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姉の婚約者と仲がいいピンク髪妹だわ詰んだ  作者: 猫の玉三郎


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25話 旅の思い出

 ダビドと共に家を出てからの45日間、本当にいろいろあった。ダニエルは作業机に戦利品である魔石を広げながら旅でのことを思い出していた。



 強い風が常に吹き荒れるオルヘイブン峡谷。上質な魔石がとれることから別名クリスタルバレーとも呼ばれる過酷な地だ。十日もの日数をかけてたどり着いたのは、はるか上までそびえ立つ岩壁に挟まれた谷だった。近くにある山脈から流れる川をはさみ、所によって岩壁は大きく湾曲している。強烈な風が行く手をはばみ、魔石は風のエネルギーをその身に蓄えていた。


 比較的下層の岩壁から採れるのは透明度も低い魔石だ。下層と言ってもダニエルが手を伸ばしてやっとの位置。もっと上質で稀少なものを採りたいのならこの岩壁をかなりの高さ登らねばならない。


 かつて採掘を試みた人たちが岩壁に階段を掘っていたり、足場や手すりになるような杭を打ち付けている努力が見られた。しかしこの自然の力に抗うことは難しかったようだ。どれも中途半端なところで終わっており、試しに手作業で彫られた階段を使ってみると、上に行くほど風の威力は増して体勢を整えるのがやっとになる。吹き付ける風は容赦なく体温を奪い、長時間の作業は想像以上の苦痛を伴うだろう。


 しかも、この峡谷には悪魔が住み着き恐れられているらしい。悪魔が何の比喩なのか、そこまでダビドも把握していないようだ。


「おまえさんが求める魔石はここにある。死んでほしくはないから無茶はせんでほしい」


 もちろんダニエルだって死ぬのは困る。

 絶対に帰らねばならないから。


「あの陽の光に反射して輝いている部分がそうですよね。取りやすい所から採っていくんで、鑑定をお願いします」


 そこから試行錯誤の五日間だった。地形については事前に聞いていたのでそれなりの準備もあった。重たい荷物の中には鉄杭とハンマーも入っている。高所で強風にさらされながら岩肌を削る。結果的にクズ石からそこそこ品質のよい魔石の原石を手に入れることができた。手指はボロボロ、全身擦り傷だらけになってしまったが。


 誤算もあって、言われていた悪魔の正体が岩場に住み着いたドラゴンだとは思わなかった。さらに、採掘の途中で弱っている子ドラゴンを見つけるとも思わなかった。


 育児放棄されたか、もしくは巣から落ちて動けずにいるのか。どうしても見過ごせずに保護してダビドに相談してみた。ドラゴンは魔石の多く採れる地にいると聞いたことがあったのでドワーフなら何か知っていると思ったのだ。予想に反してダビドは大きな目をこれでもかと見開いた。


「ルワドラゴンの幼体か。それもかなり衰弱している。こりゃいかん」


 ダビドは「これ食わせていいか」と魔石の一欠片を見せてきた。品質は採掘したなかで中の上。小さいが加工して売ればいい値段になると言われていたものだ。ダニエルは黙って頷きを返した。


「ルワドラゴンは故郷でよく見かける種でたいして珍しくはないんだが、ここで見るとは思わなかったな。おまえさんが見つけてくれなきゃあ、この子は死んでいたかもしれん」


 ダビドは魔石の原石をルワドラゴンの口の中へ入れた。弱っているからか子ドラゴンはされるがままだ。それが余計に痛々しい。ドラゴン種は総じて魔石が好きで、口の中で飴のようになめ溶かしながら食べるのだという。魔石からエネルギーを得てじきに回復するだろうと聞いてダニエルもほっと胸を撫で下ろした。


