90.未来を紡ぐ祈り
ギルバートさんと家を作り始めて、あっという間に三ヵ月が経ちました。手間を掛けて丁寧に土地を均して、ようやく基礎が出来たところです。完成までは、旅路に使ったあの馬車が二人の仮住まいです。
鍛冶職人の村は相も変わらず愉快な笑い声と、職人さんが手にする様々な道具が奏でる音で溢れています。
切り出した木材は乾燥させる必要があるので、家を建てる作業はゆっくりと進みます。待つ間は別の物を作っているのですが、ギルバートさんが今取り掛かってくれているのは、機織り機です。
わたくしは針子をしていた経験を活かして、村では裁縫の仕事を貰っています。布から作るという楽し気な提案をいただいて試行錯誤していたら、ギルバートさんがいち早くそれに気付いて、機織り機を作り始めてくれたのです。
ギルバートさんの木工の師匠は、村に住む家具職人のご老人と、以前女神像を作ってくれた少年なのだそう。作業の合間に、修行と称して木材を削って作ったお花をくれます。
「木こりの兄ちゃん、すげえ上達してんな!? これが愛の力かぁ~」
「指輪をちゃんと作る為にだな、薄い側面加工の力加減の習得が急務なんだよ……!」
そんな会話をしながら、今日も綺麗な百合の花をくれました。木材から作られているのが不思議な程に、形は百合そのもので、葉や花のカーブを彩る木目が、幻想的な美しさを生んでいる気がします。
髪に差して飾れば、柔らかく眩しい笑みとともにそのまま抱き寄せられて、腕に閉じ込められます。木材の香りがして、暖かくて、それからちょっとだけそわそわします。実のところ二人揃ってなかなかの照れ性なので、外ではこれが限界です。だけど今一番、幸せな時間です。
そんな事をして過ごしていたら、村にお客様が来ました。何とアマンダ様です。
「おぬし、久しぶりに、この村に招かれる王族となりそうだな」
「まぁ! それは光栄ですわね。実はわたくしも、本日は招待状をお持ちしましたの。皆さまが表舞台に出る事を避けているのは承知しております。ですので、判断はお任せいたします」
そう言ってアマンダ様から頂いたのは、王城で開かれる慰労祝宴の招待状でした。三ヵ月の確認期間を経て、不死魔獣発生の終息を宣言し、携わった人々を労う為の宴なのだそう。
そこには、王太子殿下直筆の書簡も同封されいました。
ギルバートさんと二人で読んで、顔を見合わせます。それからドルフさんに渡しました。
「ふむ。国王陛下は最後の手向けに己が栄誉を欲しておるようだな」
今上陛下は矜持が高く、見栄に拘る方だと聞いています。けれどもこのまま退位すれば、歴史書には『愚策で聖剣を喪失させた王』と記載されるでしょう。どうやらそれが耐え難く、ギルバートさんとわたくしの出席を望んでいるようです。
殿下によれば、その場で称号を与えて、自身の功績を上書きしようという魂胆のようです。
「ここに『断って構わない。出席して対面で拒絶しても構わない。この件について一切の不敬を問わない』と記載されておる。殿下の公認だ。いっそ乗ってみても面白いかもしれんな」
ドルフさんとバーバラさんが悪戯を思いついたみたいな顔をしています。
「この手合いは、はっきりと断ってあげないとしつこいよ。だから、ちょっとだけ仕返しがてら、面と向かってお断りして来なよ」
バーバラさんが悪い魔女みたいに笑っています。
「まぁ、国王には色々思うところがあるからな。ささやかな仕返しか。そのくらいなら……」
「そうですね……!」
わたくしもバーバラさんを真似て、悪い魔女のような顔をしてみました。思うところがあると言えばあるので、ほんの少しの仕返しに、出掛ける事になりました。
お城に上がる為のドレスなどは、アマンダ様が全て手配してくれました。付き添い人として、チェルシーさんとケビンさんも一緒です。慣れない恰好なので緊張してしまいます。
