63.大義名分
王都北東を流れるウレリ川にはところどころに堰が設けられている。増水時に水量を調節する為のものだ。
ライオネル率いる行軍は王都に最も近い堰まで辿り着き、堰と周辺の調査をしていた。
一方でギルバート達は野営の支度を終えると、馬車の荷台となっている小屋に集まり、黙々と作業をしている。
仲間たちの使う武器と、ゴリアテが持ち込んだ追加の武器に、ひと手間かけて加工を施す。
とはいえ移動中に刃先の加工は出来ないので、柄が対象だ。
鞣した革を細く切り裂き、柄に巻き付けていき、ドルフが作った鋲で固定していく。
不死スライムとの戦いを想定して、滑り止めの役割を持たせる為だ。末端は解けぬように、フローラが作った組紐を巻き付けて固定する。
「婆さんに祈れって言われたのに、作業に集中してるとあまり時間を掛けて祈れて無いな……」
柄に革を巻き鋲を打ち終わった剣を確かめながらギルバートが呟くと、隣でフローラが笑う。
「これもまた『形のない祈り』ですよ、きっと」
「そういや、いつだったか、そんな事を話してたっけな」
まだひと月も経たぬ最近の事なのに、色々な出来事がありすぎて随分と前のようにも思えた。
いつかバーバラが話していた通り、確かに武器の一つ一つに加工を加える時は、その使い手への想いが頭の中にあった。
「……俺はどうやら、こうして手を動かして過ごす時間が、結構好きみたいでな。これで良いならいくらでも祈っていられるな」
「わかります。それに、何かを形作る作業の音は、まるで音楽のようで。心地よいですよね」
フローラが嬉しそうに声を弾ませて同意するものだから、つい頬が緩んでしまう。
「ギルバート、お前もしかして俺の武器に、祝福ってより……惚気を込めてんじゃねぇだろうな……?」
「はっ!? な、なに言ってんだ馬鹿」
顔を覗かせた傭兵の男に胡乱な目を向けられ小声でからかわれて、思わず柄に巻く革がちぎれそうになる。
傭兵の男は楽しげに笑っていた。彼はギルバートとフローラが作った願掛けのボタンと刺繍入りのシャツもいたく気に入って、ケルヴィム領で待つ嫁と子供の分まで注文しようとしている。前金と言ってなかなかに良い金額を渡してこようとするので困りものだ。
部屋の奥ではドルフとバーバラが生暖かい眼差しで笑んでいる。王都まであと一日もあれば着くと言うのに、どこか相変わらずの気ままな空気にギルバートは半笑いを浮かべた。
しかし日も沈みかけ夕飯の支度を始める頃、風に乗って遠くで複数の馬が嘶く声が聞こえ、野営地の面々に緊張が走った。
「今の……どっちの方角だ?」
「ライオネル様たちが調査をしている堰とは、反対方面ですね」
確認しているうちにライオネル達もまた、音を聞き付けて駆けてくる。
「この先の街道で馬車が襲われているようだ、加勢に向かおう」
「不死魔獣か……!?」
「……いや、恐らくは賊か。武器の交わる音がするからな」
駆けつければ、先行していたライオネルの元部下たち黒騎士が、既に場を収めていた。
襲撃を受けていたと見られる馬車は無骨だが頑強な作りで、平民や商人が使うものでは無いように見える。それに何より、護衛と思われる兵の人数が妙に多い。
取り押さえた賊も、果たしてただの野盗かどうかは怪しいところだ。
場が落ち着いた頃に馬車の扉が開けば、中から貴族令嬢が顔を覗かせた。
「皆様、危ないところに加勢いただき、感謝いたします……あら!?」
礼を述べた直後に、貴族令嬢は驚嘆の声を上げた。
「まぁ! なんて幸運かしら、助けていただいた上に、それがちょうど探していた方々だなんて」
戸惑うギルバート達を他所に、その令嬢は馬車を降りて品のある美しい淑女の礼をして見せる。
その姿を確認して、ライオネルを始めとした騎士達は、微かに動揺を見せている。
「わたくしは、アマンダ・エイム・ベレスフォルドと申します。王太子殿下の指示で、皆さまを探しに出た矢先でしたのよ」
それは誰もが知る王太子の婚約者の名だ。
「アマンダ様、ご無事で幸いでした。それで……我々を探していたというのは」
ライオネルが歩み出て尋ねれば、アマンダは柔らかい笑みを浮かべた。
「殿下に、手紙を届けるよう頼まれましたの」
アマンダはそこで一旦言葉を区切ると、自身を助けてくれた騎士達の、その黒く塗りつぶされた盾を一つ一つ確かめるように見て、僅かに悲しげな顔をした。
「皆さま、このまま王都へ向かえば、一つ間違えば反乱と言い掛かりを付けられて、捕らえられてしまいかねませんわ」
それを聞いて、その場にいた者は皆息を飲んだ。
確かに、不死魔獣を滅するが為の行軍とはいえ、武装した集団である事に変わりは無いのだ。
「ですから、これは皆様を護る為の大義名分にもなりましてよ」
アマンダは少し得意げな顔をして封蝋のされた書簡を取り出すと、ライオネルへと渡した。




