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姉の婚約者と仲がいいピンク髪妹だわ詰んだ  作者: 猫の玉三郎


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23/40

23話 早く会いたいな

 ヴィクターは連れられるよう去っていった。

 それでようやく心が落ち着く。ことの成り行きをはらはらと見ていたリリアーナだったが最後は我慢できずに飛び出してしまい、淑女らしくないなあとこっそり反省した。


 帰るには時間も遅いし、リリアーナは姉に泊まるよう言ってみる。するとものすごく長い無言無表情の熟考のすえに了承してくれた。最低限の使用人だけ残ってもらい、明日の朝に迎えに来てもらう予定だ。


「一緒に寝ましょう、お姉様」

「……一緒にって、同じベッドでってこと?」

「はいっ」


 ヴィクターのことがあったのでちょっと怖いし、誰かと一緒に眠ってみるというのもやってみたかった。以前ご近所さんとの話のなかでそんな話を聞いたことがあったのだ。庶民は置ける家具にも限度があるから家族は同じベッドで寝ることも珍しくないと。寒い日は子どもと一緒に眠るとぽかぽかして気持ちがよくて特にいいらしい。


 今では慣れてしまったけれど、小さい頃は夜が嫌いだった。暗くて怖くて、大きなベッドにひとりで横になることが不安でたまらなかった。


 だからリリアーナは誰かと一緒に眠ることに並々ならぬ憧れがあるのだ。避難していた修道院でさえ気を使われて個室だった。みんなと一緒の共同部屋でよかったのにと思うが、逆に気を使わせてしまうのも申し訳なく硬いベッドでひとり毛布に包まれていた。


 寝衣はリリアーナのものを着てもらって、姉をうっきうきでベッドに誘う。姉は背もすらりと高ければ凹凸のはっきりした体型だ。おかげで寝衣は寸足らずになっていたが、それがおもしろくて二人して笑い合った。


 広めのベッドと言えどふたり寝転ぶとやっぱりせまい。でもそのせまさがリリアーナには心地よかった。わざとくっついて身近に感じる姉の体温に胸の内がぽかぽかしてくる。


「お姉様あったかい」

「あなたがこんなに甘えただとは知らなかったわ」

「ふふっ」

「まったく……」


 互いにおやすみと言って目を閉じる。

 リリアーナは穏やかな夜の空気を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。手足の先までぽかぽかと暖かく、とろりとした眠気に包まれていく。


「……お姉様。いつもありがとう」

「なんのことかしら」

「わたしがいじわるされて困っているとき、助けてくれたのはいつもお姉様だったわ」


 小さな頃、よその家のパーティーに行くとどうしてだか意地悪な子たちに囲まれていた。身に覚えのないことを言われて泣きそうになったことも何度もあった。泣かずにすんだのはひとえに姉が助けに来てくれたからだ。


「べつに。姉の務めよ」


 そういう声音はひどく優しい。


「わたしはお姉様に迷惑をかけることしかできないけど……お姉様のこと大好き」




 ◇




 翌朝、リリアーナはとっても気持ちよく眠りから覚めた。隣に姉がいる安心感に感動を覚える。


「お姉様、朝ですよ」


 にこにこしながら起こすと姉は顔をしかめて小さくうなった。いつも完璧な姿しか見たことがなかったけれど、もしかして朝が苦手なのかもしれない。起きようとする気配はあるのだが体にそれが追い付いていない感じだ。それからたっぷり15分経った頃、ようやくクリスティアーナが「朝から元気ね」とけだるげに話してくれた。


「よく眠れましたか?」

「あなたが身動きするたびに目が覚めてしまうし、熟睡した感じがないわ」


 ふあ、と小さな欠伸をこぼす口元。姉の欠伸なんて初めて見たかもしれないとリリアーナはまた嬉しくなった。


「えへへ、また一緒に寝たいです」


 あきれたような顔の姉。


「……たまにならね」

「はいっ」


 やっぱり姉は優しくて素敵な人だ。



 迎えの馬車がきて姉は帰っていった。

 家に残ったのはリリアーナとメイドがひとり、それから外に護衛がひとりだ。今までメイドはふたりほどそばに居てくれたが、今度のことで人員と体制を見直すらしい。まさかリリアーナの味方であるはずのメイドにヴィクターの息がかかっていたとは思わなかった。あのメイドは以前息抜きに街へいこうと誘ってくれた子でもあった。結局街へ連れて行ったのは別の子だったけれど、もしその子と一緒に行っていたらヴィクターへすぐに引き渡されていたかもしれない。そう考えるとすっと背筋が冷える思いだ。


