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姉の婚約者と仲がいいピンク髪妹だわ詰んだ  作者: 猫の玉三郎


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29話 わたしも力になりたくて

 夕明りもわずかとなった頃。


「ダニエル」


 手元も暗くなりもの探しには向かない時間になってきた。そろそろ帰らなければと考えていると、ここにいるはずがない彼女の声が聞こえる。ぼんやりと辺りを見渡す。するとワンピースの裾をはためかせながら駆け寄るひとつの影。


「……リリアーナさん」

「大丈夫? ケガしてない? ダニエルは時々無理をするから心配だわ」


 夢でも見ているのかと思った。リリアーナがこんな火事の現場に来るわけがない。けれどどう見たって彼女に違いなく、現実なのか妄想を拗らせているのか、ダニエルはうまく認知がかみ合わない。


 呆けているうちに煤で真っ黒に汚れた手をリリアーナの白い手が優しく包んだ。少し冷えた小さな手だった。せっかくきれいなのに、それが煤で黒くなってしまうのはしのびない。例え妄想であっても。


「……だめですよ。俺、汚れてます」

「あなたと一緒いられるのなら汚れたって構わない」


 きゅっと握られる感覚に、頭にかかっていた霞が少しずつ晴れていく。まぶたの裏が熱くなるのを感じ、涙がにじむ目をこらすと、やはりリリアーナは本物だった。泣きそうな表情でダニエルを見上げており、それがひどく胸を打つ。


「リリアーナさん……」


 彼女はストールで頭をすっぽり覆っていた。

 よく見ればよく知るメイドや護衛が後ろに控えている。家を飛び出して来たのだろう、彼らの表情は心配に満ちたものだった。


「ねえダニエル。受け取ってほしいものがあるの」


 そう言ってリリアーナは自身のポケットから小さな巾着を取り出した。既視感のあるその見た目に、心臓が大きく波打つ。


「ごめんなさい、あなたのことが心配だったからマダムのお店でいろいろ聞いたの。そしたら宝飾店で買い物したって耳にしたから」


 差し出された巾着にはあの宝飾店の焼き印が入っていた。


「……それ、は」


 驚いて身動きが取れなかった。

 そして手に取ろうとしないダニエルに代わり、リリアーナは巾着の中を出して見せた。白い布に包まれ、中にあった小さな桃色の石。持つものに幸運をもたらす魔石、ピンクローズ。もしかして使用人たちと一緒に探してくれたのかと考えたが、それもすぐに違うとわかる。ダニエルが購入した石とは別物。これはダニエルが欲しいと思いつつも買い控えたもうひとつの石だ。


 その時、一陣の風が吹きリリアーナのストールを巻き上げた。拍子にあらわになった彼女の姿を見て、ダニエルは息をのむ。


 長くたっぷりとした彼女の薄桃色の髪が。

 肩口までばっさりと切られ短くなっている。


 釘付けとなって動けないダニエルに、リリアーナは恥ずかしそうに笑う。


「ちょっとだけね、お金が足りなかったから。あ、でもね、これを買ったお金はね、自分でちょっとずつお仕事して貯めたものなのよ。伯爵家のお金はなにも使っていない。だからダニエルに渡せるの。刺繍をね、がんばって毎日たくさん作って――」


 最初は簡単なものしかできなかったけれど、この三ヶ月間でずいぶん上達したこと。ダニエルの助けになりたい一心で毎日コツコツ作業をしていたこと。合間に趣味で作ったぬいぐるみが好評で、いくつか注文が入ったこと。それで得たお金をダニエルのために貯めていたこと。それでも少し足りなかったから、髪を売ったこと。そのどれもがダニエルの心を強く打つ。


「ダニエルはわたしの為に頑張ってくれるから、わたしも力になりたくて」


 なにも言葉にすることができない。様々な想いが込み上げ、心臓を焼き、喉を震わせる。目尻にたまる雫が頬へすべり落ちた。


「お、俺なんかがもらっていいんですか」

「ダニエルにもらってほしいの」


 手が震える。

 声が震える。


「わたしたちは夫婦よ。困ってる時は助け合うものだわ。それよりもこの髪型、似合う? 最近はこれくらいの長さが流行ってるんですって。軽くて気持ちいいのよ」


 口を開いてもなかなか言葉が出てくれない。

 けれどリリアーナは辛抱強くダニエルを待ってくれた。


「とっても、かわいいです。すごく似合ってます」


 ああ、どうして気の利いた言葉が出ないんだろう。聖書でも詩でも文学でも、もっと勉強しておけばよかった。そしたら心の内をもっと伝えられるのに。


「ほんと? よかった」

「本当に。本当にかわいいです。これしか言えなくてすみません。でも本当に似合ってます」


 ダニエルは小さな石が乗ったリリアーナの手に、自身の手を重ねた。おこがましいと理解している。彼女の小さな肩がぴくんと跳ねた。


「ありがとうございます」


 のどから振り絞るように紡ぐ感謝の意。

 岩のように重くて湿った気持ちを伝えるにはどうやっても言葉がたりない。音だけが上滑りするもどかしさに、ダニエルは重ねる手にきゅっと力を入れた。


「……俺の幸せや幸運をすべてあなたにあげられたらいいのに」




 その時、離れたところではあるが瓦礫が崩れる音が聞こえた。この辺りには壊した石や焼けた木材が散乱している。女性がうろつくにはだいぶ危ないのだ。リリアーナをすぐさま安全な所へ連れていかなければとダニエルが思っていると。


