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姉の婚約者と仲がいいピンク髪妹だわ詰んだ  作者: 猫の玉三郎


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20/40

20話 どうしましょうお姉様

 あれから一週間。

 ヴィクターからまた見舞いの花が届いていた。

 滞在先のホテルから、もちろんリリアーナ宛てでもう七日連続になる。当の本人も困惑しているが無理もない。初日には「すてきなお花をありがとうございます」と失礼にならない程度に短いお礼の手紙を荷届け人に持たせたけれど、翌日以降も届く花には頭を抱えていた。


「どうしましょうお姉様、こんなに頂いても困ってしまうわ」

「加減の分からない男って嫌なものね」


 リリアーナからではなく当主としてクリスティアーナの名前でお礼状を送り、不要の旨を伝えているものの、本当にしつこい。


 そろそろ家に帰りたいというリリアーナを留めてるいるのはクリスティアーナだ。まだヴィクターがどういう動きを見せるかわからない。用心にこしたことはないだろう。



 あれからリリアーナとクリスティアーナはおしゃべりをする時間をたくさんとっていた。以前は父母がいてふたりで話す時間はあまりなかったけれど、その両親はもういない。食事の際や休憩時のお茶など、顔を合わせてはとりとめもない話をする。


 思いのほか心地の良い時間だった。

 リリアーナは聞き上手というか、しゃべらせ上手というか、気づけばクリスティアーナはいろんな事を口にしていた。きっと彼女はいろんな人に可愛がられる人間だろう。クリスティアーナは本心でそう思う。自分よりよっぽど社交が上手で、力ある家に嫁いだのなら皆に大事にされるお姫さまとなる。


 だから余計にダニエルとのことを考えてしまうのだ。

 クリスティアーナが課した試練を乗り越えられない男では到底妹を任せることはできない。結果ひどく恨まれようとも、これだけは譲れない。金があれば幸せと言えないのと同じく、愛だけでは生きていけないのだ。


 おそらく、ジョセフやヴィクターからの妨害も入るはずだ。けれどそれもまとめて解決するべきだと思っている。リリアーナと共にありたいのなら似たような状況が必ず来るだろう。ダニエルに困難を跳ね除ける力があるのか。そこを正しく見極めたい。




 夕食後、クリスティアーナは遊戯室でチェスを打っていた。向かいの席に座るのはエリザベスだ。


「ラングストン家について少し考えをまとめたいの。話し相手になってちょうだい」

「もちろんです」


 黒檀と象牙で作られたチェス盤は祖父から譲り受けた名工の逸品だ。クリスティアーナはポーンを指先でつまみ、静かに動かした。エリザベスも打てるのでたまに相手をしてもらっている。


「侯爵家はかつて広大な領地を持っていたけれど、数代前に没落の憂き目にあい、わずかな土地を残して多くを手放しているわ。今も領地は小規模なまま。けれどその分芸術分野に力を入れていて、王侯貴族とはそれなりのつながりを持っているわ。宮中での発言力もそこそこある」


「はい」と相槌をうちながら、白い指先が同じくポーンをつまみ、盤上を移動する。話し相手と言ったけれど、クリスティアーナはただ考えていることを言葉にしながら頭のなかを整理したいだけだ。エリザベスは正しくその意図をくみ取り、聞く姿勢を崩さない。


「現当主エドワード氏は筋金入りの王室支持派ね。魔石発掘の権利について王と貴族間で溝があるけれど、そういう意味では我がアッシュフォード家とは対立関係あると言っていい」


 アッシュフォード家は領地内に魔石がとれる鉱山や鉱脈をいくつか所有している。王は、国内で採れるものは安定した採掘と供給のために国で管理すべきだと主張している。これは貴族内でも反対賛成が分かれているが、領地内に資源を持つ貴族たちは軒並み反対派だ。利権が取り上げられるのだから当然だろうと思う。エドワードは領地をさほど持たない上に根っからの王室支持派であるためアッシュフォード家とは相いれないはずだ。


