69、
帝都アースガルズにそびえ立つ皇宮ドラウプニル。
1000年以上前に建てられたとされる黒い城は、増改築を重ね、皇宮として利用されるようになった。
天にそびえる5本の尖塔を持つ禍々しい建物は、もともとは宗教用公会堂だったのではないかと言われていた。
けれどゲオルグが皇宮地下の古語を読み解いたところ、古代文明ヤルンヴィット神興国が建てた世界樹<ポンプ>の建屋だったことが判明した。
原初の大陸と鉄の海の下には熱の塊が埋まっている。その熱を引き上げているのが世界樹<ポンプ>なのだが、熱を動力に変換する“タービン”と“ハツデンキ”が皇宮の地下に存在しているのだ。
私が虹の祭祀場の古語に触れたとき、意識が世界樹<ポンプ>に引き込まれた。
つまり、皇宮は建屋として今でも稼働しているということだ。
ヤルンヴィット神興国を運営していた「50人会議」。
そして、会議を仕切るヤルンヴィット一族の生き残りであるゲオルグ。
彼が祭祀場の古語に触れたときに建屋としての皇宮が稼働する――これがヴェーリルの助言内容だった。
私とゲオルグは、キノコとバルドル、そしてグナーを連れて地下への階段を降りていた。
グナーは再び私が体調を崩すことがあった際にすぐに介抱できるよう、ぴったりと寄り添っている。
「お嬢様、大丈夫ですわ」
不安が兆す私の心を、侍女の明るい笑顔が照らす。
「陛下も私もおります。帝国軍も外に控えております。お嬢様が心配することは何もございません」
グナーには過激派やニブルヘイムとの確執も、私が転生者だということも伝えていない。
でも、彼女は何があっても私の傍にいてくれる。ある意味、誰よりも心強い味方だ。
5人が祭祀場に到着した。
先導していた近衛兵が鍵を開ける。
入室して目に入るのは、まっ黄色に塗りつくされた壁と、びっしり書かれた古代文字。そして、それをかき消すために描かれた世界樹。
何度見ても不快感が拭えない、全てが歪な部屋。
近衛兵をドアの外に待機させ、5人が部屋に入室する。
正方形の室内が途端に息苦しくなった。
それは顔料のせいか、世界樹<ポンプ>によって吸い上げられた熱力のせいか。思わず胸をおさえると、後ろからグナーが抱きしめてくれた。
「大丈夫ですわ。お嬢様」
「……フリッカ、外に出ているか?」
一歩前に立つゲオルグが問いかける。彼は壁に手を掲げるところだった。
私は顔を上げて首を振った。
「いいえ。見届けたいの。ここにいさせて」
「分かった。グナー、フリッカをこちらへ」
ゲオルグに指示され、グナーがおずおずと私を支えて前に出る。
彼女の表情は不安そうだったが、ゲオルグが「俺に任せろ。俺がフリッカを害することはない」と低く囁くと、グナーは意を決したように私の身柄をゲオルグに任せた。
ゲオルグは壁に掲げる手とは反対の腕で、私の体を抱き寄せる。
「俺もこれから何が起きるのかはよく分かっていないのだが、……こうしていればきっと君は大丈夫だ。直感がそう言っている」
私もそんな気がしていた。
うまく言えないけど、彼に守られれば大丈夫だと何かが告げている。
「では行くぞ」
そう言ったゲオルグが、最奥の壁面に描かれた世界樹の幹に触れた。
正確には、幹の下に書かれているヤルンヴィット古語に、だ。
彼の5本の指の腹が壁に接した途端、部屋の中の温度が上がった気がする。
そしてそれは突然だった。
これまでに聞いたどの楽器とも違う、高くて規則的な音が部屋中に響いた。
同時に、奥面の壁の前に、光の板が浮かび上がる。
どうやって出現したのか、なぜ壁面から浮いているのか、原理も何も分からなかったが、明らかにゲオルグの指を貫通している。
光の板の上には、緑色で大量の数字が書かれていた。
「01010111 01100101 00100000 01110111 01101001 01101100 01101100 00100000 01110011 01110100 01100001 01110010 01110100 00100000 01100111 01100101 01101110 01100101 01110010 01100001 01110100 01101001 01101110 01100111 00100000 01100101 01101100 01100101 01100011 01110100 01110010 01101001 01100011 01101001 01110100 01111001 00100000 01110101 01110011 01101001 01101110 01100111 00100000 01110100 01101000 01100101 00100000 01101000 01100101 01100001 01110100 00100000 01100110 01110010 01101111 01101101 00100000 01110100 01101000 01100101 00100000 01110000 01110010 01101001 01101101 01101001 01110100 01101001 01110110 01100101 00100000 01100011 01101111 01101110 01110100 01101001 01101110 01100101 01101110 01110100 00101110」
「な、何だ!?」
キノコが叫ぶ。当然の反応だった。
不快な高音は耳に響き続けているし、光の板には謎の文字。私たちの文明に存在しない技術がいきなり降って湧いたのだから。
高音は警告のように鳴り続けた。
耳を抑えながら、私はゲオルグの前に浮かび上がった光の板に目をやる。
大量の「0」と「1」の羅列。全然意味が分からない。
……いや、何となく、分かるかも。
「ハツデンを開始する、って、書いてあるの?」
「お嬢様、この数字の意味が分かるのですか」
グナーが驚いて声を上げる。
「分かるというか……何となく、そうなのかなって」
「おそらくフリッカの言う通りだ」
「ゲオルグも分かるの?」
「分からない。分からないが、理解はできる」
壁に手を翳したゲオルグが、正面を見据えたまま答えた。
ゲオルグの感覚もきっと私と同じだ。
理屈は分からないけど、体が理解している。
彼の中のヤルンヴィットの血がそうさせているのだと思った。
となるとこれが、世界樹<ポンプ>起動に関わる数字列なのね。
「01010111 01100101 00100000 01110111 01101001 01101100 01101100 00100000 01101000 01100001 01110010 01101110 01100101 01110011 01110011 00100000 01110000 01110010 01101001 01110011 01110100 01101001 01101110 01100101 00100000 01100111 01100101 01101111 01110100 01101000 01100101 01110010 01101101 01100001 01101100 00100000 01101000 01100101 01100001 01110100 00100000 01100001 01101110 01100100 00100000 01110101 01110011 01100101 00100000 01110011 01110100 01100101 01100001 01101101 00100000 01110100 01101111 00100000 01110100 01110101 01110010 01101110 00100000 01110100 01110101 01110010 01100010 01101001 01101110 01100101 01110011 00101110 00100000 01001001 01110011 00100000 01110100 01101000 01100001 01110100 00100000 01001111 01001011 00111111」
ゲオルグが数字列に目を走らせる。
彼は壁についていた手をわずかに胸元に引き、浮かび上がった光の板に指を滑らせた。
そして。
「………01000001 01101100 01101100 01101111 01110111」
彼が「許可する」と発言したタイミングで、高音が止んだ。




