後日譚Ep1 北の冬支度②
ギルバートとフローラ達は、温葡萄酒をなみなみ注いだジョッキを手に、久しぶりに顔を合わせる北部の仲間たちと乾杯をしていた。
村の広場では青空の下、時折思い出話に花を咲かせながら、ケルヴィムの雪祭に向けた話し合いが進められている。
「覚えているかい? 街を襲った小型の不死魔獣を掃討するのに、住民総出で聖水を作っただろう」
そう切り出したのはケルヴィムの領主ユアンだ。
ギルバートの隣に座るフローラが、微笑んで答える。
「もちろんです。なんだか懐かしいですね」
「覚えてるよ。あの、バーバラさんが悪い魔女ごっこしてた時だよな……」
ギルバートの脳裏に浮かぶのは、聖水を作る鍋をかき混ぜながら怪しい笑い声を上げるバーバラの姿だ。奇怪なおふざけは、何故か街の子供たちには大好評だった。
「あの時に我が街の硝子職人たちが、硝子瓶をたくさん作っていただろう。どこで聞きつけたのか、”女神の奇跡”に所縁のある縁起物だと言って、貴族連中や豪商がその硝子瓶を買い付けに来るんだよ。それも随分と高値でね。その上、あの時使った鍋や樽なんかも……」
北部に残され変異していた不死魔獣の掃討に始まり、不死スライムと戦った一連の事件の顛末、そしてあの古い闘技場で起きた出来事は、最近では”女神の奇跡”と呼ばれているらしい。
「いいじゃねぇか。復興にはまだまだ金が掛かるんだろう。高く買い取ってもらえるなら、その資金にすりゃいい」
「そうだねぇ。縁起物だってありがたがってくれての話なら、乗ったらいいんじゃないかい?」
ドルフとバーバラがそう答える。
王国北部は2年前に不死魔獣が大量発生した時点から既に、破壊された集落や畑が多数あった事は周知の事実だ。事件が解決すればそれで終わりではない。住む家や集落を失くした者はまだ大勢居るのだ。
領主ユアンは頷いていた。
「背に腹は代えられないからな。領民のこれからの暮らしを守らねばならん。ゆえに、実はもうだいぶ売りに出してしまった。もちろん領民達も納得はしているんだが、思い入れもあったようでな。そこで、得た資金の一部を使って、新しい鍋を注文しようって話になったんだ」
テーブルを囲むケルヴィムの私兵団員や傭兵たちも大きく頷いている。
「鍋も売ってしまったなら、生活の為に新しいのが必要だもんな」
「もちろんそれもあるが、もう一つ。覚えているかい。不死魔獣掃討のために、決起の宴をやっただろう。街の広場で、色んな料理とシチューを持ち寄って」
ユアンの言葉を聞いてギルバートの頭に真っ先に思い浮かんだのは、あの時のフローラの笑顔とシチューの味だ。
そのせいで、返事をするよりも先に腹の虫が盛大に答えてしまった。
一斉に笑い声が上がる。隣でフローラが震えている気配がして振り向けば、涙を滲ませて笑っていた。
まだ半年ほどしか経っていないが、色々な出来事が起こり過ぎたせいで、懐かしさすら覚える。だがあの幸せな味は忘れられない。
「領民達にとっても、あの宴は恐ろしい日々のただ中で、再び前を向く力をくれた希望の夜の記憶として残っているようでな。いつか祭として再現したい──そんな声が多いんだ」
領主ユアンは穏やかに笑みを浮かべ、胸を張った。
「そこでだ。せっかくだから、祭の華となる大鍋を作ってほしい。北部の冬は厳しい。だからこそ、温かな特製シチューを皆で作り、温もりと楽しさを分かち合う祭にしたいのだ。なかなか良いだろう?」
「素敵ですね……!」
「ああ、皆で作るっての、いいな」
料理が殊更好きなフローラが前のめりに目を輝かせている横で、ギルバートも同意した。
近頃はフローラの料理を手伝っている。硬いかぼちゃを切るのと肉を捌く担当だ。作る段階から楽しさを分かつ喜びは身に染みている。
ドルフも乗り気の様子だ。既に頭の中で設計図を描き始めた顔をしている。
「大鍋か、面白いじゃねぇか」
「不死魔獣の脅威に怯えて暮らしていた記憶を、楽しいもので上書きしてやりたいんだ。武器鍛冶に頼むなら武器を、とも思ったんだがね。今一番欲しいのは、領民の背を支えてやれるものなんだ……引き受けてもらえるだろうか?」
「儂は確かに専門は武器だが、平和になりゃ、武器の依頼なんて減るもんだ。それに、面白けりゃ何だって作るさ。ここはそういう村だ」
ドルフがそう答えれば、奥の方でこっそり聞き耳を立てていた職人たちが、声が掛かるのを待っていたと言わんばかりにわらわらと集まって来る。誰もが腕を鳴らしたくてたまらないといった顔つきだ。
「デカい鍋なら、鍛造じゃなく鋳造になるな。鋳造は型作りが肝だ。その辺は俺が村一番の腕だからな、任せてくれ!」
そう豪語するのは、門扉や建物の装飾金属を得意とする装飾鍛冶の職人だ。
「鍋か……鉄鍋はデカいと割れちまうからな。ここは真鍮が良いと思うが、どうだい?」
