナは準備のために約束の日より一日早く伯爵家へ戻ることと通達が来ていた。明日の朝迎えに来るらしい。


 幸いにも特注のジュエリーは制作が進んでいる。期日ぎりぎりにはなるかもしれないが、工房の親方からは絶対に間に合わせるとの言葉をもらっている。コツコツ作業をして魔石を作っては売ったおかげで、はるか雲の上だと思っていた支払い額も達成できた。


 あとは待つのみなのだ。

 その落ち着かなさを力仕事で紛らわせている自覚がダニエルにはあった。今なら心無い外野に何を言われても黙々と作業できる自信がある。


 彼女との暮らしも明日の朝まで。

 降って沸いた幸運な日々を、笑って手放さなければならない。


 願わくば、彼女のこれからが幸福に包まれんことを。そしてダニエルと過ごした日々が汚点として残らないよう、密かに着けているネックレスに触れながら何度も神に祈った。


 ローズピンクの石をあしらったシンプルなネックレス。これはダニエルにとって生涯の宝になるだろう。


 髪が短くなったリリアーナが頭のなかでにこりと笑いかけてくる。自身の髪を手放し、ダニエルの力になりたかったという彼女の真摯な眼差しがずっと胸焼いていた。自惚れてはダメだ。あの人は愛情豊かな方だから。仮に、例え、そうだとしても……結ばれてはいけない。そう自分に言い聞かせて、ダニエルはまた作業を再開した。




 太陽が真上にのぼり、休憩のために木陰へと入った。すると見覚えのある青年が小走りで駆け寄ってくるのが見える。


「ダニエルさん、今日もありがとうございます! おかげさまで片付くのが早いっす!」

「役に立てたのならよかった」

「あ、これが噂のトカゲっすね? りんご持ってきたんでよかったらどうぞ。婆ちゃんがトカゲは果物好きって言ってたんで」

「ありがとう」


 トカゲじゃないけど、と心の中で付け加える。

 ルーはダニエルの肩に乗っていたのだが、青年からリンゴを受け取ると「キュ」とお礼を言うかのような鳴き声を上げた。


 嬉々としてりんごに齧り付いたルーは目を輝かせ、それからダニエルにも食べろと寄越してくる。どうやら美味しかったようだ。相変わらず食べものをシェアしたがるルーに苦笑しつつも、その気持ちが嬉しい。ダニエルは小さなりんごを手に取るとひと口齧る。甘酸っぱさが口に広がり、いつかリリアーナに食べさせてもらった味を思い出した。


「よく懐いてるんですね」

「クルルッ」


 りんごの思い出に浸っていると、突如青年が尋ねる。


「ダニエルさん、昨日隣にいた可愛い女の人って、その、」


 青年はわずかに頬を赤くしていた。気になっているらしい。さすが万物を惹きつけるリリアーナさんだと思う一方、少しだけ苦い気持ちになった。


「いいところのお嬢様だよ」

「えっ!? まさか、町長とかでかい商会の娘さんとか? うっわどうしよう、俺、もう少しいい服着とけばよかった」


 つい苦笑が漏れる。平民が想像するいいところのお嬢様なんてその辺りだ。身近なところで想像できて、ほんの少し夢が見れる限界がそこ。けれどリリアーナは違う。


「その町長や商会の娘さんを、使用人として雇うような家の人だよ。住む世界がふたつくらい違う」

「え」


 青年はあんぐりと口を開けていた。

 ダニエルも出会ったばかりの頃は裕福なお嬢さんと感じてはいたものの、まさかこの辺り一帯を統べる伯爵家の令嬢だとは思わない。もし知っていたら恐れ多くてなにがなんでも考え直してもらったはずだ。アッシュフォード家のメイドさんにこっそり教えてもらい、立ったまま気絶したあの時が懐かしい。


 知ってなおリリアーナのそばから離れなかったのはダニエルの卑しい想いが膨れてしまったから。夢のようなひと時を手放したくなかったから。ダニエルに向けてくれるまぶしいくらいの眼差しを、心に刻みたかったから。


「こわっ。高嶺の花なんてもんじゃないっすね。声かけただけでバチ当たりそう。そんな人がなんでダニエルさんと一緒にいたんですか。あっ、ダニエルさんめっちゃ強えから、護衛みたいな感じ?」


 偽りとは言え夫婦だと言ったら彼はどんな反応をするだろう。好奇心が湧かないこともないけれど、ダニエルは決してそれを口にしない。他人に触れさせず心の中で大事にしまっておきたかった。


 ダニエルは青年の質問についぞ答えることはせず、その後少し話したあとに別れた。




 今夜はダビドと二人で料理を振る舞うことになっている。リリアーナとの最後の夜を楽しく賑やかにする為に協力をお願いしたのだ。


 最近は特にリリアーナとふたりきりの状況は気持ちが落ち着かなくなる。何か言いたげな瞳に見つめられると手を伸ばしたくなってしまうのだ。


 髪が短くなってもリリアーナは変わらず可愛くて、むしろどんどん輝きが増していくように思えた。


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― 新着の感想 ―
お姉様も自分の好きが持てたようでニッコリ。自分に大好きなものがあると人の好きな物も尊重出来るようになりますものね。
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