 仮に婚姻で両家が結ばれることがあれば、周囲にどのように見えるだろうか。クリスティアーナは考えながらまた駒を動かす。


「子息のヴィクターは唯一の直系男子。幼少期をともに過ごしたリリアーナにひとめぼれし、陰ながら近づく男をずっと排除しているらしいわ。少し前まではリリアーナをとんでもない女だと周囲に吹聴していた。これはライバル相手の興味関心を削ぐことが目的らしいけれど。どういうことかしらね」


 おかげさまでリリアーナの社交界での噂はあまりよいものではなかった。可愛いらしく天真爛漫とした姿は表向きで、あまり性格はよろしくないだとか散々な言いようだ。もう下火になって久しいので新しい者は知らないかもしれないが、クリスティアーナは無責任なその噂にだいぶ怒っていた。確かに妹へ腹立たしいと思うこともあるが、あれが表向きの姿だとか猫かぶりでは決してない。妹は真実キラキラしていて、勝手にまぶしがって目をそらしているのがクリスティアーナなのだ。リリアーナを知りもしない人たちが噂に花を咲かせる様子は醜悪そのものに思えた。噂を発端に家のことをあれこれ聞かれるのも同情されるのも嫌だった。その主犯がヴィクターだと知ったときの怒りは今でも心にずっとある。


「……妹に縁談を持ち込もうとした相手にはラングストン家の名前をチラつかせて追い払っていたようね。我が家から声をかけようとしていた相手にも圧力をかけていたことが確認がとれているわ。おそらく父親に協力を仰いだのでしょう。政敵の婚約を潰すのは益にはなるでしょうから」


 だが協力はそこまで。おそらく父親はリリアーナを娶ることにかなり難色を示すはずだ。ふたりの間に多少とも不和が生まれてくれるとありがたい。隙はいくらあってもいい。


「そういえば、ヴィクターの気持ちを知っている者は『こんなに大事にされているのに気づかないなんてリリアーナ様も罪なお嬢さんだ』と言っているらしいわ」

「……それで表立っては接触しようとしないのですから理解不能です。好きなお相手に気持ちを伝えることがいちばん大事でしょうに」


 エリザベスが心底不思議そうにそう言った。普段は聞くに徹してあまり口を挟むことはないが、よっぽど我慢できなかったのだろう。恋愛に関してクリスティアーナに正解はわからないものの、これが悪手であることはさすがにわかる。リリアーナのことをよく知らない大体数相手にはいいのかもしれない。けれど肝心の本人とその周囲の人間にとっては迷惑極まりない。


「彼はとてもロマンチストなんですって。感動的な運命の再会を狙っていたようよ。ポチがぶち壊したらしいけれど」

「間が悪いのならそもそも縁がなかったということでしょう」

「それもそうね」


 クイーンのすぐ近くにエリザベスのナイトが躍りでる。

 運命の再会を皮肉っているのかしら、とクリスティアーナは口元にほほ笑みを浮かべた。盤上でそんな余裕を見せるのだから彼女との遊戯は楽しい。


 クイーンでナイトを仕留めれば、ポーンが進軍の隙をついてくる。プロモーション狙いを阻止したら次はルークを奪いにくるだろうか。いやらしい手ねと内心つぶやきながら、クリスティアーナは心行くまでチェスを楽しんだのだった。




 ◇




 一方リリアーナは部屋でしおしおに萎びていた。

 ダニエルが足りないのである。


 先日はいつものように刺繍しているつもりで、気づいたら彼の横顔を模した図案を丹念に刺していた。はからずもよい出来になったので、売らずに手元に置いている。以来、たまにポケットから取りだしてはぎゅっと胸に抱いていた。


(ダニエル……大丈夫かしら。道中ケガとかしていないかしら)


 家に帰りたい。せめてダニエルを近くに感じたい。けれどヴィクターの動きが不穏な今、警戒するべきという姉の言葉に反抗する気はおきず。


「リリアーナお嬢さま。そのように気分がふさがっておいでなら……一度、こっそり戻ってみますか?」


 そう言ってくれるのはメイドのひとりだ。

 どくんと心臓が跳ねる。

 リリアーナは手元にあるハンカチを強く胸に抱いた。

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