高炉と精錬を一手に管理している若い職人が、真剣な顔で村の金属鉱石の在庫をしたためた木板を確認している。
「丈夫さと熱の伝わり具合に、加工のしやすさや軽さを考慮してもその辺だろうな。普通の鍋をデカくした深底で考えてたが、祭の場で大勢で作って皆に配るなら、浅底にして直径がデカい方がいいかもしれんな」
ドルフは取り出した木板に炭でがりがりと形を書いている。鋳型の得意な装飾鍛冶がそれを参考にして、蜜蝋を塗って作った蝋板に草案となる形状を書き記して行く。
大鍋づくりはこの村でも初めての挑戦のようだ。何度かは試行錯誤をする事になるだろう。
「鍋がひっくり返って、子供が大火傷でもしたら大変だからね。浅底の大鍋なら少なくとも間違ってひっくり返しちまう心配は少なくなるし、良いかもしれないねぇ。魔女ごっこは小さい鍋にしとこう」
茶化しつつも、事故の起きない設計に同意しているのはバーバラだ。
「冬の祭なら、冷めにくい工夫も必要だろ? 木板を丁寧に加工して、蓋を作ったらどうだろう」
すっかり創作心を刺激されて、ギルバートも身を乗り出し案を出した。
「ギルバート、冴えてんじゃねぇか。直径がデカいと確かに温度の問題が出てくる。空気と接する面を減らしてやれば、冷めにくく出来るはずだな」
「板に紐を通して、必要なとこだけ開けられる、すのこみたいに丸められるような蓋にしてもいいんじゃないかい?」
バーバラの言葉に、微笑みながら静かに職人たちの話を聞いていたフローラが、勢いよくギルバートの腕を掴んだ。
「も、もしかして、組紐の出番ですか……!?」
フローラの目には瞳には炎のような輝きが宿っている。大きな鍋に使う鍋蓋なら、紐は丈夫な方がいいのは間違いない。
自分の持つ技を活かせる場を見つけると、胸が躍って黙ってはいられないのはギルバートも同じだ。
鍛冶職人の村で手仕事をして暮らす日々。その中で新しい何かを作ろうするたび胸に抱く情熱や意欲が、フローラと共に同じ方向を向いていて重なり合う感覚は、何物にも代えがたい喜びを生む。
──しかも、張り切ってるフローラさんがとんでもなく可愛いから……。
心躍らせているのが目に見える様子に頬は緩みっぱなしだ。
勢い余って惚気てしまいそうな気分でそわそわする。
こうして、あれこれと各自の持てる技術や知識を持ち寄って新しい何かを考え模索し、作る。この鍛冶職人の村が持つ、楽しくてたまらない一面がここにある。
「最高じゃねぇか。フローラさんの組紐を使って、ギルバートが作った特製の鍋蓋まで用意して貰えるなんて。街の皆が大喜びするぞ!」
傭兵バジルが囃し立てる。
ドルフを筆頭に、職人たちの多くは腕をまくり上げてもう作業に取り掛かろうとしていた。
依頼をしたケルヴィムの領主ユアンは、職人たちの熱量に圧倒されながらも、安堵の表情を浮かべている。
「祭は二月後、雪が積もり始める頃だ」
「その頃には完成できるだろう。届けに行くから、待っていてくれ」
村の職人たちが、一同並んで胸を張る。ギルバートとフローラもそれに並んだ。
「そういや、ライオネル卿もそろそろ北部に来る頃合いだ。機会が合えば祭で顔を合わせられるかもな」
「兄貴が……?」
ケルヴィムの一行が帰り支度を始める中で、傭兵バジルが思い出したように告げた。
王国騎士団の団長に復職して以来、ライオネルは多忙な日々を送っている。その影響でギルバートもしばらく顔を見ていなかった。
傍らで領主ユアンは苦笑いを浮かべた。
「国王陛下が、北部の復興状況の視察に訪れる。……実際は、その名目で王都から追い出して、早々に労役につかせるのではないかと噂されているな」
「えっ、あの国王のおっさんも居るのか……」
その場の全員が、苦い顔をしている。
「アグレアス卿の謀略がそもそもの原因とはいえど、北部の民は国王のなさった事に納得はしておらん。だからこそ、監視役と、暴動の抑止も兼ねてライオネル卿が同行するんだろう」
領主ユアンの顔は厄介だと言わんばかりだ。それでも北部の実態を、復興が終わり元の平穏に戻る前に、国王にその目で見て知ってもらいたいのも本心だと話していた。
「ライオネル様に久々にお会いできるのは、とっても嬉しいのですが……」
「現国王には、二度と会いたくなかったなぁ……」
ギルバートは傍らに立つフローラと目を合わせ、二人で小さくため息をついた。
「まぁ、安心しろ。妙な事が起きねえように、ケルヴィム領の領民一同で壁になってやるさ。お前たちには、雪祭を存分に楽しんでほしいからな!」
バジルが胸を張る。頼りになる友人の声に励まされて、ギルバートはひとまず国王の事は頭から追い払う事にした。
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