「……うん、いつまでもくよくよしちゃダメ」


 リリアーナは気を取り直して自分のやるべきことに集中する。

 メイドに手伝ってもらいながら家仕事をこなし、刺繍に精をだす。はじめた当初に比べると腕が上がったように思えるし、なんとなく売れやすい図案なんかもわかってくるようになった。


 ヴィクターとの騒動があって約二週間、時々屋敷に顔をだしながらリリアーナはひたすら手を動かした。


 貯金箱は少しずつ中身が増えている。何もしないよりよっぽどいいと始めたことだけれど、ダニエルと離れている時間が増えていくほど心配や不安も大きくなり、今はそれをごまかすよう刺繍に没頭した。


「……ダニエル、早く帰ってきて」


 以前うっかり作ってしまったダニエルの横顔ハンカチは裏地をあてて、見た目を整えて常に持ち歩いている。彼が家を出てもうすぐひと月。道中の無事を願うばかりだ。


 帰ってくる日を指折り数えて待つ。


「早く会いたいな……」


 夜空に浮かぶ丸い月を見ながらぽつりとつぶやく。


 あと五日。

 あと四日。


 月はだんだんと欠けていく。

 ダニエルはまだ帰ってこない。


 あと三日。

 あと二日。


 ひと月くらいと言っていたのでぴったりひと月後とは限らない。もしかするとそれより前に帰ってくるかも。でもやっぱりダニエルは帰ってこない。


 あと一日。

 当日。


 リリアーナの希望を打ち砕くように、ひと月を過ぎてもダニエルは帰ってこなかった。


「もしかして途中でケガとかしたのかもしれない。どうしよう、迎えに行った方がいいかしら」

「入れ違いになってはいけませんからリリアーナ様はここで待つほうがよろしいかと」

「そう。そうね。じゃあお姉様に迎えをやるようお願いしようかしら」

「だめですよ。クリスティアーナ様はダニエル様へ一切助力しないと仰っております」

「うー……」


 姉の一刀両断にしゅんと肩を落とす。

 三日過ぎたあたりから寂しさよりも心配が大きくなってくる。いくらダニエルが魔力持ちだとしても絶対安心とは言えない。


 この不安を拭うために裁縫へよりのめり込んだ結果、気付けばリリアーナは前衛的なぬいぐるみを作っていた。


 ふつう、ぬいぐるみと言えば人の形をしていた。

 それなのにリリアーナの作ったぬいぐるみはオオカミとウサギの形をしていた。しかも誰かにうっすらと似ている。オオカミは黒くてふさふさした髪があって、目元をすっかり隠してしまっている。対するピンク色のうさぎはふわふわした長い髪を両サイドで三つ編みに。


 まるでダニエルとリリアーナだ。

 オオカミのすらりとした体躯はダニエルっぽいし、爪も牙もなく愛嬌だけでこの世を生き抜いてきたかのようなウサギはリリアーナを彷彿とさせる。


「すごいですリリアーナ様、とってもかわいい!」


 メイドたちからの評判もすこぶるいい。

 どうやら謎の才能を発揮してしまったようだ。リリアーナに図案の才能はあまりなかったが立体の制作にはめっぽう強いらしい。改善点はあちこちあるものの、リリアーナはこのふたつのぬいぐるみを部屋に飾った。離ればなれにならないよう隣同士に並べて。


「あなたたちはずっと一緒にいてね」


 それから一週間たっても夫は帰ってこなかった。

 不安で、心配で、会いたくて、リリアーナは夜ひとりになった時にこっそり涙する。ふたつのぬいぐるみを胸にぎゅっと抱いて。


 夜空の月はどんどん細くなり、ついに三日月となった。

空気となっていたダニエルがそろそろ実体に戻ります。いえ、戻させてください。

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― 新着の感想 ―
リリアーナ不安だよね、ダニエルは無事なの?と思いつつ、ぬいぐるみ量産したらハンカチより高く売れるのでは、などと下世話な事を考えてみる。
可愛いなぁ、本当にリリアーナかわいい! 作者様のお話にはいつも引き込まれます。 少し胸が痛くてあったかい気持ちになります。
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