「おいアンタ、手があいてんならこれ運ぶの手伝ってくれよ! 女とじゃれあってる場合じゃねえぞ!」


 声のした方を見れば最初にダニエルを現場へ連れて来た男だった。

 言い分はわかるがダニエルにとってリリアーナの安全は何よりも優先しなければならない。


「すみません、また明日来ます」

「はあっ!?」

「今日は帰ります。それと、彼女に対して乱暴な物言いはやめてください」


 自分が言われるのは構わない。しかしリリアーナに対しそういう態度はダメだ。反論されるとは思っていなかったらしく男が顔を真っ赤にしたが、同時に背後から大きな声が聞こえてきた。


「ああよかった、ダニエルさん!」


 リリアーナと共に振り返ると、特に見覚えのない成年が手をぶんぶん振りながら駆け寄ってくる。歳はダニエルと同じくらいか、もしかしたら少し年下くらいだ。


「うっわめっちゃボロボロじゃないですか!? どうしたんすかこれめっちゃ上等な服でしょう! はあ、ダニエルさん連れて来た人も着替えくらい寄こしゃあいいのに」


 青年はダニエルの姿に驚いているようだ。


「あ、すみませんひとりで勝手にしゃべって。おれ、前にダニエルさんに助けてもらったことがあるんです。覚えてますか、急なケガで動けないときに運んでもらって……」


 そう言われてみれば思い当たることがあり、思わず「あ」と声をもらす。倒れた木材に巻き込まれて足を負傷していた青年だ。


「あの時は本当に助かりました。改めてお礼を言わせてください」


 当時も十分にお礼を言ってくれたと思うが、だいぶ義理堅い男らしい。


「なんかダニエルさんが探し物してるって聞いたから、みんなに声かけて一緒にやったんです。宝飾店の巾着って聞いて、これかなって」


 そう言って見せてくれたのはまさにダニエルが探していた巾着だった。受け取ってみると巾着は想像以上に布地が焼けて、あちこちに穴が開いていた。


「瓦礫の下敷きになってたんですよ。でも、その、中身が……」


 ダニエルはその巾着をもらい受けて確認したが、中にはなにも入っていなかった。穴からこぼれて瓦礫と共に散ったか、あるいは中身だけ盗られて袋をその辺りに捨てられたか。


 けれど心は温かいままだった。

 リリアーナの気持ちが、青年たちの親切が、穴だらけになっていたダニエルの心を埋めてくれる。


「探してくれて、ありがとうございます」

「落ちてた場所はわかるんで、また後日みんなで探せばなんとか――」


 そこへ水を差すようにガラついた声がさえぎった。


「なんだよさっきから聞いてりゃあよお、オレが悪いみたいに言いやがって、服が焼けたのももの失くしたのもテメエのせいだろうが。ったくよお、まだまだ片付けは残ってんだからさっさとやれってんだ」


 すっかり存在を忘れていた。

 今日はどうあっても帰らせてもらおうと口を開きかけたところで青年に先を越された。


「ダニエルさんはここらの人間じゃねえんだ、無関係だろうがよ。そりゃ人の命がかかってんだから誰だって手伝う気持ちはあるさ。でもダニエルさんの優しさにつけこんで、それをやって当たり前と思うのは違うんじゃねえか」


 先ほどの態度とは打って変わって青年は厳しい目つきで男をにらんでいる。

 さらに、ダニエルは今になって気づいたが、周囲には多くの人がいた。青年の連れらしき若者たち、火事の被害にあった人たち、先ほどの少女を連れた家族など。その誰もがダニエルを気遣うように見守ってくれていた。


「そいつは魔力持ちで、だから誰よりも貢献するべきで……」


 男はおろおろと目を泳がせ、威勢のよかった声は次第に小さくなっていく。


「みんな自分のできることをやるんだよ。もってないもんで威張んじゃねえ。そういうのダセえんだよ」


 ついに言葉が途切れた男はじりじりと後退る。


「俺らはダニエルさんに感謝はしても、非難できることなんてひとつもない。だいたい消防団はなにやってたんだよ。訓練のひとつでもしたことあったのか? やたらたけえ組合費はとるくせに、中身ともなってないんじゃねえのか」


 青年がぴしゃりと言い放ち、男は顔色を悪くして逃げるように去っていった。




 ◇




 その後、ぼろぼろの姿で現れたダニエルに仕立屋のマダムは絶句していた。少し出歩くつもりがすっかり遅くなってしまい、マダムにもいらぬ心配をかけたであろうと心底申し訳なく思う。せっかく手掛けてくれた服もこんなふうにしてしまって。隣に寄り添うリリアーナの表情もどこか硬い。


「せっかく作ってくださったのに申し訳ありません。代金はきちんと払いますから」


 マダムは「大変だったね」と労いの言葉をかけてくれたあと、それから内緒話をするように声をひそめた。


「ほんとは言っちゃいけないんだろうけどね。もしかしたらそう悲観せずにすむかもしれませんよ」


 ダニエルの肩をぱんぱんと叩く。


「いい人はね、ちゃんと報われます。大丈夫。神さまはきちんと見てるんだから」


 ぱちんとウインクを贈られ、ダニエルは遅れて笑みを見せた。


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― 新着の感想 ―
リリアーナの他にもダニエルをちゃんと見てくれてた人がいた! 神様も見ていてくれたの? 続きが待ち遠しいです!
これ、アレじゃんんんん………! 髪飾りと懐中時計の鎖のやつやんんんんん! そろそろ気付けダニエルゥゥゥゥーーーー! というかもうお前主人公じゃんんんんんんんん…………ッ!
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