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姉の婚約者と仲がいいピンク髪妹だわ詰んだ  作者: 猫の玉三郎


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26話 こんなの初めて

 ダビドはどこの伝手を使ったのか、ダニエルたちの家からそう遠くない場所に家を借りていた。調理器具や食材に調味料をそろえて料理の研究をするそうだ。お互い聞きたいことがあるため家を行き来することになりそうだと思っている。


「さっそくやってるな」

「はい。時間がないので」


 ああでもないこうでもないと配置に悩みながら作業机に広げた砥石やボウドリルなどの研磨道具。油のはいった容器からは独特な匂いがしていた。


 宝飾品に使われる魔石や宝石は表面は丸くつるっとしている形であることがほとんどだ。石の内部に不純物がないこと、模様が美しいことなどが求められるが、魔石の加工にはまた特別な細工が求められる。


 魔石はそこにあるだけでエネルギーを放出している。なので最初は透明度が高くとも時間の経過とともに石が濁っていくのだ。貴族の中には鑑賞期限のある美しい魔石を宝飾品に使うことによって己の財力を示すことに執心している者もいる。魔石のエネルギーを利用して寒い日のために温熱効果や重量を増しがちな宝飾品の軽量化に使う場合もあるが、それは目に見えづらい場所に誂えてある場合が多い。


 しかし貴族の金も無限ではないので、見目のよい魔石を長く使いがたいため密かに術式を刻むのだ。魔石のエネルギーを外部にださない術式をほどこせば半永久的に美しく輝く魔石を使うことができる。金や銀の金属パーツ、ガラスのビーズなどと組み合わせれば、それは美しい宝飾品となるだろう。


 ダニエルがやるのは原石の研磨、そして術式の刻印。


 平民のダニエルからすれば魔石のエネルギーなんて使ってこそだ。暗い部屋を照らすのも冬場の水を温かくするのも魔石の力。飾りのためだけに魔石を使うだなんてどこまでも贅沢だなと思っていた。


 しかしやってみると案外おもしろい。

 同じように見えて表情が違う石。不純物がよい味になっているものもあるし、磨いてみて表情が変わる石もある。


 そしてダニエルが採った石はかなり透明度の高い魔石だった。これにドワーフ独自のカットを石の下部に施すことにより、反射した光で石の輝きが増す。


 ダビド監修のもとしばらく作業をしていると、リリアーナもやってきた。腕に下げた籠には裁縫道具が入っているように見える。


「わたしもこの部屋で作業していい?」

「ええ、もちろん。でもなにもない部屋なのでそう楽しいことはないと思いますよ」

「ダニエルと一緒にいたいの」


 リリアーナの言葉はいつだってダニエルの心臓を射抜く。恥ずかしくて、嬉しくて、下を向いてもじもじしていると横にいたダビドが「さすが新婚だな」と冷やかし気味に笑っていた。




 ◇




 ダニエルは魔力持ちだ。その力が強くでている瞳のおかげで細かいものを観察できる特別な視力をもっている。その力と手先の器用さを活かし、とにかく小さくカットした魔石をたくさん作った。普通だったら大きくあることに意味のあるのが宝石だ。大きければ大きいほどインパクトがあり価値がある。しかし技術をもって輝きを増した魔石は小さくともキラキラと輝き、小さいものをいくつも使用することによって大きな石に勝るとも劣らない価値を生み出す。


「……すごい、星が落ちてきたみたいに輝いている。こんなの初めて見たわ」


 リリアーナの感嘆にダニエルが照れる。


「そう言ってもらえて嬉しいです」


 普段から装飾品を見慣れているだろうリリアーナが褒めてくれるのなら多少なりとも自信が持てる。

 この小さな石をはめ込むには貴金属の台も小さくしなければいけないし、固定するための爪も極小になる。職人の熟練した技量が必要だろう。




 ある程度作った魔石を布で包み、巾着にいれる。一応、手持ちの服の中でいちばんマシなものに着替えてダニエルは街へと出かけた。


 まずは魔石関連のギルドへ赴き、鑑定の窓口へ向かう。魔石の鑑定書を作ってもらうためだ。それなりのお金はかかるが、あるとないとでは石の信用度が違う。


「クリスタルバレー産というのは本当か」

「すごい、こんなに透明度の高いもの初めて見ました……」


 ダニエルの担当員のうしろに人が集まってくる。ついでにいくつか買取をお願いしたあとダニエルはもうひとつ石を見せた。正しくクリスタルバレー産と見抜いて対応してくれる組織ならばこの石の価値も正しく証明してくれる、というのがダビドのアドバイスだったからだ。