王国騎士団の団長に復職しているライオネル様がやって来て、「万が一の場合は逃がしてやる」という心強い言葉をいただきました。これで万が一、称号を断って不敬罪で投獄されても逃げられます。
大勢の貴族の方々が集まる中で、ギルバートさんとわたくしが会場に入れば、大きなざわめきが起きました。
ギルバートさんの戦斧は既に役目を終えて光を失っているのですが、アイビーのレリーフが残っている事もあり、陛下の希望もあって、帯剣ならぬ帯斧での入場です。
そのまま、王太子殿下とアマンダ様に先導され、国王陛下の御前に進みます。
国王陛下は随分とやつれた様子でしたが、ギルバートさんの戦斧を見るやいなや目を輝かせました。
「待っていたぞ、聖騎士ギルバートよ」
「いえ、お待ちください国王陛下」
ギルバートさんは早速国王陛下の言葉を遮りました。
「俺は、二年前に利き腕を損傷して、剣を置きました。もう騎士ではありません。……ですので、聖騎士と呼ばれるのは困ります。そこは、『聖なる木こり』って呼んで貰わないと……」
ギルバートさんがとぼけたような声で言えば、誰かの咳き込む音がしました。どうやらライオネル様のようです。肩が震えています。釣られるように王太子殿下が震え出して、珍妙なざわめきが広がって行きます。
「せ、聖なる……木こり……だと?」
国王陛下は、渋い顔で眉間に皺を寄せています。見栄に拘る陛下は、間の抜けた響きが気に入らないご様子。
「ならば、フローラ・カディラよ、そなたは聖女として……」
「陛下、申し訳ございません。聖女という称号はどうか、国の為に日々尽くしている聖職者のどなたかへ」
「しかし……! おぬしこそ真の──」
「いいえ、陛下。祝福は一人の力ではありません。それに……」
バーバラさん直伝のにっこり笑顔を浮かべます。
「わたくしは、ただ祈っていただけの木こりの妻です!」
これ以上に、望む事は何もありません。
最後にギルバートさんが、英雄の称号も辞退する旨を伝えると、二人並んで会場を後にしました。
すぐ村に戻れるように、ドルフさんとバーバラさんがいつもの馬車で待っています。
もう夜も更けているので、御者を交代してドルフさん達には休んでいただきました。
祝宴での仕返しの熱冷ましも兼ねて、ギルバートさんと二人で御者台に座ります。
星空の下、揺れる馬車の御者台で二人。こうして過ごしていた始めの頃を思い出します。
「何だか、懐かしいですね」
「……うん。実は……今だから正直に言うんだが」
ギルバートさんが、あの時みたいに挙動不審になっています。今はちゃんと隣に座っているけれど、そわそわしています。釣られてそわそわしてみます。
「本当はあの頃からすでに、フローラさんの事がちょっと好きだった」
「ふふ、ちょっとですか?」
「今に比べたら、っていう意味で……! そこから、一緒に居るうちにそれはもう、何だかとてつもない大きさになってだな……」
「わたくしも、それは同じです。今はもう、とてつもなく……」
その先は色々な感情が交じり合って、それはあまりに大きくて、短い言葉にするのが惜しくて。だから、口付けで伝えました。
胸のうちにある全ての、祈りを込めて。
本編完結となります。
お読みいただいた皆さまに感謝いたします。
その後の各人のエピソード、顛末は後日、番外編にて公開予定です。
実は初めて小説というものを完結できました。
ずっと読者として生きてきたもので、
作者としての執筆文章そのものもさることながら、
「物語を畳む」事が不慣れ故に、読みにくいところも多かったと思いますが
最後までお付き合いくださった皆さま、誤字報告してくれた皆さまに、
心から感謝いたします。ありがとうございました!
フローラとギルバートが望んでいない
人々の顛末をどこまで作中に含めるかを最後まで悩んでおりまして
そちらは後日談にて。
それから未完結で終わっている別作品が3本ほどありまして、
完結目指して掲載を予定しております
またご縁がありましたら、お読みいただけたら嬉しいです!