「……俺らドワーフにとってドラゴンは特別な生き物だ。できれば国に連れてって同種のやつらと一緒にしてやりてえんだが」


 はあと大きく息を吐くダビド。


「おまえさんの体もボロボロだ。これは提案だが、いったん俺の国に寄らないか。傷によく効く秘湯がある。帰る前に一度ゆっくり休んだ方がいい」

「……ダビドはそれでいいんですか」

「仕方あるめえよ。ルワドラゴンのこともあるが、それ以上におまえさんが痛々しい。姫さんがびっくりしちまうぞ」

「ありがたいです。けど、帰るにしてもダビドの国に行くにしても正直移動するのがしんどそうで」

「まあそこは任せとけ」


 ダビドは懐から笛のようなものを取り出すと、ピィィィと大きく響かせた。


「ここは俺の国から近い。さっきの音を聞きつけた大トカゲが迎えにやってくるだろう。その間に荷物をまとめるぞ」

「……大トカゲ?」

「こっちで言う馬みたいなもんだ」


 しばらく待つと本当にダビドの言う通りになった。

 鞍をつけた大きなトカゲが数匹、岩場の影から現れたのだ。大型犬より少し大きいくらいで人を襲うこともない。ダビドはまるで馬を手なずけるようにトカゲたちの顔を撫で、声をかけ労っている。初めて見る光景に、国が違えばこうも違うのだなとダニエルはしみじみ思った。


「荷物をこいつらの背に。ルワドラゴンは俺が抱こう」


 しかしいざ布に包んだドラゴンを抱くとピイピイ言って嫌がる。仕方がないので結局はダニエルが抱いていくこととなった。四足歩行でのそのそ進む大トカゲの背に揺られながらダニエルたちはドワーフの国へと進むのだった。


 そんな経緯があってダニエルはダビドと共にドワーフの国へ寄ることとなった。二十日間も滞在することになるとは思ってもみなかったが、超過した分はダニエルが頼み込んで滞在させてもらったものだ。しぶしぶながらも許可をくれた彼らには感謝しかない。


 ドワーフは魔石のスペシャリストだ。採掘から加工までの独自技術は他の追随を許さない。その技術を少しだけ教えてほしいと厚かましくも頼み込んだ。


 ダビドにせっつかれながら料理を作り、すっかりなつかれた子ドラゴンの世話をしながら熟練技師のドワーフに教えを乞う日々。事情を赤裸々に説明し、頭を下げればドワーフたちはダニエルを無碍にしなかった。最初はこんな若造に何ができると馬鹿にされたが、目の良さ、手先の器用さを認められるとドワーフたちも真剣に向き合ってくれるようになった。別れを惜しんでくれたことに胸が熱くなったのをよく覚えている。




 思い出をたどるうちにすっかり手が止まっていることに気付き、苦笑を漏らす。


「……やるか」


 ダニエルは静かに作業を始める。

 技師たちがくれたお古の研磨道具、それと自分で採った魔石。原石の形を見極めながらカットし、磨いて輝きをつけていく。あとは時間をかけてものにしていくしかない。質は量から生まれると言ったのはダビドだ。


 まずは魔石をたくさん加工し、選別し、それを資金源にする。売り先はいくつか目星をつけているので時間いっぱいあがき、その資金をもとに宝飾工房へ制作を依頼をする。期限はもう半分をきろうとしているのでゆっくりしている場合ではない。


 さいわい魔石は宝石とちがって品質がいまいちでも需要がある。今回採れた原石は約三キロほどあり、収率は三割。石自体はドワーフの国であらかたカットをし終えてある。その量ざっと4500カラット。大部分はBランク程度の品質ながら、ごくわずかにSランクも存在する。




 しばらく作業をしていると、玄関の辺りが騒がしくなった。

 なんとなく思い当たる節があったの玄関へ出向き扉を開けてみれば、案の定ダビドとルワドラゴンのルーが護衛の人に迫って困らせていた。そしてダニエルを見つけるなり半泣きの表情ですがってくる。


「おいダニエル! バカやろう、俺を置いてくやつがあるか!」

「クルルルルルッ」


 まだまだやることがあるとダニエルと一緒に国を出たダビド。ルーは何かとダニエルに懐いてしまったので残すに残せなかった。足にまとわりつくルーを抱えて顎下を撫でると気持ちよさそうにクルルと鳴いた。大トカゲは四足歩行だがルワドラゴンは二足歩行で、小さいながら翼もついている。小さい前足を器用に動かしながら果物を食べる姿はなかなか可愛らしかった。


「宿でゆっくり休んでてよかったんですよ。後から迎えにいくつもりだったんですから。メモを残していたでしょう」

「ルーがうるせえんだよ。俺が面倒みてるのになんでかおまえさんに懐いてるしなあ」


 帰国を急いだせいでダビドにはだいぶ負担をかけてしまった。せめて今日くらいは宿でゆっくりと思ったのだが詰めが甘かったらしい。夜中にルーを連れて走り回るのもしのびなかったというは言い訳になるだろうか。


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