後日譚Ep1 北の冬支度①
<後日譚のあらすじ>
平穏に戻り冬を迎えるケルヴィム領に招かれたフローラとギルバート達。依頼を受けた品を積み、馬車は再び北部へ向かう。一方でライオネルもまた、労役につく国王と宰相の監視役として北部を訪れていた。
(フローラ達の冬から春にかけてのエピソードを主軸に、各登場人物のその後をオムニバス形式ぽく更新予定です。時系列は時々前後します)
※不定期更新となります
鍛冶職人の村を囲む森が纏う色を変え、冬の足音がだいぶ近くに聞こえてくる季節になりました。
村のあちこちに高炉や竈があるので暖を取れる場所が多く、そこに村人が集まっていつも和気藹々と作業をしています。寒くなっても陽気な空気はちっとも減らないのは、最近見つけたこの村の素敵なところです。
「フローラちゃん、火加減はどうだい?」
「ちょうど良い感じですね! 沸騰させない方がいいですよね」
「そうだねぇ。子供たちの分は薄めて酒精を飛ばした方がいいから、そっちは別のお鍋にしようか」
わたくしはバーバラさんと共に、村の炊事場で竈に鍋をかけ、葡萄酒を温めています。
温めた葡萄酒に蜂蜜を溶かし入れ、輪切りにして乾燥させていたオレンジを加えます。それからシナモンやクローブなどのスパイスと、乾燥ハーブをいくつか千切り入れます。
「村じゅうのジョッキをかき集めてきた! これで足りるかな」
そう言ってギルバートさんが、金属ジョッキをたくさん並べた木板を運んできました。
出来上がった甘辛い温葡萄酒を、ジョッキに注いでいきます。
今日は村に大勢お客様が来ているのです。
「重いだろう、運ぶのは俺がやるよ」
「ありがとうございます! では、わたくしはこちらを……」
石窯から取り出したのは、ふかしたお芋に塩漬け肉とヤギチーズを添えたものです。
「こいつは昼間っから大宴会が始まりそうだな」
ギルバートさんの弾む声はすでに楽しそうで、わたくしも釣られて笑みがこぼれます。
村の広場には大きなテーブルが置かれています。
そこに集まっているのはドルフさんと、それから、ケルヴィム領の領主ユアン様、そして私兵団員さんと傭兵さん達です。
傭兵さんが一人、こちらを見るなり駆け寄って来ました。
「俺も運ぶのを手伝うぞ! ありがてぇなぁ。寒くなってくるとこれが一等旨いんだ」
温葡萄酒の香りをかぎながら、満面の笑みを浮かべています。
「バジルのおっさん、飲み過ぎて寝ちまうんじゃねぇか」
「馬鹿言え、まだ昼だぞ。夜にはドルフ爺さんと飲み比べの勝負をする予定だからな!」
ギルバートさんと今まさにふざけ合っている、一番仲の良い傭兵さんは、バジルさんというお名前です。
旅を共にしていた間、ずっと『傭兵さん』と呼んでいたのには理由があります。
不穏な報せを受けて、ケルヴィムの街からジエメルドに向かうのを決めたあの時。街を護るための人員は、いくらか残る必要がありました。
当時は知り合って間もないせいで『傭兵さん』と呼んでいたわたくしに、バジルさんから、敢えてそのままで呼んでほしいと伝えられたのです。ケルヴィムに残る傭兵仲間の意思も一緒に背負っているのだという、ご本人の希望でした。
すべて無事に解決したので、今はお名前で呼んでいます。
ギルバートさんとバジルさんの、相変わらず仲の良い掛け合いが何だか懐かしくて頬が緩みます。
「そういや、ギルバートとフローラさんの家の新築祝いをしてやろうと思ってたのに。まさかまだ土台だけだとはなぁ……」
バジルさんに言われて、わたくしもギルバートさんも目を泳がせてしまいました。
「いや、その、あれだ。色々計画立ててたら、夢が広がり過ぎてしまってな……」
「そうなんです……。二人で使う工房を増やしたり、部屋を増やしたり、大きめの食堂が欲しくなってしまって……」
毎日二人で設計図を眺めてあれこれと相談しているうちに、建てる予定の家はどんどん大きくなってしまったのです。
ドルフさんもバーバラさんも、村の職人さん達も、皆さんそれを支持して後押ししてくれました。だけどその分だけ、工期は遅れています。
「柱もだいぶ太いのを用意しなきゃいけなくてな。春先にジエメルドの船大工さんが良い木材を見繕ってくれるって、この間報せが届いたとこなんだ」
ジエメルド領都で出会った船大工さんは、林業にも精通しています。
「それじゃあれか、しばらくは家を建てるので忙しいか?」
「いえ、柱になる木材が届くのはまだだいぶ先なので、この冬は一旦家造りはお休みして、家具などを作って過ごす予定なんですよ」
そう答えると、バジルさんは何だかほっとした顔をしました。
「実はな、冬になったらケルヴィム領で雪祭をやるんだ。不死魔獣のせいでしばらく出来なかったんで三年ぶりだ。まだ復興の途中ではあるが、明るい話題が欲しいってんで領主様も住民も、みんな乗り気でな」
語るバジルさんの後ろで、テーブルを囲んでいたケルヴィムの領主様や私兵団員さん達もこちらを向いて、うんうんと頷いています。
「冬の北部はこっちに比べると過酷なんだが……せっかくの祭だからな。フローラさんやギルバート、ドルフ爺とバーバラさんも、祭に招待したいって、街の連中と話してたんだ。どうだろうか?」
それを聞いて思わずギルバートさんの方を振り向けば、目が合いました。ギルバートさんの目がきらきらしています。わたくしも、同じ顔をしている気がします。
「雪祭……! わたくし、雪のある地方のお祭は、初めてです!」
「そんな楽しそうなもんに誘われて、断る理由なんか思い浮かばないぞ」
二人揃ってバジルさんに向き直って、そう答えると、奥からドルフさんの陽気な声が聞こえました。
「ふむ、そいつはなかなか面白そうだ。寒いからこそ、工夫が活きる。冬の過酷さの中だからこそ映える祭があるってもんだろう」
「楽しそうだね。せっかくなら、あたしらも何かやったらいいんじゃないかい?」
ドルフさんもバーバラさんも、すっかり乗り気です。
椅子に座っていたケルヴィム領主ユアン様が立ち上がりました。
「礼を兼ねてとはいえ、ここまで来た甲斐があったな。領民達も皆さんとの再会を待ちわびている。それと実はもう一つ、依頼したいものがあってな」
「領主様、せっかく温かい飲み物をご用意いただいたので、席に着いてゆっくり話しましょう。温葡萄酒が冷めてしまいます」
ケルヴィムの私兵団員さんが、まだ湯気のあがる葡萄酒を食い入るように見ながら、領主ユアン様に声を掛けます。
それから全員でテーブルについて、温葡萄酒を片手に、冬の雪祭に向けた計画の相談が始まりました。
ケルヴィム領でギルバートの戦斧が最初に覚醒した時に助けられて以来、恩を胸にフローラ達の旅に最後まで同行していた傭兵のおっさんがバジルさんです。
傭兵さんの名前は、実はかなり早い段階で決めていました。
ですが、”祝福をもつ名も無き人々”の象徴的な立ち位置という意味合いもあり、本編では敢えて最後まで名前を出さなかったので、後日譚を書くなら最初に名前を出したいと思っていました。
後日譚は少しゆっくりペースでの更新になりますが、感想で複数の方からご要望をいただいた結婚式まで描けたらと思っております。お付き合いいただけたら嬉しいです。