「これは……もしや竜涎魔石ではないですか」


 本来クリスタルバレー産の魔石は無色で透明度が高いことが特徴だが、この石はさらに表面にオパールのような虹色の輝きがある。しかも研磨せずとも表面は丸く艶やか。その正体は、書いて字のごとく竜のよだれで途中まで溶かされた魔石である。


 竜は魔石を好んで食べるが、ごくたまに食べかけの石を落とすことがある。非常に珍しくまた見た目も大変美しいことから高値で取引されることが多いとダビドから聞いた。これはダニエルが助けたルワドラゴンの食べかけの石である。ルーは美味しいものはシェアしたい性分のようで、時折よだれでベタベタの石をくれるのだ。自分のごはん代は自分で稼いでくれると嬉しいのでダニエルはこれを売却してルーの食用魔石や果物を購入するつもりである。


 リリアーナへ贈るジュエリーのメインの宝石は美しく値が張るものがいいが、この竜涎魔石はいやだなだとダニエルは思っている。なんとなく。例えどんなに貴重で美しくとも、経緯を知ってると感動が薄らぐというか、ありがたみが減るというか。無邪気なルーのよだれに塗れていた石をリリアーナの首元に飾るのは気が引けた。


 職員たちがにわかに騒ぎだしたので鑑定書をもらうとすぐにバッグへしまった。ぺこりと頭を下げてダニエルはその場を去る。


 ギルドを出ると今度はその足で仕立て屋へと向かった。以前ポチと一緒に来て、いくつか発注していたものを受け取りにいく為だ。貴族には及ばずともきちんと見えるシャツや付け襟、コートにトラウザー。今日は工房や宝石店との交渉時に身に着ける軽めのもの。対クリスティアーナ用にもうひとつランクを上げたものは縫製に時間がかかるためまた後日の受け取りになる。


 ダニエルは最低限許されるくらいの出来でよかったのだが、ポチはそれが気に入らないようだった。セミオーダーではなくフルオーダー。きちんと採寸して体型にあったものがいい、生地やボタンにもこだわれ、とかなんとか。始終横から口を出してくるので苦労したのを覚えている。彼に仕立ての前金を借りていたので無得にもできずひどく困った。


 仕立て屋の主人に手伝ってもらいながら新品の袖に腕を通していく。


「んまあ素敵ですわ。姿勢がよければなおいいですわよ。ほら歩いて見せて」


 ほほほと笑うマダム背筋を伸ばされて「ぐうっ」とうめくが、マダムは満足そうだ。


「まあまあまあ、やっぱり素敵! やっぱり黒髪長身痩躯の青年にはフォレストグリーンのコートよねえ。しばらく着てみて違和感があったら教えてちょうだい、すぐにお直しするわ」

「ありがとうございます」

「残りの品はもう少し時間がかかるから、二週間後にまたどうぞ」

「はい」


 これでダニエルは戦闘服を手に入れた。

 これからギルドや工房へ赴くときに着る服だ。あからさまに見た目で対応を変えてくる世の中なので、たとえ中身が伴っていなくとも外側を取り繕うことが必要になる。ポチのアドバイスがなければ服にどんな種類があるのかも分からなかったので感謝の念は絶えない。


 着こなすために恥ずかしさをこらえてそのままの恰好で家まで帰った。リリアーナが目をきらきらさせながら装いを褒めてくれる。


「どうしましょう、きゅんが止まらないわ」


 そう言うリリアーナは前にプレゼントしたリボンを着けてくれている。リリアーナこそ、いつだって可愛くて、目が離せなくて、それを伝える言葉がいまだにうまく見つからない。不敬かもしれないけれど、いつかダニエルが服をプレゼントできたら。それを着てほほ笑んでくれたら、どんなに幸せだろう。




 ◇




 後日、ポチと街中で待ち合わせをした。

 服を仕立てる時に前金を出してもらっていたので、その返済のためだ。しかしその場に現れたのはすこぶる不機嫌な顔のポチ。気に食わないとオーラが語っている。雲行きが怪しいことを感じた。

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