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馬車で揺られている間、外の風景は見せてはもらえなかった。そのため、この馬車がどのあたりを走っているのかを確認することは難しかった。
おそらく私とグナーは1日ほど馬車に乗せられていたと思う。
その間のヴェーリルは最低限のことしか話さないという意思を示した。彼は私とグナーの対面の席に据わって、終始気難しそうな表情を崩さなかった。
「ねえ、早く皇宮に帰して」
「こんなことをして本当にすまないと思っている」
ヴェーリルは眉尻を下げて謝罪してきた。その表情から本気で謝っているのだと分かったが、こっちは謝られて「はいそうですか」というわけにはいかない。
「この馬車、どこに向かっているの?」
「父のところだ」
「ソルバルド氏は一体何を考えているわけ?」
「多分だけど私と君は結婚することになる」
「はあ?」
聞き間違いだろうか。
「グナーを連れてきたのもそのためだ。どこに定住するのかは分からないが、私と君が夫婦として連れ添うことを父は所望している」
「いや、冗談でしょ? 私はゲオルグと結婚しているのよ」
「知っているよ。私だってこんなことはしたくない」
ヴェーリルは頭に手をやりながら俯いてしまった。その様子から、もしかしたら彼が父親に弱みを握られているのではないかという考えに至った。
途中、街道沿いの村で宿を取った。
私たちの馬車の後ろに複数台の馬車が付いてきていて、そこから降りてきたエルム家の兵士に前後を挟まれる。異様な雰囲気の中で宿に入った。
「ここは、北東部にある村だと思います」
部屋に入室した途端、グナーが小声で囁く。部屋の外にはエルム家の兵士が立っている。そいつらに聞かせないためだった。
「北東部……ということはここはエルム領?」
「おそらく。私も帝国東部には来たことがないのではっきりとは分かりませんが、訛りや服の様子からしておそらく東部ではないかと。ただしエルム領の中心部はかなり栄えていると聞いたことがあるので、ここは中心部からは外れた地域だと思います」
グナーの指摘は正しかった。
結局あと2日ほど馬車に揺られた私たちは、エルム家の本拠地ではなく、エルム領最北東にある古い別荘に連れてこられたのだ。
場所を明かしたのはヴェーリルだ。
「ここは領地の北端にある別荘用の居城だ。といっても、私も子どもの頃に一度しか来た事はない」
皇宮に戻すつもりがないことは明白だった。戻すつもりがあるならばこんな簡単に居場所を明らかにはしないだろうから。
馬車を降りる際に手を添えられる。紳士的な対応をされても、腹の虫がおさまることはない。
私は思いっきり噛みついた。
「なんでここに連れてきたの?」
「本城はすでに帝国軍に包囲されつつあるからね。陛下は憎らしいほどに手際が良いよ」
「いい加減にここに連れてきた用件を教えてくれてもいいんじゃないかしら? 結婚ってどういう意味?」
「中で父が待っている。そこで話そう」
石造りの居城は、かつてゲオルグとハネムーンで滞在したフリズス城よりも一回り小さい洋館といった風情だった。
色あせたシャンデリアにそなえられたろうそくが淡い光を放ち、館内を照らしている。
エントランスから中央階段まで敷かれている毛足の長い絨毯や壁際に陳列されている甲冑たちがいかにもな雰囲気を醸し出していた。床や壁は経年劣化であせた色を見せており、よく言えば歴史を感じさせる。悪く言えば不気味な様子に拍車をかけていた。
「ねえ、ヴェーリル」
エントランスホールを抜けて毛長の絨毯の上を歩いているときにも、私は前を歩くヴェーリルに言い募った。
「あなたもしかして父親に弱みを握られているんじゃないの?それで今回のことをしでかしたんじゃ」
ヴェーリルは答えなかった。
「以前のあなたはもっと腹黒くて、でも状況を楽しんでいるような素振りを見せていたのよ。でも最近はなんだか思い詰めているような顔ばっかり」
「違うよ、フリッカ」
「ヴェーリル?」
「私はもともと追い詰められていたんだ。生まれたときからずっとだ」
「どういうことなの」
「父は、私が転生者であることを知っているから」
「そこから先は私が話そう、ヴェーリル」
突如、階段から降りてきた紳士の存在に気付く。
年齢は50代といったところだろうか。
後ろに撫でつけられた白髪と整えられた口ひげ、しっかりと立てられた袖えりの貴族服。腰には剣を佩いている。
間違いない、ソルバルド氏だった。
「父上」
「ようこそ、皇妃殿下。―――そして、世界樹<ポンプ>の力によって再度生を受けし転生者」
私とヴェーリルの目の前に立った紳士は軽く会釈をした。
私は会釈をされている側なのに、相手のほうに威厳が漂う。
これがこの国で圧倒的な実力を持つとされる公爵家の当主なのね。
それよりも、その発言に驚きを隠すことができない。
「あなた、私が転生者であることを知っているの」
「全てヴェーリルから聞いたよ。同士だ、仲良くしよう」
握手のために出された手をパシッと子気味良くはたいた。
「あなたの目的は何!? 結婚ってどういうこと?」
「順を追って説明しよう。私の目的はただひとつ、鉄の森――ヤルンヴィット神興国の復興だ」
私は目を見開いた。
懐古主義派の親玉なんだからヤルンヴィットを崇拝しているのは理解していたけど、まさか復興などと大それたことを考えていたとは思わなかった。
ソルバルド氏は自分の声に酔いしれるかのように流暢に続ける。
「そのためには世界樹<ポンプ>の起動が不可欠。世界樹<ポンプ>の熱動力を利用すれば大陸を吹き飛ばすほどの戦争兵器が使用できる。世界樹<ポンプ>を起動する建屋は大陸各地の“堕ちた森”周辺に散在しているが、帝国でその場所がはっきりしているのは皇宮と、この別荘の地下だけだ」




