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姉の婚約者と仲がいいピンク髪妹だわ詰んだ  作者: 猫の玉三郎


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14話 さみしい

 ダニエルは出発に向けてここ数日ずっと忙しそうにしていた。日中は家のことをする合間に出かけたり、夜は遅くまでダビドと話していたり。

 今日だってそうだ。


「おいダニエル、さっさと準備をしろ」

「待ってくださいポチさん、まだ支度が」

「この俺を待たせるとはいい度胸だ」


 ふたりのやり取りをじと目で見る。リリアーナだってダニエルとふたりで出かけたい。ぷぅっと頬を膨らませてポチを睨むと鼻で笑って返された。


「すまないな夫人。これは男の約束なんだ」


 とてもとても悔しい。

 なんだかダニエルを取られた気分だ。


「すみません、夕飯までには戻るつもりですから」

「ふん。土産は持たせてやろう」


 ポチが迎えにきたりダビドと出かけたり。ダビドの暴れ馬を手懐けてダニエルがひとり駆けて行くこともあった。遠くへ行く為の準備が進むにつれてリリアーナの気持ちはしぼんでいく。


(さみしい……)


 一緒に過ごせる時間が少なくなっている上に、出発してしまったらひと月は会えなくなってしまう。


 ダニエルはダビドと一緒に珍しい魔石を採りに行くのだとか。きっとそれは姉が突き付けた難題をどうにかするためで、行かないでとは口が裂けても言えなかった。代わりに一緒に連れて行っては何回も言ったのだけど、「危険だから絶対にだめです」と頑として頷いてくれなかった。それどころか、ひとりこの家に残るのは危ないから屋敷へ戻った方がいいとまで言われる始末。そこは「夫の留守中に家を守るのは妻の役目」と言い張って居残ることに成功した。ひとりにならないようにメイドや護衛と一緒に過ごすという約束のもと。


(……屋敷に帰ったら、それこそダニエルと離ればなれになっちゃう気がするもの)


 ここなら、ふたりで過ごした思い出がある。

 並んだ食器も、手入れされた庭木も、家具でもなんでも、ダニエルとの楽しい記憶が詰っている。離れているのならせめて思い出と一緒にいたい。


 仕方がないのでリリアーナは刺繍に精をだした。今できることをやるしかないのだ。


 ダニエルのことが好き。

 そう自覚してからの暮らしは楽しいと思うと同時どきどきする場面が増えた。寝起きの無防備な姿、料理を作る楽しそうな姿、作業に打ち込む真剣な姿。どれもがきらきらして見えて、リリアーナは恥ずかしいようなずっと見ていたいような葛藤によくかられる。


 先日だって、急に雨にふられたとかでびしょ濡れになって帰ったきたダニエルにやられてしまった。濡れて貼りついた服だとか、肌をつたう水滴だとか、珍しくかきあげられた前髪だとか。伏せ気味の目にちらりと見える青い瞳は神秘的でとてもきれいだった。


 体型は細いけど男性には変わりなくて、大きな手や筋肉のついている腕を見ると否が応でも異性なんだと思い知らされる。


(思い出したら恥ずかしくなってきちゃった)


 ぱたぱたと手であおいで顔に集まった熱をちらしていった。


 ダニエルはリリアーナのことをかわいい人くらいに思っている気がする。好意は感じるし、優しいし、大事にされていると思う。でも、ひとりの女性として意識されているのかはわからない。せがんでもキスはしてくれないし。


(……わたしのこと、どう思っているか聞いてみようかな)


 でも、もし、「リリアーナさんのことはそういうふうに見ていません。俺の理想はお義姉さんのような上品で知的な大人の女性なので」と言われたらどうしよう。


(ありえるわ。だってお姉様は美人だし素敵だもの。誰だって見惚れてしまうんだから)


 うう、と口からうめき声をあげて机に突っ伏した。

 面と向かってそう言われたらしばらく立ち直れる自信がない。ダニエルのことがこんなに好きだから、気持ちが自分に向いていないと知った日にはこんこんと泣き暮らすことだろう。


 そして気づいた。

 姉も同じ気持ちだったのではないかと。

 思う人に気持ちを向けてもらえない悲しみ。悔しさ。想像以上に胸を引き裂く感情に、リリアーナはしゅんと肩を落とした。


 改めて自分の罪の重さを知る。


(…………刺繍、しなきゃ)


 気を取り直して針を持つ。

 無心に手を動かすのは気持ちを落ち着けるのにちょうどいい。


 上手くいかなくて糸を解いたこともあったし、思うようなお金にならないこともあった。でも、貯金箱の中身は少しずつ増えている。本当に少しずつだけど。


 せっせと針を動かし、座っているのがつらくなったら見よう見真似で家事をやってみたり、掃除のメイドにこつを教えてもらったり。そうするうちに空は夕焼け色に染まりだし、ダニエルが帰ってきた。


「ただいま帰りました」

「おかえりなさい!」


 ぽすんと抱き着くとぎこちなくも受け止めてくれた。その腕が背中に回ることはないけれど、リリアーナにはこれで十分だ。




 お迎えがひと段落するとダニエルが小さな包みを渡してきた。


「……あの、これ。よかったらもらってください」


 中に入っていたのは髪を飾るリボン。落ち着いたネイビーのチェック柄はリリアーナの髪色にもよく合うだろう。しかもネイビーという色。考えようによってはダニエルの髪色と瞳の色を混ぜたような深い色合いで、つまるところダニエルの色。


「ポチさんにアドバイスをもらいながら選んだんです。気に入ってもらえるといいんですけど」


 嬉しくて叫びたい気持ちをなんとか抑え、リリアーナはさっそく髪を結いリボンをつけてみた。


「どう、似合う?」

「ええ」


 そう返事したダニエルの表情が本当に嬉しそうで。


「リリアーナさんは可愛いらしいですから、なんでも似合いますね」


 きゅうううんと心臓が痛みを訴える。

 倒れそうになるのを必死に耐えてなんとか平静を装った。


「大事にするわ。絶対。死んだときは棺にも入れてもらう。それか子々孫々に家宝にするよう言い渡すから」

「大げさですよ」

「だって嬉しいんだもの」


 そんな、なんでもないように笑って。


「ありがとう」


 今までもらったどんな花束よりも嬉しい。愛をうたった詩よりも、特別高価な宝石よりも、ずっとずっと嬉しい。本当に子へ受け渡す家宝にしたいくらい。


 一瞬、子どもたちに囲まれてふたりで笑いあう未来を想像してしまった。それ以上想いが溢れないようすぐに蓋をする。


「……ダニエルに会えてよかった」


 大好き。ずっと一緒にいたい。

 まぎれもないリリアーナの本心であり、願いであった。


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