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67、

 医師の処置を受けていると、殺意を孕んだゲオルグが、軍総司令官のエッシェンバッハ大公と軍参謀のパルチヴァール伯爵を連れて医務室にやってきた。


「貴様ら、揃いも揃って何をやっているんだ」


 私の横で跪いたまま顔を上げないバルドル。そして、ゲオルグの背後にいながら叱責の対象となって俯いている大公と伯爵。

 医務室にいる医師も衛兵も、息をするのさえはばかっていた。


「帝国軍には愚か者しかいないのか。時代錯誤も甚だしい連中を未だ潰せないなどと……それが貴様らの忠誠とやらの結果か」

「ゲオルグ。言い過ぎよ」


 頭に包帯を巻いてもらった私はできるだけ冷静に、夫である皇帝陛下に諫言する。


「分かっているでしょう。今回のことは相手に乗せられた私の独断が招いたこと。バルドルや大公を非難するのは間違いよ」

「怪我をした君を前に冷静でいられると思うか」


 ビリビリとした威圧感が私に向けても発せられる。

 ゲオルグはキレると手がつかない。


 とはいえここで彼の感情を爆発させるのは、帝国にとっても私にとっても百害あって一利なしだ。


「バルドルから話は聞いた。ギンコ家の爵位は廃止だ」

「そんな」


 爵位廃止とは、いうなればお家取り潰しだ。ギンコ伯爵は平民となる。


 そんなことをすれば彼の家にいる使用人や執事、衛兵たちは路頭に迷うこと必至。さらに伯爵と伯爵夫人も生きる術を失う。


「聴取はこれから行うが、いずれにせよ君を皇宮外におびき出したこと、過激派に囲まれた皇妃を放置しただけでも十分な罪だ。むしろ帝都広場で処刑しないだけでも感謝して欲しいな」


 あの伯爵夫人は今頃どんな顔をしているんだろう。


 伯爵が襲撃に関わっていたにせよ、きっと夫人は無実だ。彼女は純粋に、どうしたら結婚したばかりの夫に好いてもらえるかを考えていた。


 それをどん底に突き落とすなんて私にはできない。

 大好きな人のことを考えて周りが見えなくなる気持ちは、私にも馴染みがあるから。


「ねえゲオルグ。私ね、とっておきの情報を知っているのよ」

「……情報?」

「バルドルが来る前に、あいつらと少しだけ会話をしたの。外套の男たちの正体にも関わる貴重な情報よ」

「それはいい。ぜひ教えてもらいたいな」

「言わない」


 ゲオルグはしばらく黙っていた。不快そうに眉をひそめている。


「何を企んでいる? フリッカ」

「今回の原因は私の独断だって言ったでしょ。ギンコ伯爵家の爵位廃止はやめてちょうだい」

「俺を相手に交渉をする気か」

「これは自業自得の怪我なの。そもそも私が馬車を走らせなければ、あいつらに襲撃の隙も与えなかったはず」

「あいつらとの会話内容を告げろ」

「言わないわ」


 爵位廃止を撤回しない限りね。

 私はキッとゲオルグを睨みつけて、もう一度繰り返した。


 また身勝手と言われそうだ。

 だが今回は一歩も譲るつもりはない。


 感情的になっているゲオルグの前ではこれくらいの頑固さで歯向かわないと折れてしまう。それに―――。



『今上帝を呼び寄せるためだろう。あれは生き残りだから』



 私も、意固地になっているのかもしれない。


 論文のためにゲオルグを囮にする計画をヴェーリルに提案されて以降、よけいに意識してしまっていることには気付いていた。


 なぜみんな、血でしか彼の価値を測れないのかしら。

 ゲオルグはゲオルグだから格好いいのに。



「いたた」


 強がってゲオルグを睨みつけていたら額の傷が痛み出した。

 深くはないが傷の範囲は広い。生活の際は気を付けるように、と医師に忠告されていた。


「まだ寝ていろ」


 急にゲオルグの声が擦れる。


 さっきまで威厳たっぷりの皇帝様といった態度だったのに、今、私の肩に触れる彼の手は壊れ物を扱うかのように繊細な動きを見せていた。


「先に言うのを忘れていた。――守れずにすまなかった」

「バルドルと同じことを言うのね」


 変に生真面目なところは親子……と、言っていいのかしら。


「あなたがバルドルを護衛に付けてくれたから連れ去られずに済んだのよ。彼、とっても強かったわ」

「ああ」

「だからバルドルのことも責めないでね」

「ああ」


 ゲオルグが深く長い息を吐いた。

 直前の繊細な動きとは裏腹に、今度は強引に私を掻き抱く。


 その体温とわずかに早い心音が伝わってきて、彼がどれだけ私のことを心配していたのかが実感できた。


「襲撃されたと聞いて、心臓が止まるかと思った。頼むから危ない真似はやめてくれ。君がいなくなったら生きていけない」


 もしかして、とも思う。

 彼に迷惑をかけまいと口をつぐんだ結果が、今につながっているのかもしれないと。


「過激派であろうと世界の管理者であろうと、君に危害を加えるものは許しはしない。必ず仕留める」


 そうだ。

 以前トラブルが起きたときにも、お互いに話をしようって彼と約束したじゃない。



『それはヤルンヴィットの生き残りである君の旦那様じゃないとできない』


『今上帝を呼び寄せるためだろう。あれは生き残りだから』



 私はゲオルグの価値を「古い血」であるとか「生き残り」にしか見出せない言動に怒りを感じていた。

 だから、彼には何も告げることなく自分の中だけで対処しようとしたんだけど、それは違うのかもしれない。


 誰を敵とみなして、誰を味方にするのか。

 それを決めるのは私一人であってはならないのだ。だって夫婦なんだもの。


 ちゃんと、言わなきゃ。

 誰かの意図の上に選択肢が隠されるのは駄目よね。



「ゲオルグ、2人だけで話したいことがあるの」


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